152.なんだかんだで可愛い先輩
「む……なんだいその目は? 私の勘に不安でもあるのかい?」
夏樹が「むー」と唇を尖らせる。
「そりゃあな。第六感ってやつが信頼できるのは、それ相応の人物って決まっているからよ」
日葵やエリカの勘ってんなら信頼できるかもしれないが、夏樹にはそこまでのすごさを感じない。
なんとなく、ドヤ顔をしながら間違った方向へ突き進むイメージがある。
夏樹にじーっと見つめられていたかと思えば、その表情がふっと緩んだ。
「そうかそうか。晃生くんにとって、私はまだまだということなんだね」
あまりいい評価ではないと言っているようなものなのに、夏樹はなぜか満足そうに頷く。
テーブルに頬杖をついた彼女は、俺に意味ありげな視線を送ってくる。
「なら……見直してもらえるように頑張りたいものだね」
落ち着いた口調からは、今までとは違った余裕を感じさせる。
これまでもっと前のめりだったというか、すぐに興奮状態になっていた夏樹はどこへ行った?
「……」
不覚にもドキッとしてしまった。
相手はあの夏樹だってのに……なんか悔しいぞ。
「まあ、私が伊織ちゃんに対して話せることはここまでだ。後は晃生くんの判断に任せるよ」
「そうか……教えてくれてありがとうな」
「どういたしまして」
夏樹の優しげな視線がくすぐったくて、俺は顔を隠すようにして飯をかき込んだ。
◇ ◇ ◇
伊織が俺に悪意を持っているのかいないのか。
その答えが出たわけじゃない。だが、積極的に俺を害そうというようにも感じなかった。少なくとも、今のところは何かをしたという証拠はない。
だから、これからはフラットに接していこうと思う。
伊織が俺に対してどんな感情を抱いているのかも、真っ直ぐ接してみなければわからない。そういう意味でフラットに見ていきたいと思うのだ。
たとえ後継者争いの妨害が目的だったとしても、俺は最初から興味がない話なのでどうでもいい。俺の女たちに危害を与えないというのなら好きにすればいいだろう。
それを除けば、半分だけとはいえ血の繋がった兄妹に会えたのだ。
今から子供みたいに仲良く、なんてのは無理だとしても、適切な距離感で接するくらいならいいんじゃないかって思ったんだ。
「気持ちの整理はできたのかい?」
伊織とどう向き合うか。考えがまとまったタイミングを見計らったかのように、洗い物を終えた夏樹に声をかけられる。
「まあな。……まっ、普通にしているだけだけどな」
「来る者拒まず、というのが晃生くんらしいものね」
そうやってわかっている風でいられるとやりづらいな……。ちっ、なんでいきなり大人の余裕を身に着けてんだよ。
「さて、私はそろそろ行くよ」
「ん、一緒に登校しないのか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけれど、生徒会長としての仕事があと少し残っていてね。後に憂いを残す先輩にはなりたくないんだ」
夏樹はテキパキと身支度を整えて、できる生徒会長の立ち姿を見せる。
「晃生くんはゆっくり準備するといい。以前のアパートよりも学校との距離が近いからね。少し時間に余裕があるだろう」
「ああ、そうさせてもらうわ」
「それで、なんだけどね……」
夏樹が頬を赤くしながら、もじもじと太ももを擦り合わせる。
この雰囲気……俺に何か頼み事でもあるのか?
日葵だったら「行ってらっしゃいのチューして♡」とでも言いそうだ。羽彩だったら恥ずかしそうにしながらも甘えてくるか? 梨乃は案外積極的だからな……。エリカは笑顔で抱き締めてくれそうだ。
俺の女たちみたいに、夏樹も似たようなことを考えているのかもしれない。俺は受け入れるつもりでいると、夏樹が恥ずかしそうにしながらも切り出してきた。
「あ、晃生くんの愛の結晶が詰まったゴムを持って帰ってもいいだろうか?」
「は? ゴム?」
予想していなかった単語に、何を言われたのか頭が追い付かなかった。
「だって……せっかく晃生くんとの初めてを成し遂げられたんだよ! その記念と言ってはなんだが、持ち帰って永久保存しておきたいと思うのが乙女心というやつだろう?」
「……」
あー……うん。そっか、やっぱり夏樹ってこんな奴だったわ。
言いたいことはわかったが、こんなことを口にする奴に乙女心を語ってほしくねえもんだな。
ため息を吐かずにはいられない。こんなに可愛くねえ「だって」があるんだなと別の意味で感心した。
「夏樹」
「うん」
「んなこと誰も思わねえよ、この変態!」
「はうっ♡」
冷たい視線を向けたはずなのに、夏樹は恍惚な表情で身体をビクンビクンさせて悶えていた。発情スイッチが特殊すぎんだろ……。
「あ、ありがとう……晃生くんのおかげで朝から元気が出たよ」
「やめろ。こんなことでお礼とかマジでいらねえから。まったく、さっさと行け」
玄関で靴を履いた彼女の紫髪をぐしぐしと撫でてやる。ショートだし乱れても目立たないだろう。
「……」
夏樹が自分の頭に手を置きながら、ぽわぽわした様子で俺を見上げる。
それから、ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔を見せた。
「行ってくるね、晃生くん」
「おう、行ってらっしゃい」
変態的な言動はあったが、笑顔が可愛かったのでチャラにしてやった。
夏樹が去った後の玄関を眺めながら、彼女の好感度を上方修正したのだった。
◇ ◇ ◇
そろそろ登校の時間になったので家を出た。
「「あ」」
すると丁度隣から伊織も出てきたところだった。異母兄妹だからってシンクロしなくてもいいんだぞ?





