146.仲良し(?)兄妹の食卓
伊織が俺の晩飯を作ろうかと提案してきた。
一体何を狙っていやがるんだ? そう警戒した俺は悪くないと思う。
「……」
ただ……不安げに揺れている伊織の目を見ていると、その警戒自体が悪いことのように思えてしまった。
もしかして、純粋に俺に晩飯を作ろうとしてくれているだけなのか?
「……ちゃんと料理できるんだろうな?」
「任せてよ。これでも小さい頃から料理してきたんだから」
伊織は小さな身体で目一杯胸を張った。
その姿があまりにも誇らしげなものだったから、つい口元が緩みかけたのを慌てて引き締める。外見だけなら小さな女の子が元気よく頑張ろうとしているもんだから、つい微笑ましく思えちまったじゃねえか。
油断するな。こいつは敵だ。敵かもしれない……たぶん、おそらく……。
頭をがしがしとかいて、口を開く。
「まあ、だったら作ってもらってやってもいいけど」
上から目線っぽく返してしまったのは、俺なりの抵抗だ。
けれど伊織はまったく気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに笑った。
「やったー♪ じゃあ材料買わなきゃ。ねえお兄ちゃん、何が食べたい?」
「……なんでもいい」
一番困る回答をしただろうに、伊織はニコニコしていた。
「それなら、わたしの得意料理にしよっかな」
そう言って伊織はくるりと背を向け、食材売り場の方へ歩き出す。俺も仕方なくその後をついて行く。
伊織は上機嫌に鼻歌を歌いながら、豚肉や野菜などを籠に入れていく。
小さくて可愛い女の子の買い物風景に、周囲から笑顔が零れる。その後をついて行く俺を目にした周囲の人たちの笑顔が強張っていった。
まったく、ただ買い物をしているだけだってのに俺たちはどんな風に見られているのやら……。腹違いの兄妹だと正解できる奴は、誰もいなさそうだった。
◇ ◇ ◇
買い物袋を片手に、二人並んでマンションのエレベーターに乗る。
「わたしの案内は助かったでしょ?」
「まあ……ありがとよ」
確かに助かった。スーパーの陳列って店ごとに違うところがあるからな。俺だけだったらもっと時間がかかっていただろう。
「どういたしまして。あとね、夕方に行くと半額シール貼ってくれるから。その時は競走だよー。穴場は冷凍食品コーナー」
「冷凍食品か……あったら便利だよな」
「お兄ちゃんって料理できなさそうだもんね」
「バカにすんな。チャーハンとかオムライスとか、野菜炒めとか、普通に作れるぞ」
男の料理なら作れるのだ。だから料理ができない系の男子ではないので、そこんとこは認識を改めてほしい。
「そっかー、すごいねー」
伊織は優しい口調で褒めてくる。オイ、なんで子ども扱いしてんだよ。料理できるのは嘘じゃねえぞ。
「それにしても、伊織は主婦力高いんだな。半額シールを貼る時間帯とか覚えてんのか」
「それくらい普通だって」
普通か……。こんな立派なタワマンに住む奴の感覚として、本当に普通なのかという疑問がなくはない。
とはいえ割引情報はありがたいからな。情報のためにも、何も言わずに黙っておいた。
◇ ◇ ◇
伊織の部屋に通される。何が待ち構えているのかと警戒しながら足を踏み入れた。
当たり前だが、俺の部屋と同じ間取りだった。家具まで一緒なのは、ここも親父が用意したものだからなのだろう。
「晩御飯ができるまでくつろいでいてね」
そう言って伊織はエプロンをつけて料理を始めた。
「……」
あっさり放置されるとは思っていなかったので戸惑ってしまう。
というか、まさか部屋に通されるとはな。伊織からすれば俺は敵だろうに、警戒とかしないのか?
俺の妨害をしようって奴だから、何かやべーもんでもあるかと思いきや……見渡す限りただの綺麗な部屋だった。
実は爆弾とか隠していたりしねえよな? ソファに座るのも、何も仕込まれていないことをしっかり確認してから腰を下ろした。
「警戒しすぎだったか?」
エプロン姿の伊織がフライパンを振るのを眺めていると、警戒している自分がバカみたいに思えてくる。
「ねえお兄ちゃん。ご飯炊けたら、お味噌汁よそってくれる?」
「は? あ、ああ……わかった」
気づけば食欲をそそる良い匂いがしていた。
「できたよ。さあ、いただきましょう♪」
食卓に並んだ料理は、まさに生姜焼き定食だった。
出来立ての香りが空腹を刺激する。俺たちは「いただきます」と手を合わせてから箸を取った。
早速豚肉を掴んで口に運ぶ。
「……」
……俺の女たちは、料理が美味い奴が多い。
中でも羽彩の料理レベルは一段抜きん出ている。家庭料理というカテゴリーなら、本当に日本一ではないかと密かに思っているほどに。十羽夏なら共感してくれるだろうな。
そんな女の料理を食べてきた俺である。肥えた舌になっていてもおかしくはない。
「薄い……」
肥えた舌だからこそそう感じてしまうのか。
伊織の料理の味は薄すぎた。念のため味噌汁に口をつけてみるが、こちらも薄い味付けだ。
別に不味いってわけじゃない。見た目もいいし、失敗しているわけでもない。
「どう? 美味しい? お兄ちゃんの口に合うかな?」
同じものを口にしたはずの伊織が、目を輝かせながら尋ねてくる。
伊織も俺と同じタイミングで食べていたはずだ。なのにこうやって聞くってことは、彼女はこれが薄味なのだと感じていないのだろう。
「まあ、悪くねえよ……ただ、ちょっと薄味だな」
せっかく作ってくれたのだからと言わないでおこうかと思ったが、相手は伊織だ。妹相手に気を遣う必要はないだろう。
「あらら、お口に合わなかったかな……」
「別に不味いって言ってるわけじゃねえ。俺の好みに合わないってだけだ」
「お兄ちゃんは濃い味付けの方が好きなんだね。ふふっ、若いなぁ」
「俺はお前より年上だぞ」
年下の女の子に「若い」と言われてもな……。嬉しくないどころか、お子様扱いされているようで微妙な気分になる。
「そういえば、興味本位で聞いてみたかったんだけど」
「あん?」
「お兄ちゃんの本命って……あの中の誰なの?」
兄妹の食卓。何気ない話題のようでいて、その真剣な様子にギクリとした。





