第二章 地京雅
第二章 地京雅
こちらの世界に戻ってきて一週間。凶悪な敵に立ち向かうこともなく、身を挺して困っている人々を守ることもない。異世界の頃のような危険に晒される生活は終わりを告げ、代わりに待ち望んだ極々平和な日常の中に僕はいた。
一部を除いて。
「パパ、すっごく似合ってるよ! ねっ、お兄ちゃん」
「そ、そうだな」
姿見に映る僕を見て、春音が目を輝かせ、孝典がぶっきらぼうに応える。
「子供に褒められても全然嬉しくない……」
心の涙が頬を伝う。実際は流れていないのだけど、気持ちだけなら滝のように流したいのだ。
二羽雅則三十八歳。この歳にして再び永国高校の制服を着ることになろうとは……。しかも女子の方を。
丁度衣替えの季節らしく、僕達が着ているのは夏服だ。孝典は白のカッターシャツに黒のズボン。オーソドックスながら衿や胸ポケットに入った青のラインがかっこいい。そして僕と春音は、男子制服同様に袖口と衿と裾に青のラインが入ったブラウスと、青と紺のストライプのネクタイ。スカートは同系色のチェック柄だ。スカート丈が膝上でかなり心許ない。「これ穿けば良いよ!」と渡された太ももまであるソックスもこれまた紺。素足を出すよりマシだが、スカートが心許ないのは変わらない。どうしたらいいんだこれは。
「大丈夫。見えるときはどうやっても見えるから!」
スカートを下へ下へと引っ張る僕を見て、春音が親指を立てて『諦めろ(意訳)』と言う。やっぱりそういうものなのか。
「着替えはこれでいいんですか?」
ネクタイを締め直しながら鏡越しに春音へ視線を送る。
「うん。ちゃんとブラもしてるし、オッケー」
「確認するほど重要ですか……」
拒む僕に無理矢理ブラのつけ方を教えたのは春音だ。いらないという僕に、しないと形が崩れる、服と擦れて痛くなる、透けたとき見えてしまう云々と必要性を熱く説いた。結局僕が根負けして今に至るというわけだ。
「パンツもブラと同じデザインで合わせた? 見えたときにバラバラだと恥ずかしいよ?」
「ちゃんと合わせました」
「ふむ。どれどれ」
春音がスカートを捲り覗き込む。親子で何しているんだろう。ふと素に戻ってしまった。
「こっちもオッケー。これでいつ男子にブラとパンツを見られても大丈夫だねっ」
「僕は男に見られてもまったく気にしませんけど」
「ダメだよ! 女の子ならそういうところも気を遣わなくちゃ」
眉をつり上げ、ずいっと顔を近づけてくる。険しい表情で僕を見つめて……と思いきや、一瞬にして表情を崩し、にへらと笑った。
「パパかわいいなあ」
僕を抱きしめ頭を撫でる。最近の春音はずっとこの調子だ。僕が可愛くて仕方がないようだ。追い払うのも面倒なので、したいようにさせている。
最初こそ戸惑っていたものの、この一週間で僕の姿に慣れてしまった春音は、すっかりお姉さん風を吹かせていた。姉妹が出来たみたいで嬉しいらしい。何かと世話を焼いてくれるし、ことある毎にスキンシップを取りたがる。
まあ、それも無理からぬことだ。志音がいなくなって早十一年。家族三人となった我が家は男二人に女一人。春音にはずっと同性がいなかったのだから。
対して孝典はというと、いまいちよく分からない。絶賛反抗期中のせいか、態度が以前と変わらないのだ。嫌われてはいないようだけど……うーん。
「春音、落ち着け。そろそろ朝ご飯にしないとバスに乗り遅れるぞ」
「えぇー。うーん。残念」
春音が名残惜しそうに僕から離れた。乱れた髪を直しつつ、もうそんな時間かと時計を見る。なんだまだ結構あるじゃないか。……なるほど。
「春音も部屋に戻って準備してこい。また宿題やったのに持って行くのを忘れたとかないようにな」
「はっ。そうだ。昨日の宿題、まだ最期の締めができてないんだった! ありがとうお兄ちゃん!」
孝典にお礼を言って、すぐさま部屋を出て階段を上っていった。
「宿題はその日のうちに済ませなさいとあれほど言っているのに」
大袈裟に肩を竦めてみせる。
「昨日は明日から親父が学校だとテンション高かったからな。それで途中で放り出したのを忘れてたんじゃねーか?」
「忘れっぽいのは相変わらずですね」
似なくて良いところまで志音そっくりだ。
鞄に必要な物を詰めながら、横目で孝典を見る。
「孝典も、さっきは助かりました」
「な、何がだよ」
「春音の気をそらして僕を助けてくれたじゃないですか」
「は!? そ、そんなこと俺はしてないし」
孝典の目が泳いでいる。嘘が分かりやすい子だ。
よいしょと鞄を持ち上げ扉へと向かう。その途中で孝典の肩をポンポンと叩く。
「ありがとう」
