140.氷室十羽夏は自覚する
あたしにお兄ちゃんができた。
その人はお姉ちゃんの彼氏さんで、あたしでも見上げなきゃならないほど大きい人だった。
見た目はちょっと怖そうな男の人で、だけどお姉ちゃんの態度を見ていたらそんなに悪い人じゃないんだろうなって思えた。
何よりお姉ちゃんの良いところをわかっている人だからね。お姉ちゃんの良さがわかる人に悪い人はいないでしょ。
「ふんふふーん♪」
「十羽夏ちゃん、今日は機嫌良さそうだね。何かいいことでもあった?」
「へへっ、わかるー?」
学校で友達に晃生お兄ちゃんのことを話した。
一晩だけしか一緒にいなかった人。それなのに口が止まらなくて、ずっとしゃべっていられそうだった。
「十羽夏ちゃんが男の人を褒めるなんて珍しいね。いつも『弱っちい男に興味ない』って言ってたのに」
「あたしそんなこと言ってたっけ?」
まるで男を強さでしか判断していないみたいじゃないか。
あたしだってもう中学生だ。男子に興味を持ったりもする。
強ければ強いほどいいとは考えているけど、別にそれがすべてじゃない。
強くても弱くても関係ない。もしあたしがピンチになった時にすぐ駆けつけてくれる人。そんな王子様みたいな人がいれば、きっとあたしだって恋に落ちるだろう。
お姉ちゃんも、晃生お兄ちゃんに助けられたから恋に落ちたらしいし。これはもう姉妹だから好みが似ちゃうんだろう。
「……」
いくつもの視線を感じて教室を見渡せば、あたしよりもちっちゃい男子たちがこっちをチラチラと見ていた。
そいつらの視線はあたしの胸や太ももに注がれていた。見られてる側はどこに目が向いてるのかわかっちゃうもんだかんね。
「モテるのも大変だね」
「はあ? 別にモテてないよ。だって告白されたことないし」
「みんな恥ずかしがってるんだよー」
「えー?」
恥ずかしがってるだけで行動できないなんて……やっぱり弱っちい男子ばかりだ。
あたしに惚れてるって言っても、あたしが他の女子よりも大きいからだけってみたいだし。
大きければなんでもいいのか? 男子の好みはよくわからん。
◇ ◇ ◇
「とりゃあああああーーっ!」
バシンッ! とボールを叩く瞬間。
そして体育館の床にボールがぶつかる音を聞くのが気持ちいい。あたしがバレーをやってる大きな理由だ。
「氷室ナイス!」
「背が高いだけでもすごいのに、ジャンプ力も高いんだから手のつけようがないよ」
「これでまだ一年って、末恐ろしすぎ……」
バレーは楽しい。この身長を生かせるから。
背が高いのをからかわれたことがあったけど、お姉ちゃんが「ならバレーでもやってみたら?」と薦めてくれたのだ。
身長が武器になることを知って、あたしは背の高さをからかわれても鼻で笑って返せるようになった。
やっぱりお姉ちゃんはすごい。あたしが悩んでたことをすぐに解決してくれるから。
きっとお姉ちゃんもそうやって進化してきたのだ。金髪になった時はびっくりしたけど、あれから堂々と胸を張るようになっていたし。
あれだけすごいお姉ちゃんなら、今はからかわれることなんてないのだろう。あたしも堂々と胸を張っていたらからかわれなくなったしね。
「持ってこぉぉぉぉぉぉいっ!」
トスが上がる。
助走したあたしは自信を持って踏み込み、ジャンプした。
あたしのスパイクは男子にだって負けない。
高い打点からボールを引っ叩く。ブロックを無視して、ボールはコートに落ちた。
お兄ちゃんだったら……これくらい届くのかな?
