二十三対目の剥奪の朝
「夢瞬ちゃん、隙がないね。」
サタンはフッと笑って言う。
「六合から事前に注意されたからです。」
「なるほど。六合に負けたか。」
「さっきのは、悪魔のいたずらですか?」
「あくまでの挨拶に過ぎない。」
夢瞬は警戒しながら、椅子に座りついた。
「光兎たちは?」
「あとで現れるだろう。あいつら、君より多く持っているからな。」
十三月将と北斗九星。
それと比べて、今の夢瞬には六合しかいない。
「安倍永望の話をする前に、夢瞬ちゃん、まずは話をしよう。」
「話を?」
「なーに、雑談だけさ。」
「安倍晴明の特別な理由、わかる?」
手元のティーカップをいじりながら、サタンはさりげなく聞き出す。
「十二天将を操れるの上、占いの精度も高いですから。」
「いや。あの男の言葉はもう、占いではない。」
「…?」
「予言だ、必ず叶うから。それは未来の事実を語っているに過ぎない。」
「ですから?」
「もう一つ質問しよう。どうして安倍晴明の後継者がこんなに重要なのか?」
「それは、大きいな力を受け継いだからです。」
「そう。なら、その大きいな力を受け継いだ者は、何ができるのかな?」
夢瞬はサタンを睨み、答えるつもりはなかった。
しかしサタンにだって同じだ。
夢瞬の返事を聞く前に、口を開けるつもりはなかった。
「…予言ができるようになれますか?」
「そう。予言できるからこそ、安倍晴明が神になれて、安倍永望が神になれなかった。」
「…!」
「それはどういう意味ですか…!」
「文字通りの意味。安倍永望の願いは叶えない。」
「…」
「叶える願いなら、今もこんな風にならないだろう。」
「どうして?」
「うん?」
「どうしてその願いを叶えてあげませんか?」
「もうひとつ、余談をしようか。」
「サタンさん!」
サタンが夢瞬を目線を投げ、夢瞬は再び座りついた。
その目線から、拒めない威厳がいた。
「夢瞬ちゃん、知ってる?人間が神になってしまったら、性別を失うんだよ。」
「どうして?」
「ひいきできないからな、神は。」
「ひいき…」
「性別も、年齢も、外見も、個性も…彼らへのイメージも、時代の流れに流され、変わり続けているんだ。」
「それが、神になるということでしょうか?」
「そう。」
「サタンさんも、そうだったのですか?」
「俺?いつの俺を言っている?」
「…?」
「サタンの名前を背負っているのは、俺だけじゃない。俺は、ルシファーの俺だ。」
「ルシファー?」
「天使だったが、色々あって、堕落した天使、悪魔になった。」
「…」
「悲しんでくれているのか?感情豊かな子だな。」
「サタンさんも…すべてを失ったのですか?」
「神ではなく、悪魔になったんだ。ひいきせずに人々に与えるのではなく、代価と交換がすべてだ。」
サタンは、何もないのように語る。
「私にすべてを話すのも、あなたが言うところの交換でしょうか?」
「いや…交換するために君を助けたじゃない。」
「ならどうして?」
「君から感じた、旧友の気配のため、かな。」
すべてを失った。
夢瞬の言葉を否定したにも関わらず、先ほどの言葉がサタンの胸の中で軋んでいた。
悪魔になったせいで、ひいきできなくなったことはないが、二度と手に入れないものを失ったのもまた事実。
特に、あの人。
「ルシファー、お前はどうして…?」
「俺はあの人より強くなれるのに、なんであの人の部下にしかなれない?」
「それは…!」
「お前にはわかんないだ!そのままいい子ぶって、みんなに謳歌されるといい!」
ルシファーは苦しく一歩を退き、振り向いた。
「世界中、お前だけでも、俺を認めてくれると思った。」
「…主はお前をとがめておられるぞ。」
「あの人を選ぶというのか!」
ルシファーが再び振り向いたとき、見たのは涙が止めどなく流れ落ちた天使だった。
「お前…!」
「お前を責めることができない。お前を責める言葉がない。」
「…いい子ぶるのはもうよせ!苦しくないのか!」
「俺の善は、ルシファー、お前がくれた。捨てないさ。」
「夢瞬ちゃん。」
サタンの声が少し枯れた。
「君なら、悪魔になりたいか、それとも天使になりたいか?」
「天使です。」
「いい人であることが苦しくても?」
「…それは、苦しいのでしょう。しかし、サタンさんの悪が普通の悪にならないように、私が善になります。」
「俺の悪…」
「サタンさんの悪は、人々の欲望を煽るだけで、完全な悪ではないと、私はそう思っています。」
「…甘いな。俺は悪魔だぞ。そんな風に誉めても。」
「ですが、あなたを責める言葉が見当たらないんです。」
夢瞬は笑顔を見せたが、サタンはただうつむいた。
あの日以来初めて、泣き出さないように。




