143.氷室羽彩は妹を励ましたかった
アタシは十羽夏と一緒に帰宅した。
ついさっきまで柄の悪い男たちに捕まっていた妹。想像するだけで怖い状況すぎる……。
すぐに晃生が助けてくれたけど、心に深い傷を負っていてもおかしくない。
実際に帰り道では無言だったし。ここはお姉ちゃんとして励ましてあげなきゃだよね!
「お姉ちゃんお姉ちゃんっ。晃生お兄ちゃんってすごいんだねっ」
十羽夏はそんなアタシの心配なんて知らないとばかりに、鼻息荒く目を輝かせていた。
さっきまで口利いてくんなかったのに……。家に帰って不安がなくなったのかな?
「え、ああ……晃生だしね」
十羽夏の急な態度の変わりように、返事がそっけなくなってしまう。
「そっかぁー。晃生お兄ちゃんだからかぁ。すごいなぁ……」
答えになっていない返事だってのに、十羽夏は納得したみたいに宙を見上げる。たぶん晃生に助けられた時のことを思い出しているんだろう。
晃生ってインパクトあるからねー。実際に十羽夏が助けられたところは見てないけど、アタシも助けられた経験があるから想像はできた。
「ねえねえお姉ちゃんっ」
「お、おう……」
ていうか元気だな妹よ。落ち込んでるよりは全然いいんだけどね。
ただ赤くなった顔をぐいっと近づけてきてくるのは、興奮が収まっていないって感じだからお姉ちゃん心配だぞ。
「晃生お兄ちゃんって……モテるのかな?」
「はい?」
今それ重要?
十羽夏の考えがわからない。もしかしたらあまりの恐怖体験だったから混乱しているのかも。
「モテてはいるよ。アタシも好きだし……」
「だよね。あんなに強い人、みんな好きになっちゃうよねっ。お姉ちゃんの初恋の相手なのも納得だよ」
十羽夏の男の価値観って、強さが基準なんだ……。妹ながら子供っぽいなぁ。あと恥ずかしいから初恋とかゆーな!
……待って。アタシも晃生に助けられたのがきっかけだったりするし、十羽夏とあんま大差ないのでは?
「あたしあんなに強くて格好いい人初めて見た……いいなぁ」
「ん?」
何が「いいなぁ」なの?
十羽夏はうっとりした顔で両手で自分の頬を押さえる。
何を想像してんのか、急に「きゃー♪」とか言って身体をくねくねさせていた。奇行が目立つぞ妹よ!
でも、この反応はまさか……っ!?
「十羽夏……アンタ」
「ん?」
「もしかして、どっか頭打ったんじゃない?」
あんな場所に監禁されてたのだ。乱暴されそうになって……何かの拍子で頭を打っていたって不思議じゃないよね。
それで様子が変だったんだよね……。ごめんね、お姉ちゃんが気づいてあげられなくてっ。
すぐにでも病院で診てもらわなきゃ! 焦るアタシとは対照的に、十羽夏は呑気に笑いながら手を振った。
「どこも打ってないよー。だって晃生お兄ちゃんが助けてくれたんだもん」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
にしては、十羽夏の様子がおかしくない?
姉だからこそわかる。十羽夏は何かがおかしくなっている。
家に帰ったのに顔が赤いままだし、息も落ち着いてない。うっとりとしている姿は夢見心地といった様子だ。
「ねえ、お姉ちゃん……」
「な、何?」
さっきまでとは違って落ち着いた……しんみりした? 十羽夏の変化に追いつけてないよ~。
「あたし……晃生お兄ちゃんのこと好きになっちゃったかも」
「ぶっ」
アタシは噴いた。それはもう盛大に。
「マ?」
動揺しすぎて言葉が出てこない。こういう時に便利な言葉があって良かった。
十羽夏はこっくりと頷く。
赤くなった顔にうっとりとした表情……。これ、恋してる乙女の顔だったか~~っ!
他の女子ならすぐに気づいたと思うんだけど、妹だからこそこの変化を恋なのだと理解できなかった。
……ううん。ていうか理解を拒んでいたんだろうね。
姉妹で同じ人を好きになるなんて、きっとろくなことがない。……緑髪の親子の顔が頭に浮かんだけど、あれは例外だっての!
「十羽夏……アタシ、晃生と付き合ってるよ」
「うん……知ってる」
それはちゃんとわかってくれているみたいだった。まだ中学生だけど、ちゃんとした女子なのだ。
それでも、十羽夏は寂しそうな顔を隠せてはいない。
わかってはいても、心の中で消化し切れないんだろう。
これがたぶん、十羽夏の初恋なんだろうし……。
「まあ、晃生の女は、アタシだけじゃないんだけどねー……」
「え?」
十羽夏が晃生のことを好きになってしまった以上、アタシたちの関係を隠すなんてできない。
一応世間ではハーレムってやつが認められてるけど、常識的にはあまり良い関係じゃないと思われているってわかっている。
でも、だからこそ、十羽夏には隠さない方がいいって思った。
アタシたちが晃生を好きな気持ちは本物だから。それだけは伝えておこうと思ったんだ。
「そ、それって……」
十羽夏には早すぎる話だった。
妹の迷いを見て取ったアタシは、話題を切り替えようとする。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさいお父さん……」
「ん」
急に父親が顔を出したもんだからびっくりした。十羽夏が「お帰りなさい」って言ったのに、ろくな返事もせずに自分の部屋へと引っ込んでしまう。
久しぶりに帰ったかと思えばあの態度は何!? てか玄関を開ける音すら聞こえなかったんですけど!? うちの父親忍者かよ!
父親の態度にムカつきすぎて、アタシの中で十羽夏の告白の印象が薄くなっていた。
……妹の初恋を蔑ろにしたわけじゃなかった。だけどまだ中一だしと、甘く見ていたのは否定できないかもしれない。