何か言いたそうな孝典を遺し、部屋を出た。
大丈夫。孝典はやっぱり孝典だ。
一週間前のあの日のこと。うちへとやってきたお義母さんは僕を見るや否や黄色い声を発し、今の春音同様過剰なスキンシップを迫ってきた。お義母さんはお義母さんで、孫がもう一人出来たみたいで嬉しかったらしい。
三十分後、ようやくお義母さんが落ち着いたのを見計らって、これからのことについて二人で話し合った。
お義母さんから提案があったのは二つ。
一つ目は、元の姿に戻るまでの間は二羽家の親戚、地京雅として生活することだった。僕はこれをすぐ了承した。雅則という名前はどう考えても男の名前だったし、そもそも二羽雅則という名前が春音と孝典の父親の名前であるため、女の子である今の僕が名乗るわけにはいかないのだ。ちなみに地京は僕の旧姓、雅は雅則から取った。
二つ目は、孝典達が通っている永国高校に二年生として通うことだった。これについては全力で拒否した。具体的には「いやいやお義母さん、何を言ってるのか分かりません。僕にまた同じ高校へ通えというのですか? しかも春音の同級生。孝典の後輩として通えと?」と直接的ではないにしろ、言葉の端々でNOと応えたのだが、お義母さんはやんわりと微笑んで、
『雅則さんは最期まで志音を幸せなまま天国へ導いてくれました。その後一人になってからも精一杯孫達のために頑張ってくれました。これからはもう少し、あなた自身のために生きてください』
などと、後光が燦々と降り注ぎそうな素晴らしいことを仰ったので、僕としては頷くしかなかった。
お義母さんはことあるごとに僕に感謝しているが、感謝したいのは僕の方だ。志音が亡くなった当時、これからは僕が子供達の近くにいなくてはと、転勤の多い会社を辞め、家の近くで仕事を探していた僕に「お金は私が用意する。あなたは子供達のことだけ考えていればいい」と、生活の援助を申し出てくれた。他にも子供が熱を出せば夜中でも家に来てくれたし、子供のことで悩みがあれば、どんな小さなことでも相談に乗ってくれた。こうして今日までやってこれたのも、全てお義母さんのおかげなのだ。感謝してもしきれない。
まあ、そんなこんなで、お義母さんの厚意に甘えることになった。いや、厚意なのかどうか微妙だが。なに、僕が元の姿に戻るまでの間だけだ。戻れば元通り。それまでの辛抱だ。
エプロンを付けてキッチンに立つと、昨日の夜に下ごしらえしておいたスープを温め直し、卵を焼き、サラダを盛りつけてテーブルに並べた。朝ご飯はこれで良し。次は……。
「エプロン姿のパパも可愛いなあ」
フライパンを片手に後ろを向けば、テーブルについた春音がにへらと笑ってこっちを見ていた。
「春音。ぼーっとしてないで朝ご飯食べなさい」
「はーい」
間延びした返事をして、春音がテーブルに置いてあった食パンを取り、トースターにセットした。
「パパ、ハムがほしい」
「はいはい」
あらかじめ用意してあったハムをフライパンで焼き、春音のお皿に乗せる。
「まーがっりん、まーがっりん」
どこかで聞いたことのまったくない歌を口ずさみながらトースターから飛び上がった焼き立てのパンにマーガリンを塗る春音。その上にハムと目玉焼きを乗せる。
「ハムエッグパン!」
そのまんまだ。
春音がムシャムシャとパンを食べ始めたところで孝典が遅れてやってきた。パンをトースターにセットして春音の隣に座る。
「孝典はパンに何乗せる?」
「ハム」
「ふっふ。春音のを見て同じのが食べたくなったんだね」
「ちげーよ」
「照れない照れない」
ニシシと春音が笑う。あまり弄りすぎると怒られるからほどほどに。
焼けたハムを孝典のお皿に乗せると、春音と同じように焼けたパンにマーガリンを塗り、ハムと目玉焼きを乗せる。
「ハムエッグパン!」
「ださい」
「がーん」
孝典は正直。いつもの朝の風景に気分を良くしながら最近になってキッチンに用意された踏み台を足元に持ってきてその上に立つ。
「よいしょ」
手を伸ばして高い位置にある棚を開ける。以前なら楽々届いたのに、今は踏み台と背伸びでやっとだ。
「背伸びするパパかわいいっ」
「いいから早く食べなさい」
「はーい。あ、パパは食べないの? パン焼こうか?」
「僕は作りながら食べているので大丈夫です」
「さっすが主夫の鏡っ!」
褒めているのか貶しているのか分からない。
お弁当箱三つと大きな保温箱を取り出し、棚を閉じる。踏み台はそのままに作業続行。実はキッチン自体も踏み台が合った方がピッタリなのだ。キッチンは男の僕の身長に合わせていたから、今の僕では全体的に一回り大きい。
