137.不幸を届ける少女
空き教室で夏樹に昨日の火事のことを説明した。
「それは大変だったね……うーん……」
火事の原因は一階住人のたばこの不始末。
だが、現場には伊織の姿もあった。そこまで説明すると、夏樹は難しい顔をする。
「後継者争いが始まってるつってたよな? まさか直接的に争うって意味じゃねえだろうな」
「そんなことがあるわけないよ! 郷田会長はそんなの絶対に望んでいないはずだ」
夏樹は強く否定した。
俺よりも夏樹の方が親父の気持ちがわかるのだろう。かなりの信頼を感じる。
「……だが、確かに伊織ちゃんが丁度良く現場にいたのは気になるね。言葉通り晃生くんに会いに来ただけだったらいいのだけど」
「俺もそう思うが……。あの笑顔がどうも引っかかる。それにあいつは俺を後継ぎ候補から引きずり下ろすつもりなんだろ。何かやらかすつもりなのは確かだ」
「私も調べておくよ。まあ本気で伊織ちゃんが犯人だとすれば、私でも証拠を掴むことは難しいからね。彼女がそんなことをしてないと祈るよ」
夏樹としては伊織のことをあまり疑ってはいないのか? もしかしたらというくらいの低い可能性に捉えているように思える。
俺も伊織についてはまだよくわからない印象だ。
急に現れた妹。おそらく腹違いの義理の妹なのだろうが、伊織は俺のことを知っているようだった。
明らかに情報量に差がある。こっちは原作知識があるはずなのに、妹や後継者争いなんて単語の一つも出てきやしなかったのだ。
兄妹で血で血を洗う戦いだったらどうしよう……。すでに原作と同じ世界ではないのはわかっているが、トチ狂った価値観で行動する奴がいてもおかしくないってのは、もう経験済みなだけに心配だった。
「晃生」
優しく手を握られる。
顔を向ければ羽彩が優しく微笑んでいた。
「大丈夫だって。晃生のことが大好きなアタシらがついてんだからさ。いざとなったらアタシなんでもするよ」
「ふふっ。そうね、私たちが傍にいるから安心よ」
日葵が羽彩とは反対の手を握ってくる。というか腕に抱きついてきた。
おっぱいを押しつけて……むしろ挟んできやがるっ。くっ、空き教室という場所もあってかスッキリしたい気持ちになりそうだ。
「この流れ……こ、これは私もついに晃生くんに抱かれる時がきたのか?」
ピンクに影響されてか、夏樹が頬を赤くしながら制服のボタンに手をかける。生徒会長が自ら校内の風紀を乱そうとしてんじゃねえよ。
「夏樹先輩、その伊織ちゃんって子は一体どんな人なんですか?」
それを止めようとしたわけでもないのだろうが、日葵が夏樹に質問をする。
「そうだね……私も直接会話したことがあまりないのだが、周りの人は彼女を警戒していたかな」
「警戒、ですか?」
俺と羽彩も首をかしげる。腕にサイドテールが当たってくすぐったいぞ。
「最初はみんな、とくに年配の方からよく可愛がられてはいたのだけどね。伊織ちゃんと仲良くすると不幸が訪れる……そういううわさを関係者から聞いたことがあるよ」
不幸……。今回のアパートの火事はそれに該当するのだろうか。
「別に俺はあいつと仲良くした覚えはねえよ」
「あくまでうわさだよ。本当に運が悪かっただけなのか、それとも彼女が手を下したかまではわからない。うわさだけで、誰も証拠を掴んではいないからね」
得体が知れないってか? どっちかわからないってのが不気味だな。
「財産を失ったり……最悪命を落とす人もいた。まあ不幸が訪れたのは年配の方ばかりだったから。そういう不安がもとからあったのは確かだ」
「なら疑われるってだけで迷惑な話だな」
「そうなんだよ。私はどうしても伊織ちゃんが関わっているとは思えなくてね。不幸を届ける少女、なんてうわさされるだけで可哀想だ」
実際にうわさを聞いてきたからなのか、夏樹は伊織に同情しているようだった。
だとしても、まだ判断しかねる。
もし今まで何もしなかったのだとしても、今回もそうだとは限らない。
やはり火事の現場にいたのが偶然だったとは思えないのだ。
本当に偶然だったとして、あの笑顔はなんだ? 義理の兄の不幸な事態に笑っていられる神経が恐ろしい。
「こんなところでわたしの話? まさか陰口じゃないよね? よね?」
突然空き教室のドアを開けて中に入ってきたのは、話題の人物である伊織だった。
急に現れたせいか、羽彩が「ヒッ」と小さな悲鳴を零す。俺も驚いてはいたのだが、郷田晃生の強面がそれを隠してくれた。
ていうか、いつから俺たちの話を聞いていたんだ?
2巻の発売日が近づいています。てなわけで、各店舗の特典SS紹介です(ゲーマーズ編)
・ゲーマーズ
書き下ろしSSペーパー
https://www.gamers.co.jp/pd/10826535/
「青髪お嬢様の秘策にかかった金髪ギャルの末路」
※エリカさんが羽彩ちゃんに興奮する話(今回の中で一番エッチかもしれぬ…)