第7話 勇者はチュートリアルが長いことに疑問を抱く
視界が意識の奥底へと沈んでいく。
体の自由が奪われる。
抗えない何かが押し寄せてくる。
手足の感覚は既になく、流れに身を任せる以外に手段がない。
雑音が――脳に響く――。
――思考が――混濁する。
五感が――消失していく――。
――通信が――途絶える。
思考はない。
意識はない。
……何もかも……全てが手の平から零れ落ちた。
―。
――。
―――。
視界が拓ける。
意識が回復していく。
瞬きを繰り返す。
手足の感覚を確認する。
頬を触り、頭を触り、体を触り――自分という存在がこの場にいることを正しく認識する。
何故、自分がこの場にいるのか、状況も正しく理解できる。
自分の理解が及ばないことがあるとすれば、それは一つだけだ。
足元に転がる牛頭。
首から足にかけて真っ二つに切断された新緑の巨体。
何故、こうなったのか。
崩壊寸前の無機質な室内と足元に広がる血の跡。
破壊の跡は記憶のままに、眼前に広がるダンジョンボスの変わり果てた経緯だけが思い出せない。
しかし――。
「……まあ、いいか。ゲームのチュートリアルだし、時間経過で倒せるとかそういうものだったのかな」
――これはゲームなのだから非現実的な現象が起きてもそれは不思議じゃない。
倒せなくてもクリアできるような、なんかそういうシステムだったのだろう。
僕は勝手にうんうんと頷き、戦利品であるダンジョンボスの頭を担いでその場を後にした。
ダンジョンの外に出て、僕はダンジョンボスの頭を王国騎士に渡した。
王国騎士はそれを受け取ると大きな布で丁寧に頭を覆い、すぐさま帰り支度を開始した。
帰路に着き、馬車に揺られながら通り過ぎる城下町を窓越しに眺める。
早くチュートリアルを終わらせて、街中を自由に駆け回ってみたい。
街中の樽を壊したり、人様の家の箪笥の中を漁ったりして貴重なアイテムを入手したい。
色々な人に話しかけて有益な情報を入手したい。
そんな妄想に耽っている内に、あっという間に城に帰還して、僕は真っすぐに女王様の謁見の間に通された。
そこで女王様は労いの言葉とともに褒賞を僕に与えてくれた。
それは『単独での城外への外出を許可すること』だった。
まぐれだろうと何だろうと幻獣を討伐する実力を示した僕にお守りは不要と判断したらしい。
尚、褒賞の説明を受けた際に、苦虫を嚙み潰したような顔をした教官は見なかったことにした。
だって、これは僕の待ち望んでいた展開だ。
見なかったことにするのも仕方のないこと。
臭い物に蓋をする理論に似ているのかもしれない。
女王様との謁見を終えた僕はすぐに出かける準備をした。
せっかく頂いた褒賞だ。
さっそく使わせてもらおうじゃないか。
鉄は熱い内に打てって言うしね。
出かける準備を終えて、小気味の良いステップを刻みながら城内の廊下を縦断する。
待ちに待った瞬間がやってきた。
チュートリアルが終わり、いよいよこれから始まるのだ。
自由度の高いゲームの世界がッ!!
王城を出たらやりたいことがたくさんある。
それらをこれから満足いくまで堪能しようじゃないか。
僕は勢いよく王城の正面玄関を開けて、外界へと飛び出した。
―。
――。
―――。
……で、気づけばここにいたって訳。
煌びやかに彩られた空間と玉座を取り囲む険しい顔の面々。
僕は何故か、女王様の謁見の間に舞い戻っていた。
理由は分からない。
人様の家の玄関をこじ開け、箪笥を漁ったり、樽を破壊して、中に入っていた金銭を頂いてただけなのに。
それだけなのに、屈強な王国騎士複数名に確保されて、嫌がる僕を無理矢理ここに連れてきたのだ。
周りを見渡せば、何故か険しい顔と呆れた顔が並んでいた。
女王様はどちらかと言えば呆れた顔の部類だった。
「貴様、何故ここに連れて来られたのか理由が分からないという顔をしているな」
「はぁ……まぁ……」
「何だとッ、貴様ッ!!あれほどのことをしておきながらッ!!」
とぼけた顔の僕に怒鳴る外野を、女王様は片手で制した。
「貴様の罪状は三つだ」
「……罪状?」
「そうだ。罪状は器物破損、不法侵入と強盗。あと、誰彼構わずに話しかけるのも罪ではないが不審者紛いの行為だ。やめておけ」
「……ふぇ?」
器物破損に不法侵入に強盗が罪で、話しかけるのもダメだって――?
ここはロールプレイングゲームの世界だろう。
勝手に他人の家に入って、勝手に他人の持ち物を破壊して、勝手に他人の金銭を奪うのはゲームの醍醐味じゃないか。
何故、他のゲームで許されている行動がこの世界では許されないんだッ!!
不条理な現実に、僕は激怒した。
「つくづく、貴様という奴は……」
何も理解できておらず逆切れ状態の僕を、女王様が呆れた顔で諭す。
「貴様にはやるべきことが他にあるだろう?」
「……やるべきこと?」
「そうだよ。街中を混沌に陥れる前に外でやるべきことがあったはずだ」
「――ッ!!」
僕は理解した。
ああ、そうだ。
そういえばまだやるべきことがあった。
僕には魔力の知覚というやり残したことがあったのだ。
チュートリアルはまだ終わっていなかったんだ。
だから器物破損とか不法侵入とか強盗とか不審者紛いとか不名誉な罪を着せられたんだ。
なればこそ、一刻も早くチュートリアルを終わらせなければ。
僕はそう決意を新たにしたのだった。
でも、こんなにチュートリアルが長いゲームは珍しい気がするぞ。
ゲームを終了したら、メーカーにクレームの一つでも入れることにしよう。