今度ジャンプ力勝負をしてみよう。そんなことを考えながら、あたしは練習に打ち込むのだった。
◇ ◇ ◇
今日は会議があるらしく、顧問の先生がいないからって部活が早上がりとなった。
「久しぶりにどこか遊びに行こうよ」
「十羽夏ちゃん、寄り道はしちゃいけないんだよ?」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだからー」
「私は宿題終わらせたいから先に帰るよ。観たい動画もあるからね」
「ぶー。ケチっ。いいもん一人で遊びに行っちゃうもんね」
晃生お兄ちゃんは昨日一晩だけしか泊まってくれないって話だ。今日は早く帰ったからって会えないのだろう。
でも、この上がったテンションは収まらない。ちょっとでも遊んで発散しなければならないのだ。
──なんて、考えてしまったのが悪かったのか。
「おいおいおいおいっ。すげえエロい身体してる女じゃねえか?」
「ねえ君、俺たちとどっか遊びに行こうよ」
「って、中学の制服か? マジかよ……でも中学生のくせに身体は大人ってのもそそるよな」
興味本位でゲーセンに入ってみれば、柄の悪そうな男たちに絡まれてしまった。
「あ、あの……あたしは……」
「あららー? この子震えちゃってるよ。可愛いなー♪」
あたしよりも背の高い男たちに囲まれて、怖くなった。
べたべたと肩を触られて、身を縮こまらせることしかできなかった。
男子は弱っちい奴ばっかり。
それは同級生の男子ばかりしか知らなかったから。今は守ってくれるお姉ちゃんもいない。
「俺たちゆっくりできるいい場所知ってるからよ。君を招待してあげるよ」
「ぎゃははっ! 綺麗なとこじゃねえけどな」
「今日はラッキーだわ。こんなにいい女を拾えたんだからな」
身体は震えるばかりで、抵抗できない。
男たちの頭にでもスパイクを決めるみたいに引っ叩いてやれば……。
そんなことができれば、あたしは廃墟に連れ込まれるなんてことはなかったのだ……。
「うぅ……助けてお姉ちゃん……っ」
「え、君お姉さんがいるの?」
「ヒッ!?」
震えるあたしに、男の一人がバッと顔を近づけてきた。
息が臭くて眉間に力が入る。
「いいねいいねー。姉妹丼とかやってみたかったんだよ」
「ど、丼?」
そんなあたしに気づかず、男はなぜか喜んでいた。
「ねえねえお姉さんっていくつ? 可愛い?」
「お、お姉ちゃんは……世界で一番可愛いの!」
はっ! あたしったらなんてこと言ってんのっ。お姉ちゃんのことだからって口が勝手に動いちゃった……。
「おっほー♪ この娘の姉っしょ? 爆乳姉妹とか最高なんですけどー!」
「よしよし、じゃあお姉ちゃんに電話しよっか♪ ここに来てもらって一緒に遊ぼうよ」
「や、やだ……」
こんなところにお姉ちゃんが来たら……何されるかわかったもんじゃない。
「あーん? お前に拒否権とかねえから」
「ヒッ! やめ……っ」
スマホを取られて、無理やりロックを解除させられた。
「写真があった方がお姉さんも急いでくれんだろ」
「やめて……撮らないでよ……ひぐっ……ぐすっ……」
泣いているあたしを、男たちは笑いながら写真を撮っていた。
「よっしゃ送ったぞ。これでお姉さんが来てくれんだろ」
どうやら本当にお姉ちゃんにメッセージを送ってしまったらしい。
どうしよう……。焦るばかりでいい考えが何一つ思いつかない。
早くしないとお姉ちゃんがここに来ちゃう……っ。
「どうする? 先にこの娘を食っちまうか?」
「いや待て。まずは姉の方からだ。『妹に手を出されたくなければ股を開け』って命令できんだろ」
「ぎゃははっ! もうちょっと言葉選べよ。妹ちゃんがいるんだからよ」
「そんでボロボロになった姉の目の前で妹を犯す。姉妹はどんな顔するんだろうねー?」
「ぎゃははっ! お前鬼畜すぎんだろ。でも最高!」
震えるあたしの横で、男たちは大盛り上がりだった。
あたしは恐怖で抵抗の一つもできない。
同年代の中では身体が大きくても、あたしは女でしかなかった。
乱暴な男の人には敵わない……。
自分の無力さが、涙となってとめどなく流れる。
「呼ばれたお姉ちゃんでーす。……で、俺の可愛い妹は無事なんだろうな?」
そんなあたしの耳に届いたのは、来るはずのない晃生お兄ちゃんの声だった。
SS紹介も今回で最後になりますね(全部で6つ)
・Amazonほか電子版SS
「危険人物がいるプールでの楽しみ方」
※2巻本編プール回と合わせると面白さが増す話(文字数だけなら今回一番多い)
それと第225回のお便りコーナーに今作が掲載されました!
これもエロ漫画の悪役を応援してくださっている読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました!(貴重な体験です)