女の子になったからといっても、特段生活上で大きな支障はなかった。長くなった髪は少し時間かけて梳けば良いし、下着や服も着方を覚えればどうってことない。体調も変わらずだ。
ただし唯一、体格の差だけは如何ともし難かった。
それからしばらく静かになる食卓。僕はせっせと手を動かす。
「うーむ。しっかし、こうしてじっくり見てると、パパって美人で可愛いよね。どことなくパパの面影もあるし、きっとパパが女の子だったらこんな感じだったんだよ」
「そうですか?」
「うんっ」
自分を鏡で見ても面影があるところは見つからなかった。しかしいつも僕を傍から見ている春音だ。彼女が言うのなら、きっとそうなんだろう。
「パパってどっちかというとかわいい系でしょ? だからもしパパが女の子だったら凄く可愛くなるんだろうなーとは思ってたんだ。春音の予想的中っ」
自分の親を見て、もし女の子だったら、なんて考えることがあるのだろうか。分からない。とりあえず僕にはなかった。
「これなら学校でも人気者になりそうだね。昔の高校でも女子から人気あったらしいし」
「なっ!? おっと!」
危ない危ない。唐突な爆弾発言にフライパンを落としそうになった。ふう、と一息吐いてから振り向き、春音を睨む。
「……その話、誰から聞きました?」
「おばあちゃんから。何人もの女の子から告白される人気者で、その中からお母さんを選んでくれたことが嬉しかったとか」
お、お義母さん。なんで子供にそういう話をするんですか……っ。しかもさらっとまた僕に感謝するみたいなことを言っているし。単純にあの時は本当に志音しか見えていなかったから、選ぶとかそういうんじゃないんだけど。
「それはおばあちゃんが誇張しすぎなだけです。何人もじゃなくて二、三人です」
「三人も同時に告白されたの!? パパ凄い!」
迷いなく多い方を選ぶのか。
「春音もそれくらいモテてみたいな~。お兄ちゃんもそう思うよね?」
「そうだな」
孝典が興味なさげに相槌を打つ。その反応が不満だったようで、春音は口を尖らせてパンに齧り付いた。
二羽孝典、一七歳。高校三年生にしていまだ浮いた話なし。親としては複雑な心境だ。
ようやく支度が済んだ頃、春音と孝典も朝食を終えたところだった。二人が歯を磨いている間に食器を片付け、エプロンを外し、先に玄関で待つことにする。鞄をたすき掛けにして、お弁当の入った袋を持つ。
「んっ、意外と重い」
三人分のお弁当が入った袋はさすがにずっしりとくる。詰めすぎたというのもあるかもしれない。
「パパ、お待たせー」
春音、次いで孝典が鞄を持って玄関へとやってくる。忘れ物もないようで、時間もちょうどいい。
「それじゃ行きましょうか」
誰もいない家に向かって「行ってきます」と声を重ねる。いつもならここで僕が「行ってらっしゃい」と返すのだけど、今日からは違う。それが可笑しくて、少し笑ってしまった。
玄関の鍵を閉めて家を出ると、僕を挟んで右に春音、左に孝典が並ぶ。横一列。都会だと通行の邪魔になるのだろうけど、ここは田園の広がるザ・田舎。通行人なんてほとんどいないから気楽なもんだ。
学校へは五分ほど歩いたところにある停留所からバスに乗り、揺られることおよそ三十分、永国高校前で下車して徒歩十分。約五十分の道のりだ。
「パパと同じクラスなんだよね? 楽しみだなあ。学校が楽しみだなんて変な気分だけど」
「思っていても親の前でそういうことを言うもんじゃありません」
春音がえへへと笑ってペロッと舌を出す。
「春音。外で親父のことをパパと言うな」
孝典が周りを見渡してから、声のボリュームを下げて言う。
「あっ、そっか。外じゃパパって言っちゃダメなんだよね」
地京雅は孝典と春音の遠い親戚で、両親の海外赴任に伴い二羽家に居候することになった。ということになっている。つまり、対外的には二人の父親ではなく、親戚もしくは友達という関係になる。
「じゃあなんて呼ぼうか。地京さんは堅苦しいからなしとして……やっぱり雅ちゃんかな」
「それでいいと思いますよ。僕も春音のことは春音ちゃんと呼びます」
「えぇー。いつもみたいに春音って呼んでよ。ちゃんを付けられると他人行儀で悲しくなる」
その他人のふりをしようと話しているんだけど……。
「はいはい分かりました。学校出も春音と呼びます」
「うんっ。……で、問題はお兄ちゃんだよね」
春音とともに孝典に視線を向ける。そういえば孝典は僕の一つ上になるんだった。高校生というコミュニティは何かと上下関係が厳しい。下級生が上級生を呼び捨てにするのはよろしくないだろう。
と、なると。
