再び婚約する必要はありません。貴方には愛の欠片もないのですから。
今日は王立学園の卒業パーティ。
アメーリア・フェリド公爵令嬢は、幸せに包まれていた。エスコートするのは婚約者のリーク・ユリー公爵令息。
銀の髪を結い上げ、白のドレスのアメーリアを、美しいと褒めてくれるリークに、アメーリアは頬を染めて、リークを見上げた。
黒髪碧眼の美しく背の高いリーク。
そこへ、国王陛下が、エルド第二王子殿下と共に入場し、そして声高々に発表したのだ。
「アメーリア・フェリド公爵令嬢。そなたはエルド第二王子と婚姻することをここに命じる」
アメーリアは驚いた。
慌てて、国王陛下の前へリークと共に、進み出る。
「恐れながら、国王陛下。事の次第をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「許可する」
「わたくしはリーク・ユリー公爵令息と結婚することが決まっております。父、フェリド公爵は存じているのでしょうか?」
「王命である。これから公爵には話を通す。否とは言えないだろう。エルドは婿入り先のミフェル公爵家との婚姻が無くなった。ミフェル公爵令嬢フェリシアが、不貞を犯したのだ。だから、ここに我が息子エルド第二王子と、アメーリア・フェリド公爵令嬢との結婚を命じる」
アメーリアはかろうじて、その場に立っていた。
エルド第二王子は、尊大な態度でアメーリアに向かって、
「私のような王国の太陽と結婚出来るのだ。有難く思え」
アメーリアは何とかカーテシーをし、頭を下げた。
だが、国王陛下とエルド第二王子が卒業パーティ会場を後にした時に、その場に崩れ落ちる。
周りの卒業生たちが、心配そうにアメーリアに駆け寄った。
傍にいたリークがアメーリアを支え、その腕に抱えて、
「休憩室に連れて行く。さぁ、アメーリア。行こう」
リークに抱えられて移動し、休憩室のソファに降ろされて。横になるアメーリア。
リークがアメーリアの手を握り締めて、
「我が公爵家からも抗議する。だからアメーリア」
「王命ですわ。お父様はこの結婚を承知するでしょう。わたくしは従わなくてはなりません」
あまりにも悲しかった。
フェリド公爵家にリークが婿に来るはずだった。
だが、エルド第二王子が婿に来る方が、王族と繋がる事が出来て、父は喜ぶであろう。
王家の命は絶対である。
リークは3年前に婚約者になった。
優秀で、フェリド公爵家に婿に来るのにふさわしいだろうと、アメーリアの婿に選ばれた。
名門公爵家同士の婚姻を互いの家が望んだというのもある。
リークはとても誠実で優しくて、アメーリアはリークの事が大好きになったのだ。
リークは色々な所へ連れて行ってくれた。
馬にも乗せてくれて、風を切って草原を走る馬。とても気持ちよくて。幸せで。
王都で沢山デートをした。一緒にカフェや王立図書館にも出かけた。
露店で珍しい食べ物を食べたり、古道具屋で古道具を見たり。
本当に沢山の思い出を作って来たのだ。
それなのに……いきなりのエルド第二王子との結婚命令。
エルド第二王子の婚約者だったフェリシア・ミフェル公爵令嬢の事なら知っている。
彼女とは王立学園で親しくしていた親友である。
フェリシアは悩んでいて。
「ここだけの話よ。アメーリア。わたくしはエルド様と結婚したくない。だってエルド様はわたくしの事を下に見ていて、酷い方で。会うたびに辛くて辛くて」
王立学園でも、エルド第二王子は、評判が悪かった。
粗暴で、威張り散らしていて。
「フェリシア。お前の所へ婿入りしてやるんだ。私のような高貴な血筋が。感謝するんだな」
事ある毎に、フェリシアにそう言って、フェリシアを奴隷のように扱っている姿をアメーリアは良く見かけたのだ。
フェリシアが不貞を犯した?耐えきれずに誰かに頼って逃げた?
