153.兄妹への道のり
朝の、いつもとは違った通学路。
家を出てばったり顔を合わせてしまったこともあり、伊織と一緒に学校に向かっていた。
引っ越したばかりで学校への道のりがちょっと不安。そんな俺の心を読み取ったわけではないだろうが、伊織が「せっかくだから一緒に学校へ行こうよ」と提案してくれた。
「……」
「……」
……なのだが、なぜか気まずい空気になっていた。
昨日のことを気にしてんのか? 一人暮らししている理由が言いづらい様子だったしな。別に問いただしたいってわけでもなかったし、今はそんなことどうでもいいんだけど。
それに、夏樹の話を聞いてその理由も納得できた。
母親から捨てられて、親戚からも見捨てられて……伊織は一人でいるしか道はなかったのだろう。
俺と同じマンションってことは、生活の面倒自体は親父が見てくれているはずだ。
……そこまでしているなら、親父が伊織を引き取ることはできないのか?
「ちっ」
「お兄ちゃん?」
「なんでもねえ。ちょっと歯に今朝食った飯が挟まってただけだ」
親父にもいろいろと事情ってやつがあるのかもしれない。
だが、そんなことは知ったこっちゃない。
それを言うならこっちは勝手に後継者争いだなんだと巻き込まれているのだ。そのせいで突然現れた妹との接し方がややこしくなっている。
まったく、どうしてくれんだよ親父……。頭をがしがしとかきながら、歩く度に揺れるツインテールを横目で見た。
「伊織は、どうやって俺を後継者候補ってやつから脱落させるつもりなんだ?」
ちょっと面倒になって、直接聞いてみることにした。
唐突な質問だったのか、伊織は一瞬固まる。
「別に、何もしないよ。わたしはただお兄ちゃんと一緒にいるだけだから……それだけで十分だよ。それだけでお兄ちゃんは後継者争いどころじゃなくなるからね」
伊織の笑顔。以前は得体の知れなさを感じていたものだったが、今は陰があるように思える。
伊織は自分が『不幸を届ける少女』と呼ばれているのを知っているのだろう。
だから俺の傍にいるだけで充分だと思っている。実際にアパートが火事になったり、羽彩の妹がチンピラに誘拐されたりもした。
このまま伊織と一緒にいるだけで、俺は……俺の女たちは、もっと不幸な目に遭うかもしれない。
「お兄ちゃん、兄妹らしく手を繋いで歩いてみない?」
伊織が笑顔で手を差し出してくる。
冗談のつもりなのだろう。さっきよりも笑顔にヘラヘラとした軽薄さが見えた。
「それが兄妹らしいかどうかは知らねえが、いいぜ」
「え?」
伊織の手を握る。郷田晃生と比べると小さくて頼りない手だ。
伊織は戸惑っていたが、俺の手をおずおずと握り返してきた。……相変わらずすげえ握力だけども。普通の男だったら手を握り潰されてんじゃないだろうか。手を繋いだら握り潰されるって、絶対にラブコメのヒロインにはなれないよな。
まあ相手は俺だ。郷田晃生の手なら、握力が強い女の子でも受け止めてやれる。
「……」
「……」
また沈黙する時間が続いた。
でも、今度の静寂は気まずく感じなかった。
残暑があるからか、朝でも少し汗ばんでいた。
繋いだ手がじっとりとして、妹という存在に人間味を感じることができた。
「おはよう晃生くん♡」
学校が近づいてきて、見慣れた道に入ったところで伊織と手を繋いでいる反対側の腕に巨乳女子が抱きついてきた。
なぜ相手が巨乳かわかるかって? 腕にめっちゃ当ててきてるからな。
それに、道端でこんな大胆なことをする奴なんて一人だけしかいない。
「日葵……もうちょっと人の目ってやつを気にしろよ」
「晃生くんこそ私の心配をわかってほしいわ。新しい住まいでちゃんと眠れたの? 朝食はちゃんと取った?」
日葵が下から顔を覗き込んでくる。色気のある香りが鼻を通って脳を刺激してきた。
「慣れない場所で寝泊まりしてムラムラしたでしょう? 私はいつでも準備できているわよ」
朝から目を輝かせてヤる気満々のピンクがいた。夏樹にスッキリさせてもらっていなかったら、俺も脳内ピンクになっていたかもな。
「なんの準備だよ……妹が一緒にいる時に気まずいだろうが」
「あら、伊織ちゃん?」
日葵は初めて気づいたとばかりに伊織に目を向ける。こいつの場合は本当に俺しか視界に入ってなかったんだろうな。
そういえばメッセージを送ったのも伊織に会う前だったか。その辺を説明すると、またうるさくなりそうだなぁ。
「~~っ」
日葵と目が合った伊織は、顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
そういや伊織ってエッチな話題が苦手なんだっけか……。
今朝の日葵は、無駄にエロい雰囲気をムンムンに出していた。免疫のない伊織には、彼女の存在そのものが強すぎる刺激だったかもしれない。
いや、ちょっと待て──
「わああああぁぁぁぁぁんっ! やっぱりお兄ちゃんのエッチぃーーっ!!」
危機感がアラートを鳴らした時には遅かった。
伊織が突然叫んだかと思えば、郷田晃生の手ですら握り潰されそうな勢いで力が込められた。
ギリギリで思いっきり握り返して力を相殺させたが、冷や汗もんだった。エリカの屋敷で黒服と戦った時でさえこんなピンチは感じなかったんだぞ……。
伊織は声にならない悲鳴を上げながら、俺たちを置いて学校へと走って行ってしまった。
「えっと、私……何かしたかしら?」
「ナニかしようとしたのがいけなかったんだろ」
日葵はまったくわかっていない様子で首をかしげるのであった。この無自覚ピンクめ。





