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6 不覚悟

 しばしの静寂の後、最初に口を開いたのはアビゲイルであった。彼女はグレイスたちの方を向く。


「どういった経緯で逃げてきたのですか?」


 そう訊かれると、三人がお互いに顔を見合ったが、結局グレイスが答えることになった。


「森の中を索敵しながら歩いていたら突然襲い掛かってきました。先頭を歩いていたアベルが最初に犠牲になり、ハドソンとディックがその賊と戦いになりました。私たちは逃げろというハドソンの言葉に従い、こうして逃げてきたわけです」

「なるほどね。そうなると、ハドソンとディックももう殺されているわね」

「そんな――――」


 アビゲイルの殺されているという推測にグレイスは言葉を失った。青い顔で震えるばかりであり、オリビアとカタリナも同様に震えてしまった。

 アビゲイルはそんな彼女たちにさらに質問する。


「何で襲われたのか、心当たりは?」


 そう質問されて、グレイスは震えながらも考えた。しかし、思い当たることが多すぎて、結論には至らない。


「お父様には敵が多いですわ。ただ、私を狙ったのかまでは」

「そうよね。ここに現れたときも、別にグレイス嬢を狙っているようには見えなかったわ。そうなると、狙いは殿下の可能性もあるわね。森の中で待ち伏せしていたところ、運悪くグレイス嬢たちが賊に遭遇してしまったと」


 アビゲイルの推測を聞いて、ウィリアムの顔から怒りが消えて、かわって怯えが頭をもたげる。


「俺が狙いなのか?」

「推測ですが、グレイス嬢を狙うよりは殿下を狙う方が可能性が高いかと。さて、そうなりますと、賊が一人だけなのかどうなのか。一国の王子を狙うにしては、先ほどの賊には手ごたえを感じませんでしたもの。質が落ちるとなれば、量でカバーするのが道理」


 アビゲイルは賊が一人だとは思えず、周囲に視線を向ける。しかし、それらしい気配も影も見えずにいた。

 その様子を見たハリソンが、アビゲイルに訊ねる。


「どうして姉上はそんなに冷静にいられるのですか?僕は怖くて思考がうまくまとまりません」


 その質問をされ、アビゲイルはしまったと後悔した。

 通常、命の危険にさらされれば、グレイスのような反応が普通である。これはアビゲイルが豊田敦子であったころの経験で、海外工場に出張したときにマフィアの襲撃を受けて、銃撃戦になった経験があったからである。

 その時、警護に当たっていた現地の人が銃弾に倒れた。それで、その人の持っていた拳銃を拾い、応戦してマフィアを追い払ったというのがあって、今回の対処が出来たというわけである。

 とまあ、そんなことを言えるわけもなく、適当な言い訳を考える。


「ハリソン、私はウィリアム様の婚約者です。将来王妃となった暁には、こうした刺客に狙われることもあるでしょう。そのため、こうした事態にも対処できるような心構えを教育されているのです」

「流石は姉上」


 アビゲイルの考えた咄嗟の嘘をハリソンは信じた。他の者たちも皆感心してアビゲイルを見る。ただ、ウィリアムだけが複雑な表情をしていた。

 ウィリアムとしてはアビゲイルよりもレイミリアと結婚したいわけであり、アビゲイルの優秀さが際立ってしまっては困るのだ。今のところはそうした感情を表には出していないが、レイミリアとの出会いによって、ウィリアムの心は大きくレイミリアへと傾いていたのだ。

 しばらく待っても賊が動かないのを確認したレイミリアは、その死体を確認する。


「何をしているのだ?」


 ウィリアムが汚いものを見るような目でアビゲイルを見た。死体の方を見ているアビゲイルは気づかないが、ウィリアムの顔を見たアーサーはその心中を察した。口に出して波風を立てるような真似はしなかったが。

 ウィリアムの顔を見ていないアビゲイルは気を悪くすることもなく、その質問に答えた。


「何か、所属を示すようなものを持っていないかと思いまして。それに、持っていたナイフには毒が塗ってあります。ならば、誤って自分に使ってしまった場合に備えて解毒剤もあればと。仲間がいて同じ毒を使っていた場合に、解毒剤は有用ですので」