しかし、フェリシアは逃げずに、王都のミフェル公爵家にいると聞いて、アメーリアは会いに行くことにした。
フェリシアに会いたいと言えば、部屋に通してくれて。
やつれて寝込んでいたフェリシア。ベッドで身を起こしてアメーリアに会ってくれた。
「貴方には申し訳なかったわ。わたくし、身体を壊してしまって。そうしたらあの第二王子がお前が不貞した事にして婚約を無かったことにしようって。不貞をしていたのはエルド様よ。貴族の令嬢達や未亡人と、不貞を重ねているわ。わたくし、調べたの。アメーリア、わたくしね。考えたの。ガティア王女様に訴えてみない?」
「ガティア様に?」
「ええ、何もしないでいるよりは、いいとわたくし、思うの。このまま結婚していいの?」
絶対に嫌だった。
あの粗暴なエルド第二王子と結婚するのは。
だから、フェリシアに勧められるがまま、ガティア王女に相談してみる事にした。
ガティア王女は王立図書館の館長を務めている。王立図書館に行き、ガティア王女に面会を求めれば、ガティア王女が会ってくれるとの事。客室へ通されて、ソファで待っていれば、ガティア王女が出て来て、ソファの対面に腰をかける。
美人だが、茶の髪のきつい顔立ちの王女だ。
「災難だったわね。わたくし、聞きましたのよ。エルドと結婚ですって?まったく父上もいくらエルドが可愛いからって。エルドは父上が愛した側妃の忘れ形見ですものねぇ」
ガティア王女とブルド王太子殿下は王妃の子である。
エルド第二王子は側妃の子で、その側妃を国王陛下は溺愛していたが、病で数年前に亡くしていた。
だから、側妃の面影があるエルド第二王子を甘やかして。エルド第二王子は尊大で粗暴な性格になってしまった。
ガティア王女は、25歳。
王立図書館の女館長である。
他国に嫁ぐ事をヨシとしないで、この王国の文化の為に命を捧げると、そのためには誰とも結婚しないと豪語した力強い王女であった。
曲がったことが大嫌いな性格で有名で、ガティア王女の評判はブルド王太子殿下の評判と共に世間から優秀な王族として人気があった。
ガティア王女は眉を顰めて、
「わたくしを頼ったって訳ね。まったく、貴族の婚約を壊しておいて、なんて自分勝手な。
わたくしがついているわ。共に抗議致しましょう」
ガティア王女は明後日の夜会の時に、アメーリアと共に抗議してくれると約束してくれた。
その話をフェリシアにすると、病の身を押して協力したいと申し出てくれた。
何とかエルド第二王子殿下との結婚を回避したい。
そんな中、リークが屋敷に訪ねて来て、驚くべき事を言ったのだ。
「王家に抗議なんてしない方がいい」
「え?ユリー公爵家は抗議して下さったのではなかったの?王命とはいえ、わたくしとの結婚を壊されたのよ」
「国王陛下に逆らえるはずはないだろう。それが父の方針だ。とても残念だが、所詮は私と君は政略。諦めるしかないだろう。従って君との婚約は白紙になる」
悲しかった。今まで共に過ごして来た時間はなんだったの?
わたくしは政略とはいえ、とても幸せだったのよ。それなのに。
「政略とはいえ、婚約者の機嫌を取るのは紳士として当然の事だ。だから君との交流を深めて、機嫌を取った」
「待って。わたくしガティア王女様に頼んで、フェリシア・ミフェル公爵令嬢と一緒に抗議する事にしたの。わたくしとエルド第二王子殿下の結婚について。だから、わたくし達は結婚出来るかもしれないのよ」
「王命だろう?何故、国王陛下に逆らう。我がユリー公爵家の立場を危うくする気か?君の父上も抗議をヨシとしないだろう。諦めてエルド第二王子殿下と結婚したらどうだ?」
こんな冷たい人だったなんて。ああ、でもこれが貴族。貴族と言うものだわ。大事にしなければならないのは家。わたくしも我がフェリド公爵家の為ならば、黙ってこのまま王命に従わなくてはならないのだけれども。わたくしは嫌。自分の人生を諦めたくない。
「解りましたわ。ユリー公爵令息。わたくし達の婚約は白紙になるのです。改めて結婚する事はもうないはず。わたくしが間違っておりました。失礼致しますわ」
