134.もし郷田晃生に転生した理由がこうだったら
「うちの羽彩ったら晃生ちゃんに助けてもらってから急に髪を染めたいだなんて言うんだもんねー。好きな男に染まりたいみたいなところが娘ながらに健気でね。あたしも気合入れて思いっきり金色に染めちゃったんだよ」
「ママ……お願いだからもうやめてよぉ……」
明るく笑いながら、羽彩の母親は娘の初恋エピソードを暴露した。
話を簡単にまとめるとこうだ。
中学時代に地味子だった羽彩は、不良連中にカツアゲされていた。そこへ通りかかった郷田晃生が彼女を助けた。それをきっかけに恋に落ちてしまったらしい。
「へぇ……じゃあ羽彩の髪はお母さんが染めているんですか?」
「やだねぇ、お母さんなんて呼ばれると照れちゃうよ。最初の頃はあたしがやったけど、今は自分一人でできるようになったんだもんね。ねえ羽彩?」
「だ、だからやめてってばぁ……恥ずかしすぎて死んじゃう……っ」
「うわっ!? お姉ちゃんが倒れた! ちょっ、目を覚ましてよ……おねえちゃぁぁぁぁぁんっ!!」
羽彩は意識を失ってしまうのであった。死因は過剰な羞恥。犯人は母親である。
倒れた羽彩は十羽夏が自室に運んで介抱している。本当に良い妹だ。
「でさ、晃生ちゃんは羽彩を助けた時のことって覚えているの?」
「つい今しがた娘を羞恥で殺したにもかかわらず、羽彩の話をやめないんですね……」
しかし、言われてみると記憶が蘇ってきた。
まだ俺じゃない頃の郷田晃生が、女子中学生からカツアゲしているようなダセェ連中を追い払ったのだ。まあその時の郷田晃生も中学生だったんだけども。
とくに正義感があったわけじゃない。
年上のくせして、年下の女を取り囲んでいるのが本当にダセェと思ったからムカついただけで……。郷田晃生の感覚からすれば、道に落ちている小石を蹴ったくらいの軽い気持ちでの行動だった。
それに、助けたからって羽彩の顔を見て品定めとかしていたからな。もしあとちょっと育っていたら、野獣に食われていたかもしれないし。
「まあ、言われたら思い出しました。前は羽彩も黒髪だったんですね」
「あっはっはっはっ! そりゃ地毛なわけないでしょうが。あたしら家族はみんな黒髪だよ」
この世界の人はカラフルな髪色が珍しくないから、染めているのかいないのかがわかりづらいんだよ。
むしろ黒髪の方がレアなのでは? 羽彩もちょっとでいいから黒髪姿見せてくんないかな。割と似合う気がする。
あ、いや……そうだった。郷田晃生は羽彩があの時助けた女子だと気づいていたのだ。
『アタシは氷室羽彩っ。ねえ名前教えてよ。君と仲良くしたいな』
気づいていたからこそ、高校に入学した時に驚いたのだ。
どうしてこんな俺に近づいてくるのだろうと不思議に思った。一度会って、その凶暴さが伝わっていたはずなのに……どうして、と。
わざわざ髪まで染めて、口調や性格を変えて、郷田晃生に合わせようとした。
今まで近づいてくる奴がいなかったわけじゃないけど……凶暴すぎる内面が知られれば、簡単に見切りをつけられてきた。
それだけ郷田晃生という男はどうしようもなかった。
そんな奴を相手に、羽彩は高校に入学してからずっと離れずにいた。悪いうわさを聞いたり、乱暴な面を見せられたにもかかわらず……。
だからこそ、俺が郷田晃生の内面に触れて知ることができたのだ。
「晃生ちゃんはうちの羽彩のこと、好き?」
「はい。こんな俺とずっと一緒にいてくれたのは羽彩だけですから。愛していますよ」
郷田晃生にとって、氷室羽彩が特別な存在になっていたということを。
「おおぉぉぉぉーーっ! なんか聞いてるあたしが照れちゃうよ。せっかくこんなにもいい男が告白してくれてんのに、うちの娘は何やってんだろうね」
羽彩の母親は「羽彩ったら間が悪いんだからっ」とプリプリと怒る。あなた自身が娘を恥ずかしがらせすぎてここにいられなくしたんですけどね……。
「……っ」
もしかしたら、気づいてしまったかもしれない。
俺が郷田晃生になった理由って、こいつ自身に求められたからじゃないのか?
郷田晃生はもう一度優しさを取り戻そうとしていた。少なくとも、羽彩の前では怖がらせるような態度を取りたくないと思っていた。
でも乱暴者になってしまった性格はそう簡単には抑えられなくて。羽彩が怖がっているのをわかっていながら、態度を変えられなかった。
だから俺みたいに、暴力や寝取りを忌避するような奴になりたいと思ったのではないだろうか?
これはただの想像の話だ。
そもそもどうやって俺を転生させたってんだ? ただの竿役でしかない郷田晃生にそんな力があるはずもない。
それか、元々俺も郷田晃生だったんじゃないか?
最近は同化が進んでいるのか、元の俺と郷田晃生の境界線がわからなくなっている。
元々あった穏やかな人格が分裂して、もう一度同化しようとしているとか……。それなら郷田晃生の身体に二つの人格が存在している説明がつくのではなかろうか。
って、なんだよそのもう一人の俺は? 段々ぶっ飛んでいる考えになってんな。
でも、ここは記憶にあったエロ漫画の世界に似てはいるが、まったく同じ世界ではない。
もし本当に俺という存在が、郷田晃生が氷室羽彩を思いやる気持ちから求められたものだとすれば……。
「ちょっと、可愛い奴じゃねえか」
「え? 羽彩が可愛いって? 母親相手でもノロケてくれるじゃない。いいぞもっとやれ!」
「あ、いや……」
羽彩の母親にバシバシと背中を叩かれた。もうすっかり気安い仲である。
「うんうん。晃生ちゃんには羽彩がどれだけ晃生ちゃんのことを想っているのか教えてあげよう。家での羽彩はね──」
答えの出ない考えはここまでにして、俺は母親目線からの羽彩情報に耳を傾けるのであった。
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活動報告に特典SSなどの情報をまとめていますので、覗きに来てくれたら嬉しいですよー(美麗な表紙絵もありますぞ)