レナとサイールの初めての遭遇
魔法局。
レナは掲げられた看板を見上げた。
魔法局は、魔法の術式を登録されるところ。術式は魔法局に勤める人間たちに精査され、術式として安定しており、有益だと認められれば、魔法局に登録される。
登録されることは、魔法使いとしては名誉なことで、日々誰かしらが新しい術式を持って魔法局に足を運ぶ。
だが、15歳のレナが、魔法局に来ることなど、はじめてだ。
魔法局に魔法を申請に来る15歳など、ほぼゼロだ。
無論、天才と呼ばれるような人間は僅かにいる。だが、レナは魔力が強くはあったが、天才とは違っている。
努力で何とか新しい魔法の術式を組み上げたのだ。
自分が悪役令嬢として追放される立場だと気付いたのは、7歳の頃。
それから、どうやって運命を変えるか、試行錯誤していた。
公爵令嬢としてふさわしい立ち振る舞いを身に着け、どんな立場の人々にも親切にし、庶民の声を聴き、ありとあらゆる善行を積んだ。
でも、それだけでは安心できなくて、レナはビデオカメラのように記録できる魔法を作ろうと思い立った。
それが、7歳の時。
色んな魔法を覚えていく中で、応用できそうな魔法があれば、何とか術式に組み込みチャレンジする。
その試行錯誤を8年もやって、ようやく1分ほどの映像を記録できる術式を組み立てた。
1分では、短いと思う。だが、今のレナにはそれが限界だった。
それでも、今までにない術式は、魔法局に登録されるはずだ。
魔法局に登録されていなければ、折角魔法で記録した映像が、ニセモノだと言われかねなかった。だから、レナは一刻も早く登録が済むように、魔法局にやって来た。
今は15歳。断罪される予定は18歳。その3年の間には、登録は終了するはずで、レナは証拠として映像を使えるはずなのだ。
トントン。
ギーッと重い音を立てる扉を、レナが開くと、ガランとした受付がそこにはあった。
誰もいない。
レナは困った。
どうすればいいのかもわからない。
「すいません」
声を出してみるが、そもそも誰もいない空間に声を掛けたところで、意味があるとは思えなかった。
「受付、誰もいないのか?」
だが、誰もいないと思った空間に、突如ドアが開いた。
レナはびっくりして声をあげそうになった。勿論、グッと呑み込んだが。
こんな魔法があるなんて、レナは知らなかった。
「ああ、申請ですか?」
レナに声を掛けたのは、25歳のサイールだった。
「え、ええ。この術式を、登録したくて伺ったのです」
レナは初めてのことに緊張していた。
サイールは、年若いレナが申請しに来たことに驚く様子も見せず、レナが差し出した書類を受け取った。
それも当然、サイールは僅か10歳で魔法局に術式が登録された天才なのだから、自分が登録した年より若い子供が来なければ、驚くようなことはなかった。
ペラペラと書類をめくっていたサイールが、「へー」と声を漏らす。
「面白い術式だね」
面白い、と言われて、レナは嬉しかった。
「ええ。今までの魔法にはありませんでしたので、実現したいと思っていたのです」
ニコニコと笑うレナに、なるほどね、とサイールが頷いた。
「面白い。だけど、1分の記録が、どこまで有用と考えられるか、だな……」
うーん、と声を落としたサイールに、レナも俯く。
「本当は、もっともっと長くしたいのです。……ですが、私の力では、そこまで考えるだけで精一杯でした」
「そうですね。もっと長ければ……。例えば、ほら、この術式……」
サイールが術式の一文を指さすと、レナがハッとした顔をした。
「あ、そうですわ! ああすれば、良かったのに! どうして私ったら気付かなかったのかしら」
レナはサイールを見上げる。
「ありがとうございます! おかげで、10分ほどの時間記録できるものができそうです! もう一度申請に伺いますので、書類を返していただけますでしょうか?」
レナの言葉に、サイールが微笑んで頷いた。
「構わないよ。良ければ、次に来た時も、私が見たいから、私を呼んでくれるかな? サイール・ソメットと言えば、すぐ伝わるから」
サイール・ソメット。レナも聞いたことがあった。天才と呼び名の高い魔法使いだ。魔法局に登録されている術式も100を超えると聞いたことがある。
そんな天才と呼ばれる人から、また見たいと言われて、断るはずもなかった。
書類を受け取りながら、レナはコクコクと頷く。
「サイール・ソメット様ですね。よろしくお願いします」
扉から出ていく前に綺麗な礼を執ったレナの美しい所作に、サイールは見惚れる。
「レナ・フルサール……公爵令嬢、か」
閉じられた扉を見つめるサイールの目は、初めて魔法以外のものに興味を持っていた。