147.お兄ちゃん心が芽生えたわけじゃないけど
「お兄ちゃんの本命って……あの中の誰なの?」
伊織の真剣な眼差しが俺を射抜く。
俺のハーレムの本命って、なぜそんなことを気にするんだ?
俺を後継者候補から脱落させるために少しでも情報を入手しようとしているのだろうか? それにしては今までと比べて態度が違いすぎる。
俺の住んでいたアパートが火事になってもニコニコしていた奴である。その真剣さは逆に不気味だった。
「そんなのお前に関係ないだろ」
俺はぶっきら棒にそう言いながら、薄味の味噌汁をすする。
「そうだけど……」
伊織が顔を俯かせてしゅんとする。感情に連動しているわけがないのに、赤いツインテールもへにょんと垂れ下がった気がした。
しかし顔を上げた伊織は、気の強さを強調するかのように眉尻を上げた。
「それでも、気になるものは気になるんだよ。みんなを等しく愛するなんて、人にはできっこないんだから」
「伊織? お前何言って──」
「お父さんだって……できなかったんだから!」
伊織が感情に任せて、ガタンと音を立てて立ち上がる。その際に茶碗が割れた。
落としたわけではない。あまりにも感情が高ぶったのか、伊織が手にしていた茶碗を握力で割ってしまったのだ。……俺が言うのもなんだが、どんな握力してんだよ。
「あわわわわわっ」
伊織の手から茶碗の破片が零れ落ちる。それに慌てる彼女はうろたえるばかりで立ち尽くしていた。
「動くんじゃねえ。手を切ったら大変だろうが」
すべて落ちた後で、咄嗟に拾おうとした伊織を俺は止めた。
伊織はとんでもない身体能力の持ち主だが、皮膚は普通の女の子と変わらないはずだ。茶碗の破片に触れればケガをしてしまうだろう。
「ほうきとちり取りはあるか?」
「あ、うん……そこに掃除用具を置いてあるよ」
俺は掃除用具を入れている収納スペースからほうきとちり取りを持って来て、伊織の足元で割れている茶碗を片付け始めた。
「……」
「……」
しばし無言で手を動かす。割れた茶碗が擦れる音だけがBGMだった。
下を向いているので、伊織がどんな顔で俺を見ているのかわからない。
……伊織は、親父と何かあったのだろうか?
わからねえ……親父も、伊織も、俺にとっては顔を合わせてからそれほど日が経っていないのだ。
そんな浅い関係で、想像しても仕方ないかもしれない。
「親父が……何かしたってのか?」
だから聞いてみる。
いくら考えても無駄なことなのだとすれば、後は直接聞いてみるしかないだろう。
家族だからって、気持ちまでわかるわけじゃない。こないだ初対面を済ませたばかりの異母兄妹なら、知らなくて当然のことばかりだ。
「そんなの……お兄ちゃんには関係ないよ」
伊織はぶっきら棒な調子で言った。いきなり父親に対する娘っぽい態度になったな。思春期の女子かよ。
「そうなんだが、それでも気になるもんは気になるんだよ」
意趣返しってわけじゃないが、さっきの伊織の言葉を使わせてもらった。
「……っ」
それに気づいたのか、伊織が言葉を詰まらせる。
割れた茶碗を片付け終えて、屈んだまま伊織を見上げる。
異母妹は唇を噛みしめて、感情を抑え込もうとしているように見えた。
郷田伊織。突然現れた腹違いの妹。
初対面の時から俺を後継者候補から脱落させるだの言っていたが、なぜそうしたいかという気持ちが全然わからなかった。
感情が存在するかさえ疑っていたものだけど、案外表に出さないように我慢しているだけなのかもしれない。
きっと理由があるのだ。伊織本人の考えなのか、親父が関わっているかまではわからないが。
「だったら、こうしようぜ」
床に落ちたご飯粒も綺麗に片づけて、俺は割れた茶碗をいつでも捨てられるようにゴミ袋に入れた。
そして、小さな妹を見下ろしながら、凶悪面で笑ってみせた。
「俺の本命の女ってやつを教えてやるよ。だから、伊織も抱えている秘密ってのを教えろ」