「孝典先輩?」
「ぶっ!?」
孝典が吹き出した。顔を背け、肩を震わせている。親に先輩と呼ばれたのがツボに入ったのだろうか。
「パパがお兄ちゃんのことを孝典先輩だって! ……なんかやらしいね」
どういう思考回路でそうなった。
「孝典でいい。ガキの頃から遊んでたことにすれば別におかしくないだろ」
「なるほど。幼馴染み設定ですか」
「まあ、そうなるな」
「幼馴染みかあ……。なんかやらしいね!」
だからどうしてそうなる。
「では孝典ということで」
孝典が僕を見て頷く。そしてふと、その視線が下がる。
「それ、弁当か?」
孝典が布袋を指差す。
「はい。今までは二人それぞれにお弁当を渡していましたが、今日からは僕も学校です。三人分を一つにして持つことにしました」
「重くないか?」
「少し。誰かさんがよく食べますからね」
茶化すようにそう言ってニヤリと笑う。孝典はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。自覚しているらしい。
ちなみにこの姿になっても、異世界で得た能力は使えちゃったりする。馬鹿力と俊敏さ、頑丈さはほぼそのまま。魔法さえも威力こそ小さいが詠唱可能。規格外っぷりは健在だ。だから能力を使えば、この重いお弁当も綿のように軽く持ち運ぶことが出来るだろう。
ただし、それらの能力を使うつもりはない。この能力は精霊によるところが大きく、精霊の加護が限りなくゼロに近いこちらの世界では、能力を使用することに多大な精神力を必要とする。つまり、能力はあるけど使うとかなりしんどくなるのだ。それに加え、見た目普通の女の子が車を軽々と持ち上げたら他人からどう思われるか。想像に容易い。
しんどい。見られたら人生終了。そして、人は楽を覚えると堕落してしまう。これらの理由により、僕は能力を使うつもりはないのだ。
しばらく歩いて見えてきた停留所には誰もいなかった。通勤時間帯だというのに、だ。便数の少ない田舎の路線はこんなものだ。
吹きさらしのベンチに腰を下ろし、お弁当を横に置く。すぐに春音が隣に座ったが、孝典は立ったままだった。
やがてバスが到着し、乗り込もうとベンチを立ったときだった。隣に置いてあったはずのお弁当がなくなっていた。慌てて探したがすぐに見つけた。お弁当は孝典の手にあった。
先にバスに乗り込んだ孝典は後部座席の窓側に座り、膝の上にお弁当を抱えるようにしておいた。
「お兄ちゃんっていい人なのに素直じゃないよね」
耳元で囁いた春音がクスクスと笑う。我が家の長男の反抗期はとてもマイルドだ。
◇◆◇◆
「久々の学校はどう?」
「疲れました」
三限を終えた後の休み時間。窓際最後尾から三列目という絶好のポジションを得た僕は窓際で日向ぼっこする猫よろしく両手を前に突きだして机にグデーっと寝そべった。隣の席の春音が僕の顔を覗き込む。
「お疲れのようで」
「今ちょうど疲れたと言ったばかりです」
「その原因は?」
「主に春音のせいです」
「デスヨネー」
春音が誤魔化すように笑う。少しは責任を感じているようだ。
それは朝のホームルームの後に起こった。
「地京雅です。よろしくお願いします」
ホームルームで無難に転入の挨拶を済ませた僕は担任に勧められて窓際の席に着いた。右には春音がいて、担任が気を利かせてくれたことが分かった。
「脚は閉じて座ってね。中が見えちゃうから」
と春音からありがた迷惑な助言をもらいつつ、担任の連絡事項に耳を傾ける。来週には水泳の授業が始まるから水着を今週中に購入しておくように、だそうだ。もうそんな時期なのかと感慨に耽る。
突然だった。担任がホームルームの終わりを告げ、教室を出た途端、クラス中と言っても過言ではない男子女子生徒が一斉に僕の周りへと集まってきたのだ。
定番の質問からかなり切り込んだ質問、ちょっと引いてしまうような質問に男子生徒諸君が喜びそうな質問。矢継ぎ早に繰り出されるそれらのいつかに答えていくが、到底処理しきれるはずもなく、無遠慮な態度に少しずつイライラが募っていく。
ちょっと壁に一撃入れようかなと、今思えばかなり危険なことを考えていた矢先、教室に鼓膜を直撃する激しい音が響いた。
一斉に視線が向く。そこにはノートを机に押しつけたまま周りを睨む春音の姿があった。
春音もこんなに怒ることがあるのか。素直に感心している時だった。
「パパを虐めないで!!」
おーい春音さーん。一時間も経たずに決め事放棄はちょっと如何なものかと思いますよー。
その場から全力で走り去りたかった。しかしそれは自ら春音の言葉を肯定してしまうことになる。それだけは絶対にできなかった。