カーテシーをし、リークの傍から離れる。
好きだった人。でも、貴族に生まれたからには仕方がない別れ。
涙が零れる。アメーリアは手を握り締めて、その悲しみを耐え忍ぶのであった。
数日後の王宮の夜会で、国王陛下と王妃、エルド第二王子殿下がいる前で、アメーリアはガティア王女とフェリシアと共に進み出て、まずガティア王女が訴える。
「わたくし達は女性の権利を主張致します。父上。勝手な父上の命で、決まっていた婚約を解消させ、無理やりエルドと、アメーリア・フェルド公爵令嬢と結婚させる事、横暴と見て反対致しますわ」
アメーリアも進み出て、
「わたくしは、エルド第二王子殿下と結婚したくありません。どうかお考え直しを」
具合の悪いのに、駆けつけてくれたフェリシア。
フェリシアも叫ぶ。
「わたくしは、エルド様に罵られ、時には蹴られて、酷い目に遭って参りました。わたくしは不貞をした覚えはないのに、病に倒れたから、不貞の冤罪をかけられ、婚約破棄させられましたわ。不貞をしていたのはエルド様。エルド様ですのに」
王妃がぎろりと国王陛下とエルド第二王子を睨みつけて、
「貴方っ。どういう事ですの?決まっていた結婚に割り込んだですって?エルドが不貞をしていた?婚約者に暴力や暴言を?」
エルド第二王子が叫ぶ。
「私は偉いんだ。私は王族なのだから、女達は私の奴隷だ。当然だろう」
国王は王妃に向かって、
「可愛いエルドが幸せになる為に、婿入り先をだな」
王妃はエルドの頬をペシペシと扇の先で叩きながら、
「我が王族の恥さらしだわ。こんなのがいたら、王家が滅びてしまう。廃籍しましょう。子が出来ないようにちょん切って、市井に放り出しましょう」
エルド第二王子は国王陛下に縋りつく。
「父上は私を愛しているはずだ。私が野垂れ死ぬのを見て居られるはずないでしょう」
「ああ、可哀そうなエルド。当然だろう」
ブルド王太子がいつの間にか王妃の傍に来て、
「国王陛下は病にかかった。離宮で静養せねばならん。近衛兵。お連れしろ」
「「「はっ」」」
「ちょっと待った。わしは国王―――国王じゃぞっーー」
エルド第二王子も近衛兵に担がれて、
「何をするっーー私は王族っ。不敬だっーーー」
二人は近衛兵によって会場から連れ出された。
ブルド王太子は王妃や、ガティア王女に向かって、
「父上は病にかかりました。私が即位しなければなりませんね」
王妃は頷いて、
「ブルド。国王陛下の病は重い。直に亡くなるでしょう。政務を見るのはもう無理ね。即位の準備を致しましょう」
ガティア王女も、
「本当に。忙しくなるわね」
アメーリアとフェリシアは、カーテシーをし、
「有難うございます。王妃様、王太子殿下。ガティア王女様」
「本当に感謝致します」
王妃はフェリシアに、
「慰謝料を改めて支払いましょう。フェリシア。アメーリア、貴方にも迷惑料を支払うわ」
再びカーテシーをし、王妃様に感謝した。
父フェリド公爵は、事の次第を王家から報告を受けていて、顔を会わせるなり、開口一番に、
「せっかく王族と縁が出来る結婚だったというのに。仕方ない。白紙にしたユリー公爵家から再び婚約の打診を受けている。婚約を結び直し、来年、結婚することとなった。これは決定事項だ。いいな」
嬉しいはずなのに、嬉しくない。
リークの本音を聞いてしまったから。
あの人はわたくしの事を愛していた訳ではなかった。
ただ、婚約者だから、機嫌を取って、共に過ごして。
あの人にわたくしを愛する心はなかったんだわ。
アメーリアはある決意を固めた。
「アメーリア。貴方が手伝ってくれて助かるわ。フェリシアも。でも、貴方達いいの?両公爵家から苦情が来たけれども、本人たちの望みだからと、わたくしが貴方達の面倒を見る事になったの。それは構わないのだけれども、このままでは、貴族としての良い結婚は望めなくなるわ」
