154.信頼できる女たち
危うく伊織の握力で手を破壊されるところだった。相殺したとはいえ、まだしびれが残ってやがる……伊織、恐ろしい子!
「さて、そろそろヤるの? 晃生くんの準備ができているのならいつでもいいわよ。私はちゃんと受け入れる準備を整えているわ」
朝から発情しているピンクは、手を摩っている俺に気づくことなくぐいぐいと迫ってくる。
日葵が発情しているのはいつものことなんだけど、今朝はちょっと積極的すぎやしないか? 距離が近いどころか、ぐいぐい押しつけてきているんですけど。
俺たちの溜まり場と化している空き教室に着くと、日葵が早速と言わんばかりにスカートに手を突っ込んだ。って、待て待て待てぇいっ!
とんでもない格好になろうとしている日葵の手首を掴んだ。いい加減に優等生設定を思い出してほしいもんだ。
「な、何をするの晃生くんっ! はっ!? も、もしかして自分で脱がせたかったの? そ、そういうことなら仕方がないわね♡」
「仕方がねえのはお前の頭だ」
「きゃんっ!?」
ピンクの脳天にチョップを落とす。犬みたいな鳴き声をして、ようやく止まってくれたようだ。
「日葵がそういうこと好きなのはいつものことだけどよ。今朝はやけに発情しすぎじゃねえか?」
「は、発情しているなんて失礼ね。私は晃生くんを心配していたのよ」
「心配?」
唇を尖らせる日葵に、俺は首をかしげる。
「晃生くんの住んでいるアパートが火事になったり、羽彩ちゃんの妹さんが誘拐されたり事件続きだったじゃない。それに新しいマンションに引っ越したかと思えば、今朝は伊織ちゃんと手を繋いで登校するなんて……何かあったのかって心配したわよ!」
日葵の剣幕に押されてしまった。
日葵なりに俺を心配していたのは本当なんだろう。最近の事件だけでもヤバイことが続いていたってのに、その一番の容疑者になっているであろう伊織と仲良く登校ときたもんだ。
日葵の心配が限界を超えて発情したとしてもおかしくな──いや、やっぱりそれでエロくなるのはおかしいだろ!
「昨晩、伊織ちゃんと何かあったの? もしかして弱味でも握られたんじゃないわよね……?」
「そんな顔すんなよ。弱味を握られたわけじゃねえから安心しろって」
眉尻を下げて、心配そうに俺を見上げる日葵。彼女の頭を撫でながら、何も問題がないのだと笑ってみせる。
「信じて、いいのね?」
「ああ。そんなことで嘘はつかねえよ」
「そうね……うん、晃生くんはちゃんと私たちを頼ってくれるものね」
日葵がほっとしたみたいに小さく笑った。……思っていた以上に心配をかけていたようだな。
優等生です、という顔をしながらも発情してばかりの女子……というわけではないのだ。意外と気が利くし、繊細な女の子でもある。
だからこそ、俺は日葵を信頼しているんだ。
「晃生ー、ひまりーん。おっはよー」
「おはようございます。二人ともお早いですね」
そうしているうちに、羽彩と梨乃が空き教室にやってきた。
丁度いい。俺は昨晩から今朝にかけての伊織とのやり取りと、夏樹から聞いた伊織の情報をかいつまんで話した。
「そんな……それ可哀想すぎない?」
伊織が実の母親から「不幸を届ける少女」という噂を広められたと知った羽彩が、震えた声で呟く。
羽彩は共感力の高い女だからな。まるで自分が母親から同じことを言われたみたいに悲痛な顔で胸を押さえる。
「確かに……。その話が本当なら、伊織さんを疑ってしまったのは悪いことをしてしまったかもしれませんね」
梨乃も冷静さを欠いてはいない様子だが、反省を口にしていた。気持ちは羽彩に近いのだろう。
「でも、今までがそうだったからといって、今回も何もしていないとは限らないわよね」
そんな二人とは違い、否定意見を口にしたのは日葵だった。
「ちょっ、ひまりん! そんな風に疑うのは可哀想じゃん!」
「そう? 私はそうは思わないわ。実際に晃生くんに被害が出ているし、羽彩ちゃんだって、妹さんに被害が出ているのだから当事者でしょう?」
「そう……かもだけど」
羽彩は伊織の今までの境遇を考えてくれている。だからこそ、これまでのことを不可抗力なのだと水に流そうとしてくれていた。
そして、日葵は俺たちのことを何よりも大事に考えてくれていた。伊織が過去にどんな目に遭っていようとも、今回も悪いことをしていないとは言い切れないから。
羽彩が同情する気持ちはわかる。そして、日葵が俺たちのことを思いやってくれているのも伝わっていた。
日葵と羽彩が睨み合う。だけど、迷いがある分、羽彩の方が劣勢だった。
「アキくんはどう考えているんですか? 伊織さんとどう接するべきか……もう答えは出ていますか?」
落ち着いた口調で、梨乃が尋ねてくる。
眼鏡の奥の瞳は「アキくんの考えに従いますよ」と示していた。
続いてピンク優等生と金髪ギャルも、似たような目を向けてくる。
これは俺自身が答えを出さないといけない問題だ。こいつらは、それをよくわかっている。
だって伊織は……俺の妹なんだからな。
「俺は──」
すでに応えは決まっていた。
こいつらの信頼とか、心配とか、迷いだってわかっている……。
そのうえで、俺に答えを委ねてくれているのだ。俺の女たちの思いやりってやつを、ちゃんと考えていかなきゃならない。
しっかり考えたうえで答えを出す。俺にできるのは、それだけだった。
「晃生くんったら、仕方がないわね」
「まっ、晃生ぽいけどねー」
「アキくんがそうしたいのなら、あたしは従いますよ」
そして俺の女たちは、俺の答えを笑って応えてくれる。
だから、俺は最後に迷わなくて済むのだ。