静まる教室。集まる視線。生きた心地がしなかった。春音はいまだことの重大さに気付いていないようで、釣り上げた目のまま、辺りをキョロキョロと見回していた。
何をそんなに怒っているのか知らないが、まずは今の発言を取り消すことが先決だろう。『春音の父親は女子高生の変態だ』なんてことが広まってしまったら、春音自身が困ることになる。……いや別に変態じゃないけど。
よ、よし。こうなったらもうアレしかない。成功するかどうか分からないけど、最高位精神魔法のブレイディスチャージで記憶を――
「へー。珍しいあだ名なのね」
それは誰だったのだろう。群衆の中から聞こえたその言葉は瞬く間に広がっていき、春音のパパ発言は『二羽春音は地京雅のことをパパというあだ名で呼んでいる』と予想外の解釈がなされた。
勝手に話が進み、勝手に納得され、勝手に沈静化していった。春音が激怒したことで質問攻めに合うこともなくなり、結果オーライとなった。
「これで雅ちゃんのことをパパって呼んでも良くなったね。やった!」
「結果だけを見れば、ですけどね。良くなったとは言え、これからも外では一応名前で呼ぶように。知らない人にいちいち説明するのも面倒ですから」
「はーい」
本当に分かっているのだろうか。
「それにしても雅ちゃんの人気は凄かったね。雅ちゃんはかわいいからきっと人気者になると思ったけど、あれは想像以上だったよ」
……雅ちゃん?
「パパのことだよ」
春音が小声で教えてくれた。なるほど。意識して自分のことを雅だと思わないと普通にスルーしてしまいそうだ。
「これだけ人気あるなら、ファンクラブとか親衛隊とかできそうだね」
「なんですかその一般人には縁遠い会員ナンバーでランク分けされそうな営利組織は」
「営利じゃないし縁遠くもないよ? だって春音にもファンクラブはないけど親衛隊って名乗る人が――」
「ちょっと待ってください」
ガシッと春音の両肩を掴む。今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。気のせいであってほしいが。
「春音。今なんて言いました?」
「営利じゃないし縁遠くも――」
「もっと後です」
「親衛隊って名乗る人が春音にもいるよ?」
「それです」
聞き間違えではなかった。なんてことだ。春音に親衛隊という名のストーカーが付きまとっているとは! 春音の父親なのに、今の今までそのことに気がつかないなんて、保護者失格だ。
「ごめんなさい。春音」
「なんで謝るの?」
幸い春音はまだ何もされていないようだ。だが、いつ彼らが牙を剥くか分からない。そのために、これからは僕が春音の近くにいて、彼らから彼女を守ろう。
「えっと、雅ちゃん?」
首を傾げる春音に微笑みかける。
「安心してください。ストーカーからは僕が守ります」
「うん。雅ちゃん。たぶんそれは違うよ?」
転入して正解だった。今ならサラに感謝できるかもしれない。
◇◆◇◆
永国高校では上級生になるに従って教室の階が上がる。特別教室がほぼ別の棟なこともあり、下級生が上級生の階に行くことはほとんどない。
「上履きの色が違うから目立っちゃうの」
だそうで、たしかに行ってみると、なるほど、三年生の青の中に二年生の赤は色的に見てもとても浮いていた。
「おい。今の子見たか?」
「見た見た。赤ってことは二年生か。あんな子ウチにいたっけ?」
実際注目されているし。何を話しているのかまでは聞こえないが、僕を見て話しているのは明白なので、少なくとも僕のことだろう。あまり良い気分ではない。
昼休み。僕は三年生の教室がある第一学舎の四階に来ていた。
転入したばかりの僕が他のクラスの、しかも他学年の教室に来た理由は一つしかない。
「三年D組。ここだ」
目的の教室を見つけ、出入り口から中を覗く。校則で他クラスの生徒は教室に入ることができないのだ。
「あの、すみません」
近くを通りかかった男子生徒に声をかける。
「へっ、お、俺? な、なにかな」
急に声をかけたからか、やけに挙動不審の彼を怪訝に思いつつも話しかける。
「二羽先輩を呼んでほしいのですが、頼めますか?」
「お、おう。ちょっと待ってて」
彼は踵を返し、教室の中へ走って行った。それを目で追いながら、その場で待つ。ここでも何人かと目が合い、まだ注目されていることを知る。
彼が黒髪短髪の男子生徒の背中を叩き、僕の方を指差す。顔を上げたのは二羽孝典。僕の息子だ。
こちらを見た途端に驚いた表情をして立ち上がる孝典。僕はニッコリと笑って手を振った。
