145.仲良し(?)兄妹のお買い物
小首をかしげて愛らしい笑顔。そのしぐさと表情があざといとしか思えない。
鮮やかな赤い髪を目にすると、最近起きた火事を嫌でも思い出してしまう。
そんなことは知らないとばかりに、伊織はとてとてと俺に近寄ってきた。
「どうしてお兄ちゃんがここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ。伊織こそなんでここにいるんだ?」
「そんなの、ここに住んでるからに決まってるよ」
ここにって……俺の隣の部屋に住んでいるってことか?
マジかよ……やられた。これが偶然なわけがない。
何を考えているかはわからないが、親父が仕組んだことなのだろう。自分の娘がどこに住んでいるのか、知らないはずがないだろうからな。
親父は伊織が俺の妨害をしようとしているのを知らないのか? 後継者候補から脱落させるどころか、もっと酷い状況に追い詰めようとしているとしか思えないんだけどな。
「くっ……」
「お兄ちゃんったら、どうして嫌そうな顔をしているのー?」
すぐ隣に爆弾があると思ったら、誰だって嫌だろうよ。
だからって住むところがない以上、出て行くわけにもいかない。
どうしたものかとまごついていると、伊織が口を開いた。
「もしかしてお兄ちゃん、ここに引っ越してきたの?」
俺の様子で勘づいたのだろう。
伊織は俺の部屋のドアを見つめながら、呟くように言った。
「まあ、そうだが」
そうなんだが……今更拒否することなんてできないとわかってはいるんだが……。嫌だなという感情を隠し切れそうにない。
「そっかー♪」
対する伊織はとても嬉しそうな顔をしていた。
そりゃターゲットがすぐ傍にいれば、目的を達成しやすいだろうよ。上機嫌にもなるってもんだ。
せっかく上がりかけていたテンションが、伊織のせいでだだ下がりである。
「そういうことだから、よろしくな。じゃっ、俺は買い物に行くからよ」
誤魔化せないとわかっていても、俺が隣の部屋に引っ越した事実を流してくれないかなと願ってしまう。
「じゃあな」と言って、足早に伊織から離れようとしたのだが……その彼女に服の裾を掴まれた。
「買い物ならわたしも一緒に行くよ」
「え……な、なんでお前がついて来るんだよ!」
思わず語気が強くなってしまった。けれど伊織はまったく動じることなく、逆に嬉しそうに笑う。
なんだ? 何をしようってんだ? 今度は外で社会的に抹殺してやろうって魂胆か?
「引っ越してきたばかりなら日用品とかいるでしょ? わたしがスーパーやドラッグストアを案内してあげるよ」
「む」
確かに、越してきたばかりで近隣のスーパーなどの場所がわからない。
調べればわかるだろうけど、慣れない道で時間がかかるだろう。腹が減っている今、できればあまりちんたらしたくなかった。
「わたし、ここの地元っ子だから任せてよ」
伊織がドンと胸を叩く。力強い音に、一瞬頼り甲斐を感じてしまった。
ていうか地元っ子って……本当かよ?
ついこないだ転校生として来たばかりじゃねえか。いや、転校前の学校って案外近くだったりするのか?
くそっ、原作にない情報はわからないことだらけだ。
くいっと、裾を引っ張る力が少し強まる。
「お願い。一緒に行こ?」
上目遣いと小首をかしげるポーズ。……完全にあざとく狙ってるだろ。
こういうのに惑わされたら終わりだ。
だが、相手が悪かったな。女に免疫のない童貞ならいざ知らず、悪の竿役を相手取るには魅力不足だ。
「……」
……だけど、伊織の目にすがりつくような感情を見て取れて、印象のズレみたいなものを感じた。
「はぁ……わかったよ。ついて来るのは勝手にしろ」
観念したように返すと、伊織は「やったー!」と子供みたいにはしゃいで、俺の隣に並んだ。
◇ ◇ ◇
伊織に案内されて訪れたスーパーマーケット。
晩飯前だけあって繁盛しているようだ。伊織はそんな人混みの中、軽やかな足取りで歩いている。
一方の俺はというと、どうにも気を抜けないでいた。
伊織を警戒している……というのもあるのだが、周囲の視線が気になっていたからだ。
片や強面に大柄な男。片や小柄で愛らしい美少女。
見た目だけとはいえ、そんな二人が仲良くお買い物ときたもんだ。アンバランスな組み合わせに、誰だって自分の目を疑うだろう。
「ねえ、お兄ちゃん。洗剤は何を使っているの?」
「洗剤? いや、別にこだわりとかねえから適当だけど……」
伊織が急に振り返って尋ねてくるものだから、素直に答えてしまった。
「じゃあこれにするね。わたし、ラベンダーの香り好きなんだ♪」
勝手に籠にポンと放り込まれた洗剤のボトル。……いや、俺の買い物なんだけど。
「オイ伊織、それはお前の好みだろうが」
「でも部屋が隣り同士ってことは干す場所も近いでしょ? うっかり香りが混ざったら変な匂いになるかもしれないよ」
「混ざるか。そんなに近い距離じゃねえだろ」
「わからないよ? お兄ちゃんの匂い濃い気がするし」
そ、そんなに匂うか? 慌てて脇の下に鼻を近づけてすんすんと嗅いでみる。……自分じゃわからねえな。
「ぷっ……あははっ!」
伊織が心底おかしそうに、腹を抱えて笑う。
「な、なんで笑うんだよっ」
「だって……ぷっ……自分が臭くないかって、必死になってるから……」
「ひ、必死になんかなってねえよっ」
「あははっ」
こいつ……こうしていると普通の女の子みたいだな。
伊織のことがよくわからなくなる。こいつは俺の敵……なんだよな?
でも、腹違いとはいえ妹でもある。
わからねえ……本当に、わからねえよ。
「お兄ちゃんって優しいね」
「はあ? どこがだよ」
「なんだかんだ言って、わたしが籠に入れた物、戻したりしないんだもん」
「……」
別に……選び直すのが面倒だっただけだ。
そんな俺の心の声が聞こえたわけじゃないだろうけど、伊織はまたクスクスと笑う。
「ねえ、お兄ちゃん」
「今度はなんだ?」
「……今日の晩御飯、どうするの?」
唐突な話題変換に、思わず目を瞬かせる。
少しだけ、ほんのちょっぴり表情に変化を持たせて……伊織は言った。
「お兄ちゃんさえ良かったら……わたしが晩御飯を作ろうか?」