「アビィ、それも王妃教育によるものなのか?」

「はい」


 アビゲイルがそう答えると、それに共感したレイミリアが一緒になって賊の死体を漁る。


「レイミリアはいいのよ。アルミラージを見て気持ち悪くなったでしょう。これは人なのよ。もっとつらいはず」


 アビゲイルはレイミリアを気遣うが、レイミリアは首を横に振った。


「いいえ、大丈夫です。自分の命がかかっているとなれば、不思議と気持ち悪いという感情も薄れます」

「そう。じゃあ無理はしないでね。気持ち悪くなったらすぐにやめてね」

「はい」


 レイミリアは頷くと、所持品の確認を再開した。

 レイミリアがアビゲイルと一緒に死体を漁っているので、男連中もそれに参加したかったが、どうしても一歩を踏み出すことができずに、二人の作業を見るだけに終わる。

 結局、所属がわかるようなものも、解毒剤も見つからなかった。アビゲイルはため息をつく。


「さて、これからどうしましょうか?助けが来るまでここで待つのか、戻るのか」

「戻るのも危険ではないか。どこに賊が潜んでいるのかもわからぬのに、動いてしまっては不意に遭遇することもある」


 ウィリアムが意見をする。アビゲイルは頷いた。


「動くのは得策ではないかもしれません。しかし、ここでは見通しも悪く、賊が近寄ってくるのを発見できない可能性もあります。どこか、近くで見通しの良い場所で助けが来るのを待ちませんか?」

「確かにアビィのいうとおりだ。ここに来る途中で木が密集しておらず、草も背の高いものが無かった場所があった。あそこまで戻ろう」


 ここまで来る途中、森の中でも木が生えておらず、高い草もなくて見通しの良い場所があったのだ。それは、自然が作った集会場のようなものであり、広さとしては町工場程度のものであった。

 こちらとしても身を隠すような場所はないが、相手もそれは同様であり、身を隠しながら近づくことが出来ないのである。ひとまずはそこを目指すことにした。

 それを聞いてグレイスがおずおずと訊ねる。


「あの、私たちも同行してもよろしいでしょうか?」

「もちろんだとも。何をそんなに遠慮をしているのだ?」


 ウィリアムは同行の許可を求めるグレイスの様子を疑問に思う。

 この時、グレイスはウィリアムの班にレイミリアがいることで、今までの行いから拒否されるのではないかと思っていた。

 鈍いウィリアムはそのことに気が付かなかったが、アビゲイルはそれに気が付いた。


「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずといいます。まあ、レイミリアが良ければですが」


 アビゲイルはちらりとレイミリアを見た。レイミリアはそれを受けてこくりと頷く。過去のことがあるとはいえ、命の危険のある状況でグレイスたちを見捨てるという選択をするようなレイミリアではなかった。アビゲイルもそれをわかっているので、レイミリアの意見を確認したのである。

 これが見捨てるような性格であるならば、アビゲイルも意見など確認せずにグレイスたちの同行を自分で許可したことであろう。アビゲイルも死をもって償わせるほどとは思っていなかったのである。

 グレイスは許されたことでアビゲイルに頭を下げる。


「アビゲイル様、ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」

「それも、無事に帰れたらの話よ」


 アビゲイルの頭の中は、敵を殺す気概のないこのメンバーで、どうやって乗り切ろうかというものであった。

 アビゲイルの魔法とて無限ではない。風の魔法はそれなりに魔力を消費する。いずれ魔力が尽きてしまうので、それまでに助けがくるか、敵を全滅するか、仲間が敵を殺せるようになるかが出来なければ、無事に帰れるというものではないのだ。

 そして、仲間が敵を殺せるようになるというのは絶望的であった。

 いよいよ移動するとなった時に、それまで先頭を進んでいたジャックが後ろに下がるといいだした。


「無理だ。俺は人を斬ることが出来ない」


 とても将来の近衛騎士団長を目指す人物とは思えない発言であるが、誰もそれを批難することはなかった。自分に置き換えてみれば、やはり人を殺すということに抵抗があったのだ。

 誰も先頭に立とうとしないため、アビゲイルがその役を買って出た。


「いつまでもここにいても仕方ないわ。私が先頭を行くから」

「しかし、アビィ。それは危険だぞ」


 ウィリアムはアビゲイルのことを気遣うが、アビゲイルはその言葉に怒りを覚えた。そして、強めの口調で言い返す。


「では、誰が先頭を行くというのですか?ここで時間をかけて、賊に包囲されるような時間を与えるくらいであれば、私が先頭を行って移動した方が良いでしょう」


 それには誰も反論できなかった。そして、アビゲイルも時間がもったいないので、みんなに背中を向けて歩き出した。

 結局、他のメンバーは彼女に黙ってついていくのだった。



話が暗くなるのは作者の私生活の影響ですね。

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