「おまっ、孝典! あの子誰だよ!」
「孝典、いつの間に……っ!」
途端に教室で声が上がる。下級生がクラスを訪れることは少ないのだろうか。
孝典は小走りで僕の元へやってきた。
「なっ、なんだよこんなところまで」
「なんだとはなんですか。せっかく呼びに来たというのに。お昼休みなのでお昼ご飯です。一緒に食べましょう」
お弁当の入った袋を持ち上げてみせる。今朝孝典が持ってくれた袋だ。
「は!? 一緒って、俺と春音とおや……雅の三人でか?」
さすが孝典、春音と違ってギリギリのところで踏み止まった。
「もちろんそうです」
家族なんだから、一緒に食べるのが当たり前だ。
「い、いいって俺は。今まで春音とも学校で一緒に食べてことなんてないんだぞ? 俺は教室で友達と食べる。雅は春音と二人で食べろよ」
そう言って孝典が手を伸ばす。そうはいくかとお弁当を背中に隠す。
「そういうことを言うのならお弁当はあげません。お小遣いからお昼代を出して食堂か売店でパンでも買って下さい」
「なっ! そんなんありかよ!」
「お弁当を作ったのは僕です。作った僕が言うのだからありなんです」
親としてどうなんだろうと思ったが、せっかく学校へ来たのだ。家族三人でお昼ご飯が食べたかった。
「おい聞いたか。あの子の手作りだってよ」
「マジかよ。孝典、お前には春音ちゃんがいるってのに……」
「僕っ子美少女の手作り弁当か……羨ましなちくしょう」
「殺してでも奪い取る」
今物騒な言葉が聞こえたような……? 気のせいか。そんな雰囲気じゃないし。ちょっとイライラしてるようだけど。
「それで、どうしますか? お弁当がいらないなら売店か食堂、好きなところへどうぞ。お弁当がほしいなら、僕に付いてきて下さい」
「くっ……分かったよ。付いていく。それでいいんだろ?」
「最初からそう言えばいいんです」
ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。毎日ちゃんと手を抜くことなくご飯を作り続けてきたのだ。餌付けはバッチリだ。
孝典に三人分のお弁当が入った袋を渡す。
「はい。持って下さい」
「俺に持たせていいのか? このまま逃げるかもしれねーぞ?」
「孝典はそういうことができない人だと知ってますから」
そう言って踵を返し、廊下を歩きはじめる。すぐに孝典が追いつき隣に並んだ。その手には袋がある。
「重くないですか?」
「どーってことねーよ」
「さすが男の子。ではそのまま中庭までお願いします」
「おう」
階段を使って一階まで降り、渡り廊下を通り中庭に出る。太陽の光に目を細め、先客達の中から場所取りをお願いしていた春音を探す。
永国高校の目玉とも言える中庭大テラスは盛況だった。
中庭大テラスは、第一学舎及び第二学舎から伸びた渡り廊下の先にある。中庭全域に木材で作られた大小様々な円形の露台を配置し、それらを桟橋で繋いでいる。露台には傘を模した屋根の下に小さな丸いテーブルと椅子があった。
天気さえ良ければ雑談に、勉強に使えそうな場所だなと感心しつつ桟橋を渡っていく。
「雅ちゃーん、お兄ちゃーん。こっちこっち」
ほどなく春音を見つけた。僕達より先に見つけた春音がこちらに両手を大きく振っていた。
「雅ちゃん達遅いっ」
「ごめんなさい」
「大声出すな。迷惑だろ」
テーブルにお互い向かい合うように座る。屋根が良い具合に日よけとなり、吹き抜ける風が木々の葉を揺らし、肌を涼めてくれる。
「こんなものが出来ていたんですね」
昔僕が通っていた頃はただの中庭だった。当時にもあったなら、きっと志音と二人で使っていただろう。ここなら車椅子も通れそうだし。
「お兄ちゃんが入学する前くらいにできたんだっけ?」
「たしかそうだな。体験入学したときは工事中だったから」
「ここだけ異様に新しいもんね」
言いながら春音がペットボトルのお茶を配る。
「理事長が学校の目玉にしてパンフに載せようだかなんだかで、かなり強引に会議を通して作らせたらしいぞ」
「ふーん。それでかなあ。中庭から見える第一と第二学舎は綺麗なのに、第三学舎は汚いままっていうのは」
春音が振り返り、第二学舎の奧に僅かに見える第三学舎へと視線を向ける。たしかに第二学舎同様特別教室と部室で構成された第三学舎だけが改築がまだで古ぼけたまま、僕が知る姿をした唯一の校舎だ。
「アト部の部室が第三学舎だから、早く第三学舎も綺麗にしてほしいんだよね。あそこエアコンの効きが悪くてさー」
エ、エアコンがあるのか……。見た目は同じでも中身は近代化されているようだ。時代の流れを感じる。