ガティア王女の王立図書館の手伝いをアメーリアはすることとなった。フェリシアも同じことを考えていたみたいで、二人そろった時に手を取り合って、微笑んだ。
フェリシアとは元々親しかったが、更に良い友達になれそうである。
公爵家を出て来てしまった。
もう、公爵令嬢でなくなる。身分的には平民と同様だ。
しかし、ここにはガティア王女の庇護がある。
王立図書館で働けば、衣食住面倒を見てくれるのだ。
国王陛下が病で亡くなった。エルド第二王子は廃籍されて、子が出来ないように処置されて市井に放り出されたそうだ。
世間はブルド王太子の即位の話題で持ちきりである。
彼は優秀な王太子。国王になったらこの王国は発展するだろう。
アメーリアがフェリシアと共に王立図書館で働いて、一月位過ぎた頃、元婚約者のリークが訪ねてきた。
「あまりにも酷いのではないか?再び結ぶはずの、私との婚約を断って。私の婿入りの話は無くなった。考え直してくれないか?」
アメーリアは本を整理しながら、
「わたくしがエルド第二王子殿下と結婚したならば、貴方とは結婚出来なかったわけですから。状況としては変わりませんわね」
「君は私の事を愛しているのだろう?」
「わたくしと貴方は政略で、貴方はわたくしの機嫌を取っていただけだとおっしゃいましたわ。愛していると感じたなら、わたくしも貴方の機嫌を取る為だけに、交流してきたのがそう見えていたのかもしれませんね。だから、再び婚約する必要はありません。貴方には愛の欠片もないのですから」
リークはがっくりと肩を落として、王立図書館を出ていった。
フェリシアが声をかけてくる。
「いいの?貴方、愛しているのでしょう?ユリー公爵令息を」
「わたくしの機嫌を取る為に、愛しているふりをしていた方なんて、こちらから願い下げですわ。それにわたくしはもう公爵令嬢ではないの。この図書館で仕事をしている方が幸せ。わたくしは自由なのですわ。それは貴方も一緒でしょう?」
「そうね。わずらわしい男に悩まされないだけ、幸せだわ」
二人は顔を見合わせて微笑んで、図書の整理を続けるのであった。
そんな二人だったが、王宮で働く誠実な文官達とガティア王女の紹介で親しくなり、彼らは男爵家の令息だったが、とても誠実でよい人柄で。アメーリアとフェリシアはそれぞれ似たような時期に結婚した。
アメーリアの夫は、事ある毎にアメーリアに愛していると言ってくれる。
アメーリアはそんな夫に何度も尋ねてしまうのだ。
「本当に愛しているの?わたくしの機嫌を取る為だけに言っているのではないの?」
夫は微笑んで、
「そりゃ機嫌は取らないと。愛するアメーリアには僕の事を愛して欲しいからね。だからそんなに不安にならないで。でもね。不安なら何度でも聞いてくれていいよ。僕だって何度でも愛しているって、君に信じて貰えるまで愛しているって言うから」
そう言って抱き締めてくれた。
アメーリアは幸せだ。フェリシアも夫婦仲が良くて幸せそうだ。
フェリド公爵家から除籍したアメーリアにはもう関係ないことだが、公爵家は従兄が継ぐことになったそうだ。
顔見知りだった従兄がアメーリアに挨拶に王立図書館に来たので、話を聞いた。
「そういえば、アメーリアの元婚約者のユリー公爵令息。婿入り先を探していたみたいだが、なんか心身を鍛えたいと、騎士団入りしたらしいぞ。何でも辺境にある騎士団とか」
「まぁ、わたくしにはもう関係ない人ですわ。あの人が騎士団ね。確かに、馬の扱いも上手だったし、ふさわしいのかもしれませんわね」
従兄とちょっと世間話をして、彼は帰って行った。
リークの事をちょっと懐かしく感じたが、今が幸せなので、すぐに忘れた。
今日も仕事をする。
ガティア図書館長の元、図書を整理して、借りに来る人に貸し出して。
フェリシアと仕事をしながら、惚れ気を言い合って。
家に戻れば、愛する人が抱き締めてくれる。
毎日が幸せで幸せで。
もうすぐ夏が終わる。
空を見上げれば白い入道雲。
大きく伸びをして、今日も仕事に励むわっーーと、張り切るアメーリアであった。




