129.燃えるような赤
郷田グループの後継者争い。
わかっているのは他の候補者がいて、その一人の伊織が俺を後継者争いから脱落させに来たってことくらいか。
「め、面倒くせえ……」
ため息が出る。
莫大な富や最高の地位を手に入れられるチャンスなのかもしれないが、親父の後を継ぐなんざまっぴらごめんだ。
将来的に俺の女たちを養うためにも金は必要だろうが、それが親父の後を継いで得られるものである必要はないはずだ。
「ちっ……」
だが、簡単に断ることもできやしねえ。
そもそも俺の意思なんか聞いていないんだからな。
勝手に後継者に相応しいかどうかを見定めて、勝手に選ぶと上から目線でふざけたことを言いやがる。
こんなの、俺にどうしろってんだよ……。
「大丈夫晃生? 眉間のしわがヤバイことになってるよ」
羽彩が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺たちはあれから、夏樹を置いて生徒会室を後にした。磔にしたままだが、梨乃が部活から終わる頃に解放してやってくれるだろう。
そんなわけで、現在は羽彩と日葵の二人と帰路に就いている。
いつもの帰り道。見慣れた二人の顔。ピンクと金色が俺を挟んで、寄り添ってくれている。
それが穏やかな時間に感じられて、余裕が生まれるからこそ余計なことを考えてしまうのだろう。
「お父様に関わりたくないと思っていたのに、知らない間にこんなことに巻き込まれて……。晃生くんだって思うところがあるわよね」
日葵も俺の顔を覗き込んできて、彼女なりに心配してくれる。
……こいつらに心配ばっかりかけてはいられねえよな。
「別に強制的に何かをやらせられるわけでもなさそうだからな。とりあえず放っておけばいいだろ」
後継者になりたいってんならともかく、俺にその意思はないからな。力むだけ損なのかもしれない。
こんな奴よりも、順当にやりたがっている奴が選ばれるはずだ。そうなれば俺もお役御免。晴れて親父から解放されるってわけだ。
「晃生がそう思ってるのならいいけどさ。あの伊織って子はどうすんの?」
羽彩に尋ねられて、俺は突然現れた妹について考える。妹っつーか、腹違いなんだから異母妹だよな。
伊織は俺を後継者争いから脱落させるのが目的だと言っていた。
だったら、俺に親父の後を継ぐ意思はない、と伝えれば丸く収まる。……と言いたいところだが、勝手に下りることはできない上に、選定基準もわからないときたもんだ。
そうなると俺が何を言ったところで伊織の行動は変わらないだろう。後継者争いってやつが終わるまで、俺に纏わりついてくるつもりなのかもしれない。
とにかく俺に迷惑をかけてくる。それが可愛らしい悪戯なら流してやってもいいが、社会的に抹殺しようってんなら話は別だ。
俺と俺の女たちの幸せを妨げようってんなら、相手が腹違いの妹だろうが、全力で抗ってやるだけだ。
「伊織は……もしお前らに迷惑をかけるってんなら、俺がなんとかする。まっ、学校で俺の悪評を流されるくらいならどうってことないけどな」
「晃生は元々悪い評判だらけだったもんねー。まっ、今は少しマシになってるだろうけどさ」
俺が軽い感じで笑ってみせると、羽彩もにししっと笑い返してくれた。
「でも今日のはヤバイよね。もしかしたら晃生はクラスのみんなから妹に手を出す奴って思われたかもよ?」
「俺がそんなことする必要がねえってくらい満たされているのを教えてやった方がいいか?」
「あう……」
羽彩を抱き寄せて顔を近づけてやれば、可愛らしく頬を染めてくれた。
反対側から日葵が対抗して抱きついてくるかと思ったが、なぜか反応がない。
顔を向ければ、日葵が何やら思案している表情を浮かべていた。
「何も知らせず、いきなりこんな状況に放り込んで……。晃生くんのお父様は本当に何を考えているの?」
「日葵、考えたって仕方のねえことは考えんな」
「あ……♡」
日葵の肩を抱き、力強く引き寄せる。
俺の状況について真面目に考えてくれるのはありがたいが、こんなことで俺の女たちを不安にさせたくはなかった。
「憶測を並べたところで答えなんか出ねえんだ。なら、いつも通りの俺たちでいるのが一番だろ。違うか?」
「ふふっ、そうね。晃生くんの言う通りだわ」
日葵は頬を染めて俺の肩に頭を預ける。
まさに両手に花。俺は最高の気分を味わいながら、アパートへの道を歩いた。
「あれ、なんか人だかりができてない?」
「あそこ……煙が上がっているように見えるのだけど?」
日葵が指を差した方角に目を向ければ、確かに黒々とした煙が上がっていた。
あそこって……俺が住んでいるアパートの場所辺りから煙が見える気がするんだが?
ハハッ……。まさかな……まさか、あり得ねえだろ……?
「羽彩っ、日葵っ。走るぞ!」
俺は駆け出していた。遅れて二人もついてくる。
アパートが近づくにつれて、人だかりも増えていく。喧騒が嫌な予感を加速させた。
「あっ、お帰りなさいお兄ちゃん♪」
そんな中での明るい声は、ものすごく場違いだった。
俺が住んでいるアパートの前を通る道路、そこに伊織がいた。
人だかりができていても、赤髪ツインテールの美少女はよく目立っていた。
やけに赤々と明るくなっているからだろう。きっと、そのせいで伊織の髪が燃えるような赤に見えてしまっているのだ。
「お兄ちゃん、あれ……」
伊織が指を差す。
脳が理解を拒絶する。
なのに、よく聞こえる耳は伊織の言葉をしっかりと聞いてしまうのだ。
「燃えているアパート……あれってお兄ちゃんが住んでいる家だったのかな?」
こてんと、首をかしげて。
俺の妹と名乗る女は、燃え盛っているアパートを指差したまま無邪気にそう尋ねてきたのだった。
『僕が先に好きだったけど、脳破壊されて訳あり美少女たちと仲良くなったので幼馴染のことはもういいです』が完結しました!
さらりと読める脳破壊系ラブコメです。よければこちらも読みに来てもらえると嬉しいです(何卒~)