軽くショックを受けながら、孝典から受け取った袋からお弁当を取り出す。孝典には二つ、僕と春音には一つ。
「高校三年生育ち盛りお兄ちゃん」
「何かのタイトルみたいに言うな」
「食費が加速するねっ!」
春音が片目を閉じて親指を立てる。
「春音。孝典が気にするから止めなさい。大丈夫ですよ。食費なら僕がちゃんとやりくりしてますから」
「……雅ちゃん。そういうこと言うとむしろお兄ちゃんは気にするんじゃないかな」
言ってから自分でも気付いた。子供にお金云々は言ってはいけない。二人には遠慮はしてほしくないのだから。
「……遠慮したらご飯抜きです」
「無茶苦茶だー」
そんな僕達を無視して一人先にお弁当に手をつける孝典。よし、遠慮はないようだ。
今日のお弁当の中身は、ほうれん草のハム巻き、タコさんウィンナー、ブロッコリーのチーズ焼きとちくわの磯辺揚げだ。全体的に緑色になってしまった。家の近くにある農産物直売所で、ほうれん草とブロッコリーが安かったのだ。主夫の強い味方、農産物直売所。形は悪くても味は同じで安いから重宝している。
「磯辺揚げ! 歯に青のりがついちゃうね!」
春音がニッと歯を見せる。たしかにちょっと青のりが付いている。
「やめておけば良かったですね。春音が竹輪好きだから入れてみたんですけど」
「大丈夫。気にしないからっ」
「気にしろ」
「ちゃんと歯磨きセットあるもん」
「持ってきてんのかよ」
春音はともかく、次からは青のりのような物は使わないように気をつけよう。
「三人揃って外でご飯食べるの久しぶりだね」
春音が楊枝を突き刺したタコさんウィンナーを振りながら言う。一本足がないから囓ったらしい。
「最近遊びに行ったりしてませんからね」
「お兄ちゃんのせいだ」
「部活じゃしょうがねーだろ。お前も俺が部活ないときに限ってサークルで山に登ったり川を下ったりしてるじゃねーか」
「アト部はサークルじゃないよ部だよ。今年ちゃんと部として認められたんだから」
「あの部活の内容でか!? よく認められたな……」
孝典が目を丸くする。それもそうだ。春音が所属するアト部とはアトラクション部と言って、草野球、登山、サイクリング、カヌー、釣り、きのこ狩り、スキー等々、正直ただ好きなことをして遊んでいるだけの部活だ。通常の部活のような明確な目標がないため、去年まで部として認められていなかったのだが、今年の新部長が夏期、冬期で明確な目標を定めて生徒会に部として申請したところ、これが通ったらしい。噂では生徒会長と部長が親友で裏取引が……とかなんとか。
ちなみに孝典は野球部に所属している。たまに休日でも練習するくらいには力をいれているようだが、毎回地区大会初戦敗退が常連の弱小部だ。まあそれが功を奏しているのかいないのか、無理に強くなろうというきらいはなく、練習は楽しいらしい。
「ねっ、今度みんなの予定が空いてる時に、三人で何処か行かない?」
春音はそう言ってタコさんウィンナーを口の中に放り込んだ。
「そうですね。いいですよ」
反対する理由はない。
「やった。じゃあ動物園行きたい!」
「ぶっ!」
孝典がお茶を噴いた。すぐさま席を立ち、孝典のカッターシャツを拭いてやる。前が少し濡れただけだ。
「……ありがとう」
「いえいえ。あ、口が汚れてます」
「こ、これぐらい自分で拭く」
ハンカチを奪い取られた。渋々席に戻り、お昼ご飯を再開する。
「春音。お前なあ、高校生にもなって動物園ってどうなんだよ」
「えー。面白いと思うけどなあ。カピバラとかかわいいよ? ちょっと毛が堅いけど」
前にテレビで温泉に浸かるカピバラを見たことがあるけど、たしかにあれは可愛かった。
「どマイナーなところをついてくるな」
「メジャーどころならクマとか。餌上げると両手振ってかわいいの」
「なんで獰猛な生き物をチョイスするんだよ……もっと大人しくてかわいいのいるだろ。キリンとかパンダとか」
「知ってる? 実はキリンの舌って長くて、顔をベロベロ舐めたり虫を追い払ったりしてるんだよ。鼻もほじるから臭いんだって」
「マジかよ。キリンがかわいいと思えなくなった……」
孝典は覚えているのだろうか。小さい頃に動物園へ行ったとき、そのキリンに顔をベロベロと舐められたことがあるのを。当時の孝典は喜んでいたけど、舌のことを知っていた僕は飼育委員に勧められても近づくことを笑顔で拒否したものだ。
「パンダも人を殴り殺したことあるしねっ」
「ウィンクしながら言うことかよ……」
パンダはクマ科とする説もある。綺麗な薔薇には棘がある、というヤツだ。棘が猛毒すぎるのが玉に瑕。
