第6話 勇者は怪物と相対す
僕の魔力容量は王国騎士を遥かに凌駕した大きさに違いない。
魔力知覚について希望の光を見出した僕は、ルンルン気分で任務地に足を運んだ。
とは言っても、僕は目的地であるダンジョンが街中にあることくらいしか知らない。
なので、正確には”王国騎士が馬車で僕を目的地まで運んでくれた”が正しい表現だろう。
ついでに、僕を案内してくれた王国騎士はダンジョンに入る前にこんなアドバイスをしてくれた。
「このダンジョンは今も成長を続けており、内部構造は肥大し続けています。見た目通りの大きさではありませんので、道に迷わぬよう目印をつけながら奥へ進むことをお勧めします」
僕は懇切丁寧な王国騎士に敬礼をして、旧研究施設のダンジョンの中に入った。
ダンジョンに入る時、後ろで首を傾げていた王国騎士には気づかない振りをした。
どうやらこの世界で敬礼は使われていないらしい。
そして中に入ってすぐに気づく。
確かに王国騎士の言う通りだ。
内部構造と外観がまるで一致しない。
まず外観はコンクリートで固められていたにも関わらず、内部は石造りに変わっている。
そして何よりも……外観からは想像もつかないほどに内部は非常に広大だった。
どこまでも続く長い廊下が四方八方に広がり、部屋もそれらの廊下沿いに均一に配置されている。
部屋の扉をいくつか開けてみたが、構造はどれも同じく、石造りで一辺およそ二十メートル程度の正方形の間取りだった。
強いて特徴を挙げるとすれば、部屋の大きさが人族が住むにしては大きく、研究施設としては無機質すぎることくらいだ。
研究施設らしからぬ内観はダンジョンに変質したが故の変化だろう。
なればこそ、ダンジョンとしては優秀だ。
何故なら同じ構造の内観は自分の現在地点を把握することが困難だからだ。
「さながら迷宮だな……とりあえず助言通り、開けた部屋の扉にマークを付けながら、部屋の中を全部確認してみるか」
僕は王国騎士の言葉に従い、目印をつけながら奥へ奥へと進んでいった。
改めて任務内容を整理しよう。
僕の任務はダンジョン化した研究施設を正常に戻すこととダンジョンボスを討伐すること。
この二つだ。
要はダンジョンボスを討伐して、その証明としてボスの首を持ち帰ればよい。
ダンジョンボスを殺せば、魔素が薄れてダンジョンは消失するのだから、時間が経てばもとの研究施設に戻るだろう。
その為、任務を終わらせる為にはダンジョンボスを見つけることが必要不可欠なのだが――。
「……全然見つからん」
――探せども、探せども、ダンジョンボスが出てくる気配はなかった。
否、ダンジョンボスだけではない。
他のダンジョンではたくさん遭遇した魔獣も魔人も全く出てこなかった。
「……これは一体どういうことなのか」
ない知識を振り絞っても結論が出てくるわけではなく。
僕にできることは奥へ奥へと進むことだけだった。
「行動あるのみだよなぁ」
終わりのない足を動かすだけの退屈な作業に思わずため息を吐く。
魔力が知覚できていれば、この任務を簡単に攻略する別の方法があったのかもしれない。
後ろ向きな思考が頭を過ぎりながら、次の部屋の扉を開けた瞬間……岩に頭をぶつけた。
「痛っ!!」
全く何事だよ、と鼻を摩りながら岩に手を触れてみると、何やら胎動しているように感じる。
「いやいや、まさかそんなはずは……」
ははは、と空笑いする僕を他所に、大岩は土煙を巻き上げながら揺れ動く。
僕がぶつかった岩は轟音を立てながら、上へ、上へと上昇していき、それが怪物の背中であったことを僕は理解した。
全長五メートルは超えるであろう淡緑色の怪物。
その巨体が僕の方へ振り向く。
後ろの扉がひとりでに閉まる。
同時に、牛頭人身の巨体が咆哮する。
空気が震え、壁石に亀裂が奔る。
何の合図も、予兆もなく、怪物が右手に持つ巨大な戦斧が振り上げられて、天井に達しそうになったその時に僕に向かって振り下ろされた。
風を切り裂き、猛速で迫り来る死の権化。
おいおい、死んだわ、僕……っとそんなことを言っている場合ではない。
「――ぃいやぁああああああああッ!!」
僕は戦斧の餌食にならぬよう必死に横に逸れた。
そして、怪物が戦斧を再び振りかぶる前に、僕は腰の剣を引き抜き構えた。
王国騎士の中で二番目に強くなったと言えど、それは所詮人族レベルの話だ。
第一、魔力を使えるのと使えないのとでは非常に大きな力の差がある。
何故なら魔力はその性質上、『破壊』することに特化している。
鉄の剣同士で打ち合っても魔力を込めれば、もう一方の剣はいとも容易く叩き折られる。
その為、魔力を使える者と仕合をする際は、一撃も受けることを許されない。
一撃必殺のそれを躱して、躱して、躱して、次の攻撃に繋げるしか勝ちの目はない。
人族相手であれば、同じ体躯、同じ身体能力の者同士。
一撃も攻撃を受けずに相手を倒すことなど造作もないことだったが――。
「グォおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
――これは次元が違い過ぎる。
一撃の威力が、攻撃範囲が、速度が、何もかもが違い過ぎる。
魔力を知覚できない僕にも、この『破壊』が魔力によるものだと理解できる。
無風だったはずの室内に暴風が吹き荒れている。
大地が鳴動し、視界が定まらない。
僕は暴風雨のような攻撃の数々を搔い潜りながら、剣撃を何度も浴びせているが、筋肉の塊に傷を負わせることなどできなかった。
相手の一撃は僕にとっての必殺。
掠っただけでも致命傷。
かたや僕の攻撃は相手に全く効かない。
「こんなクソゲー聞いたことがないぞッ!!」
この上なく理不尽な状況に、思わず毒を吐く。
超速、猛威、広範囲で死が迫ってくる。
死と隣り合わせの感覚を如実に感じ取る。
一瞬でも判断を見誤れば、それが死に至る。
これは戦いではない……蹂躙だ。
「くっそぉおおおおおおお――ッ!!」
怪物の攻撃に技巧はなく、手に握る武器を振り回しているだけなのに隙がない。
子供がおもちゃを振り回すように、ただただ無造作に戦斧を叩きつける。
たったそれだけなのに、僕は攻勢に出ることが叶わない。
大きくて速い。
それだけで技巧など無意味になるのだと理解する。
避けることしかできない僕に勝ち目などなく、刻一刻と死が身近に迫っていた。
予断は許されない。
一刻も早く勝つ方法を見つけなければ……。
余分な思考が僕に現実を突きつける。
怪物の戦斧を躱し、宙に浮いていた僕に神速の鉄拳が飛んできた。
「ガッ……」
声にもならぬ悶絶を上げて、僕の肉体は一直線に壁へ叩きつけられる。
鮮血が舞い散る。
口から漏れ出た血反吐が地面に戦の跡を刻んでいく。
傍から見ても致命傷を負った僕に猛追してくる牛頭の猛獣。
「これは……まずいな……」
血を混じえながら、吐き出される言葉。
牛頭の持つ戦斧が僕の心臓に狙いを定めたその時、僕は視界が現実から遠のいていくのを感じ取った。