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忘却の勇者  作者: 蒼崎シキ
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第2話 勇者はこの世界が本当にゲームなのかと疑問を抱く

「承知しました。その大任、謹んでお受けします」


とりあえず適当にあしらったけど、スパイの捕縛をする気は僕には一切なかった。

だって、僕は危ないことが嫌いだし、ラブアンドピースが大好きだ。


「そうか。引き受けてくれて良かったよ。ならば、部屋を貸し与えよう。君はこれからこの城に居住し、一刻も早くこの世界に慣れるように努めるのだ。そして最後に――君はこれまでの名前を捨てて、今後はフィフスと名乗れ」

「はっ、女王陛下の御心のままに」


下がれ、と言われたので玉座の間を後にする。

女王様から『フィフス』という名前を頂いた僕は、許可がおりるまで王城の外に出るなとの指示を受けたので、それに従おうと思う。

俗に言う”別命あるまで王城にて待機”という奴だ。

これはつまりゲームのチュートリアルだろう。

なら僕は心ゆくまでチュートリアルという名のニート期間を楽しむだけだ。

だって今の僕は王城での居住という最高級の環境を与えられたヒモ男のようなものだ。

こんな環境を与えられて、逆うという考えなど浮かばない。

僕はステップを刻みながら、ルンルン気分で王城の散策に出かけた。

王城の外観は欧州風だったのに、内観は現代の日本を感じさせる部分もある。

例えば、お風呂場、トイレ、居室、ベッド、部屋の内装から家具類に至るまで、欧州をベースに日本の良いところが取り込まれている感じだ。

聞くところによると、これらは全て転生者から教えてもらった知見や技巧らしい。

転生者の中には僕と同じ西暦二千年代からこの世界に来ている者たちもいる設定ということか。

なるほどね、一般的なロールプレイングゲームと言えば、中世ヨーロッパが舞台だ。

そこへ仮に現代の技術が導入されていようものならアンチから誹謗中傷の雨嵐だろう。

対して、このゲームは中世ヨーロッパが舞台であるものの、現代から転生者がたくさん送り込まれている設定の為、彼らの知識が至る所で利用されている。

だとすれば、中世ヨーロッパの世界観に現代の技術が導入されていても矛盾は生じない。


「そのあたりに関しては、設定がよく練られているじゃないか」


料理も焼いた巨大肉を大皿にどーんと乗せただけのものが運ばれてくるのではなく、現代の日本料理らしく繊細な味付けと馴染みのある見た目で満足したし、お風呂や洗面所も非常に清潔だし、ベッドも一日中寝ていられるくらい寝心地が良かった。

正直ずっとこの城でニートをしていたいくらいだ。


「さて、次にするべきは情報収集かな?」


王城で一日過ごした僕はゲームらしくチュートリアルを進めてみようと決意する。

ここがゲームの世界ならばNPCはゲームシナリオに沿ったレスポンスを返してくれるはずだ。

そうと決まれば即行動。

日本には"思い立ったが吉日"ということわざがあるくらいだし。

しかし、話しかけるにも切り口はどのようにしたら良いのだろうか。

ゲームだとこういう場合はコマンドが出てきて"話しかける"みたいなやつを選択できるはずだけど、今のところ選択コマンドは出てきていない。

ゲームの修正箇所を早くも見つけてしまった気分だ。

とりあえず、物は試しで使用人の肩でも叩いてみようかな。

そう考えて僕は近くにいたメイドさんの肩を叩いてみた。


「――あの何か?」


――ん?

おかしいな、期待していた反応と違う。

肩を叩いたメイドさんから返ってきた反応は、NPCらしからぬ反応だった。

通常のNPCであれば、ゲームシナリオを進める為のアドバイスをくれる場面じゃないのか?

ああ、なるほど……この人はこういう反応しかできないように設計されているのか……次だ!!

僕は未だに首をかしげるメイドさんを無言で置き去りにして、その場を立ち去った。

―。

――。

―――。

次はメイドさんじゃなくて執事さんにしてみようかな。

メイドさんは下っ端過ぎてゲームシナリオの情報を持っていなかっただけに違いない。

僕は執事さんを見つけると再び肩を叩いた。


「――あの何か?」


――あれ?

おかしいな、メイドさんと同じ反応だ。

仕方ない、ここは粘ってみるか。


「急にすみません。あの情報とか持ってたりしませんか?」

「情報?」

「はい。私がこの城でするべきこととか、そういったことを知りたいのですが……」

「そういうことでしたら、女王陛下の側近か騎士の方に伺ってみてはどうでしょうか。私には転生者様方の情報が伝わっておりませんので、おそらくあなた様のお世話は騎士の管轄かと存じます」

「……ありがとうございます」


くそっ、またしても外れだったか。

女王様の側近なんてモブの顔は覚えていないから、適当に鎧を着ている人に聞いてみるか。

僕は急ぎ足で騎士の探索に出かけて、それっぽい人を見つけたと同時に呼び止めた。


「あの、すみません!!」

「――なんだ、大声を出して」


鬱陶しそうに返答する鎧武者に構わず、僕は問いを投げる。


「私がこの城でするべきことを教えてください」

「……するべきこと?」


鎧武者は考え込むように一拍置いてから――。


「今はない。女王陛下からの指示があるまで待機してろ」


――投げやりに言葉を返した。

ってことは何か……今は時間が過ぎ去るのを待つしかないと、そういうことか。

時間経過でゲームシナリオが進むパターンだな。

渋々としかし、うんうんと納得する僕を他所に、鎧武者はその場を離れていった。

しかし参ったな、ゲームシナリオが進行するまでどうやって時間を潰そうか……。

しばらく悩んでいた僕に妙案が閃く。

じゃあ次はあれだ。

ロールプレイングゲームらしく樽を壊したり、箪笥の中を漁って、役に立つ道具を散策してみよう。

即断即決。

善は急げ、と言わんばかりに僕は目についた樽を壊したり、箪笥を漁ったりした。

それは居室であり、食糧庫であり、キッチンであり、大広間であり……ありとあらゆる場所を物色して――。


「……」

「……」


――今は玉座の間にいた。


「貴様、何故我が居城を荒らし回る?」


両手を後ろで縛り、跪かせた僕に、女王様が落ち着いた声音で問う。

実は樽や箪笥の中身を物色している最中に、メイドさんから通報されて女王様の側近に捕まってしまったのだ。


「いやぁ……なんででしょうね」

「……そうか」


ははは、と渇いた笑みを浮かべる僕に反して、女王様はこめかみをピクピクと痙攣させながらこう告げる。


「この世界に慣れてもらう為、数日は貴様を王城で遊ばせようと思っていたのだがな……どうやらその必要はないらしい」


あれっ?


「スパイを捕縛する為の力を身に着けさせる為、貴様には今日から騎士の訓練に参加してもらう」


これは本来のチュートリアルが時短されたのかな?

それとも――。


「ああ、騎士の訓練と言っても貴様は特別メニューだ。より厳しい訓練メニューを用意したから覚悟しておけよ」


――ここはゲームの世界などではなく……現実なのか?

そういえば、と僕は昨日今日の出来事を思い出す。

食事をした時に味覚も嗅覚もしっかりとあったし、ゲームの世界で寝て起きてというのも不自然だ。

何よりお手洗いを利用した記憶もある。

もしかするとこの世界はゲームじゃなくて本物なのかもしれない。


「はははは……ははは……」


嫌な可能性に気づいてしまった僕は笑うことしかできなかった。

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