「そういうお兄ちゃんはどこかいきたいところはないの? ちなみに行くのは決定だからね。春音と雅ちゃんの二人で二票、はい多数決で決まりっ。民主的でしょ?」
「どこが民主的なんだか。で、俺が行きたいところか? 行きたいところねぇ……」
ちゃんと考えている、ということは了承したと考えていいだろう。果たして孝典はどこへ行くつもりなのか。
「……水族館、だな」
「お刺身?」
「観賞な」
鯛のお刺身が食べたく……じゃない。
動物園は隣町だからちょっと遠いけれど、水族館なら町からバス一本乗ったところの海岸にある。最近アシカショーが面白くて来場者数が増えたって聞くし……うん。行ってみるのもいいかもしれない。
「いいね、水族館。春音もサンマの大群を見たい」
「ペンギンとかシロクマとか言えないのかお前は」
「子供のシロクマが腹打ちするのはかわいいよね」
「痛そうだけどな」
春音がクスッと笑う。あの水族館にサンマはいただろうか。シロクマがいたのは覚えているけど、サンマを見たという記憶はない。
「それじゃ、水族館で決まりだね」
「分かりました。今度日程が合った日にでも行きましょう」
春音が両手を上げて「やった!」と声を上げて喜び、孝典はそれを見て苦笑した。
◇◆◇◆
放課後。ホームルームが終わると、春音は部活のために第三学舎へと向かった。
「雅ちゃんもどう?」
と誘われたがやんわりと断わり、図書室で待つので終わったらメールしてくれと言って別れた。さすがに部活にまで顔を出すのは後ろめたいし気恥ずかしい。なにより疲れてしまった。精神的な意味で。これでも中身は三十八歳の中年親父なのだ。
ストーカー(親衛隊)のことが気になったが、今まで何もなかったこと、ここが比較的安全だと思われる学校内であることから、多少離れても大丈夫だと判断した。何かあったとしても、春音の鞄にセットしたGPSでどこにいるか常に把握しているので、いざという時はすぐに駆けつけられるようになっている。まあ、そんなことがあれば奴らの命はないが。
図書室は第二学舎の一階にある。その階の教室全ての壁を取り払って一つとした縦長の空間だ。出入り口は手前の一つだけで、残りの扉の前には本棚が配置され、使用不能となっている。
扉を開け、暗幕をくぐる。空調の効いた図書室は教室以上に快適そうだった。なにより静かなのがいい。細部は変わっているが、天井にまで届く本棚は昔のままで、インクの匂いもそのまま、そこに整然と並ぶ書籍も、記憶の片隅にあるものと同じだった。
入口すぐ横のL字型のカウンターにいる図書委員に生徒手帳を見せる。「どうぞ」と一礼され、中に進むよう促された。
この図書室には毎日のように通っていた。当時陸上部だった僕は部活を終えると誰よりも早く着替えてこの図書室へとやってきていた。陸上部が割と早めに終わることと、図書室が下校時刻ギリギリまで空いていたので、待ち合わせには丁度良かったのだ。
汗だくでやってきた僕を、彼女は難しそうな小さな本を閉じて顔を上げ、「お疲れ様」と、笑顔で迎えてくれた。
今はまだ太陽が高く西日も射していないが、僕の良く知る図書室はオレンジ色に染まっていた。その色が続くのは三十分にも満たない。儚くも綺麗で暖かく、光り輝いて。まるで彼女のように特別だった。
ここにいると否応でも彼女のことを思い出す。しかしそれは泣きたくなるような悲しいものではなく、むしろ大事な宝物として取っておきたくなるような、かけがえのないものだ。
彼女はいつも同じ場所で僕を待っていた。窓の近くで、車椅子に座ったまま、膝の上で本を開いて。彼女は一度も図書室の机を使ったことがなかった。理由を尋ねると、「寝てしまいそうだから」と恥ずかしそうに笑った。
「あれ……」
彼女がいた場所には先客がいた。車椅子ではなかったが、彼女同様机を使うことなく、椅子を窓の近くに寄せ、膝の上に本を開いていた。
なんとなく声をかけようと思った。声をかけてどうしようとか、そういうことは考えず、ただ声をかけてみようと思った。
そうして僕は驚愕することになる。つま先に被った影に気付いたのだろう。開いた本に手を当てて押さえ、ゆっくりと顔を上げた。
長い黒髪は腰のあたりまであり、前髪は切り揃えている。飾り気のない銀縁眼鏡は少しずれ落ち、右に傾いていた。ブラウスと緩く閉めたネクタイ。その上に紺のサマーセーターを着ている。ブラウスの袖から伸びた腕や、綺麗に揃えられた脚はクラスの子より一回り細いように見えた。
その綺麗で儚げな姿は、僕の心の中に深く刻まれて消えない彼女に酷く似ていた。
二羽志音。僕の最愛だった、その人の姿に。