第2話 ご当主様
王太子殿下が城へ帰り、夕食の時間が近づき他のメイドと用意をしていた時の事だ。
後輩執事がご当主様が呼んでいると言うので、執務室へ向かった。
部屋へ入ると、ご当主様がやたらと深刻そうな表情をしていたので、少し気を引き締める。
「なぁ、シティーの専属執事にならないか?」
「……はぁ?」
「はぁ? とはなんだはぁ?とは!!」
気を引き締める程での話では無かった。
「いや、だってどうせご当主様の過保護が発動しただけでしょう?」
「うっ」
「嫌ですよ、お嬢様の専属執事なんて」
「なんてって、シティーに不満があるのか?」
「…少々」
「おい」
仕方がないだろう、つい最近まで我儘放題かと思ったら急にお淑やかになっているのだから奇妙過ぎて嫌だ。
「お嬢様に対する不満は置いておいて、今専属執事になんてなったらもれなくあの王太子殿下が着いてくるじゃないですか。そんなの嫌ですよ!」
「でもぉ…シティーに何かあったら心配だしぃ〜」
間延びした気色の悪い猫なで声で成人男性がモジモジしている。この上なくキショい。
「みっともない話し方をしない!
……それに、私がお嬢様の専属執事になってしまったらご当主様、専属執事居なくなりますよ?いいんですか?」
「うっ…いやぁ、専属執事が居なくても他にも執事はいるし、」
「私が負担しているご当主様の仕事の量、お聞きになります?」
「うぅっ」
「とにかく!私はやりませんからね!」
「ああっ!待ってもうちょっと話聞いて……」
ここはいかにご当主様と言えど譲りたくないので、後ろで何か言っていたが無視して夕食の準備へ戻った。
◆○◆
翌日。
朝食を食べ、執務室へ向かう。
今日は平日なのでお嬢様も学校にいらっしゃるだろう。
椅子に座り、仕事へ取り掛かる。
「……」
……ドアからすごく見覚えのある方が覗いている気がするが無視だ。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「なぁんで無視するんだよォっ!!!」
「いや無視するでしょう、普通!」
痺れを切らしたご当主様が部屋へ入ってくる。
仕方がないのでデスク前のソファにご当主様を座らせ、紅茶を入れ、向かいの椅子に腰を下ろす。
「で、どうしたんですか?最近、いつにも増してウザったいですよ?」
「朝から絶好調に失礼だな、お前。
……いやぁ、一晩考えてやっぱりお前にシティーの専属執事になってもらいたいなって思ってな、もう一度頼みに来た」
「またその話ですか。
昨日も言いましたが、嫌ですよ、絶対。
私は今の仕事で満足しているんです。それに、主様の遺言を果たすなら、お嬢様よりも貴方の専属執事である方が都合がいいんです。」
「……そこをなんとか、ちょちょっと☆」
ムカつく言い方しやがって。
「ちょちょっと☆じゃあありませんよ!私はやりませんからね!?」
「でもぉ……」
「でももヘチマもありません!」
全く……
諦めたのかと思ったら、食い下がってきやがった。
しばらく無言で向かい合う。
カチャ、とティーカップを置く音がし、ご当主様の方をむくと、思っていたより真剣な顔をしていた。
「…分かった。だが、話だけでも聞いてくれ。」
ご当主様の雰囲気が変わったので、こちらも居住まいを正す。
「お前も気付いているだろうが最近、シティーは変わった。恐らく、高熱を出した日からだろう。
以前は、少し我儘なところも見受けられた。
正直、殿下の気持ちも分からないでもないのだ。シティーは正直、王妃という柄ではなかった。」
ご当主様はかなりオブラートに包んで話しているが要約すると、前のお嬢様は我儘放題過ぎて嫌われても仕方がないという事だろう。わかる。
「しかし、あの日以降シティーは大人しく慎ましやかな令嬢になった。父としては嬉しいことだ。
でも、何が悪いものにでも取り憑かれたのでは無いか、と不安にもなる。
俺はそれがどうしても恐ろしいんだ。
もし、シティーが何かに取り憑かれていて苦しんでいるのなら?
シティーがシティーでなくなっていたら?
俺は、シティーに何もしてあげられないのか?」
「……それは、」
「分かっている。お前をシティーに付けたいと言うのは俺のわがままだ。だが、お前なら何とかできるだろう?」
正直、ご当主様がここまでの不安を抱えているとは気づけなかった。
確かにお嬢様は大人しくなったが、不気味なだけでそこまで気にはしていなかった。
ご当主様は親バカだが、馬鹿ではないのだ。
「お前が曽祖父の遺言を何より大切にしているのは分かっている。だが、これが俺の幸せになるんだ。どうか、頼まれてはくれないか?」
それを言われると、頷かない訳にはいかないじゃないか。
「……はぁ、分かりました。では今週末までにお嬢様に話を通しておいてくださいね」
「!!本当か!
ありがとう、迷惑をかけるだろうがシティーを、よろしく頼む。」
本当に気乗りしないし、やりたくないが仕方がない。
「そうと決まればさっさと仕事を片付けなければいけません。どうせ貴方も溜めているのでしょう?
さっさと部屋にお戻りください!」
「あっ、ああ、分かった」
ご当主様が慌ただしく部屋を出ていく……あ。
「ご当主様、貴方私がお嬢様の専属執事になったら平日の昼間、仕事大丈夫なんですか?」
ピタッ。
ご当主様が出来の悪いゴーレムの様な動きでこちらを向く。
「……帰ってきたら、手伝って?」
……
「手伝って?じゃないですよ!!!!」