144.新しい住居
羽彩だけならともかく、家族がいる家に長い間世話になるわけにもいかないだろう。
羽彩の母親は歓迎してくれている雰囲気だったが、まだ顔を合わせていない父親の心はわからない。娘二人がいる父親と考えれば、見た目が強面竿役の男が家にいるなんて穏やかではいられないはずだ。
それに十羽夏は男に襲われたばかりだ。俺が嫌われたわけではないけど、男が近くにいては休まらないかもしれない。
そんなことを考えて、親父が手配してくれた新しい住居へ向かうことを肯定してみる。
「ここ、か……?」
目の前にそびえ立つのは、ぱっと見何十階建てかわからないほど高さのあるマンションだった。
親父から「マンションを手配したよ」と言われたものだったが、まさかこんな立派なタワマンだと思わなかった。
前に住んでいたアパートと比べると、綺麗すぎて気後れしてしまう。
「ええいっ、うだうだしてんじゃねえ。我ながらみっともねえっての」
マンションに足を踏み入れるかどうかで迷っている場合じゃない。野宿するわけにもいかないのだ。こちらから頼み込んだ手前、親父に「チェンジで」とは言えない。
竿役なら堂々と、胸を張って入ってやろうじゃねえか。
「おおっ、高級感すげえ……」
重厚で背の高いドアをくぐれば、広い空間のエントランスに出迎えられた。
おしゃれで明るい照明に、床や壁は大理石が使われている。ロビーらしき場所にあるテーブルやソファといった洗練された調度品が、さらに豪華な雰囲気を演出していた。
来るところ間違えたかな? そう思ってしまうのは庶民感覚に囚われているからかもしれない。
「郷田晃生様ですね? お父様から承っております」
しかもフロントにコンシェルジュまでいた。なんかマンションってよりホテルみたいな感じだな。
軽く説明を受けてみたが、コンシェルジュは宅配便の取次やタクシーの手配など、様々な生活のサポートをしてくれるようだ。男子高校生の一人暮らしには過剰なサービスである。
まあ人がいるってだけで防犯の効果もあるだろうからな。放火や誘拐など、そういった事件性のあるものからは守ってくれるだろう。
鍵を受け取りエレベーターに乗って部屋へと向かう。最上階は五十階か……なんか慣れる気がしないな。
三十二階で降りて、手配された部屋に入る。
「すげえな……」
ここに来てから、みっともなく口をぽかんと開けてばかりな気がする。
3LDKの広い室内。床暖房やビルトイン食洗機など、充実した機能が目白押し。
しかも親父が用意してくれたであろう家具が、高級感溢れる室内と調和していた。
「こんなところで落ち着いて生活できるのかよ……」
今まで住んでいたアパートの部屋と、あまりにも違いすぎる。急に手配したとはいえ、わざわざこんな高級マンションでなくともよかっただろうに……。
まったく、親父は何を考えてんだよ。
リビングのソファに腰を下ろすと、柔らかすぎず硬すぎず、絶妙な沈み具合が全身を包み込んだ。
背もたれに寄りかかりながら、「ふぅ」と一息つく。
窓から見える景色は、二階建てのアパートから目にしていたものとは全然違っていて……まるで自分が別世界に来てしまったような気分になる。
「本当に、ここが俺の部屋なのかよ……」
信じられなくて、もう一度部屋の隅々まで見渡してしまう。
バルコニーに続く大きなガラス窓。壁にさりげなく埋め込まれた間接照明。テレビはアパートに置いていたものよりも何倍ものサイズがある。
俺も、元の郷田晃生だって、感覚は庶民だ。
「……」
立ち上がって、もう一度室内を歩いてみる。
寝室にある大きなベッドにダイブしてみたり、ウォークインクローゼットに閉じこもってみたり、風呂場の大きな浴槽に足を伸ばして寝そべってみたり……お、ミストサウナなんてできるのか。
未知のワクワクと、慣れない場所への落ち着かなさが半々といったところ。この緊張をどう表現したもんかわかんねえな。
ソファに座り直し、スマホを手に取る。とりあえず羽彩に新居に到着したとメッセージでも送っておこう。十羽夏の様子も気になるしな。
「お、早いな」
すぐに返信が来たので目を通す。
まずは、俺の住むマンションのセキュリティがしっかりしていて安心したということ。
次に十羽夏が落ち着いたという報告。最後はご飯を食べてちゃんと寝ることという文面だった。
「そういや飯食ってねえや」
高級ホテルみたいなマンションに面食らって忘れていた。気づけば晩飯を食っていい時間だ。空腹を思い出したかのように腹の虫が鳴った。
冷蔵庫を開けてみるが、中は何もなかった。ここまで準備しておいて、中身は空っぽかよ。
「飯でも買いに行くか」
足りない消耗品も買っておかなければならない。日葵たちにもタワマン住まいが決まったことをメッセージで伝えて、外出する支度を済ませる。
玄関から出たタイミングで、隣の部屋からも誰か出てきた。
隣人か? 越してきたばかりだし、円滑な日常生活を送るためにもあいさつくらいはちゃんとしておいた方がいいだろう。
そう思って、隣人が姿を見せるのを背筋を伸ばして待っていたが、俺は目を剥くことになった。
「あっ、お兄ちゃんだ」
最近目にするようになった赤いツインテール。今一番会いたくなかった相手、俺の異母妹である伊織が現れた。





