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「それは、冤罪です!」
その言葉は、レナ・フルサール公爵令嬢の口から出てくることはなかった。
ハクハクとわななき青ざめるレナの口許を見て、人々はやはり本当のことなのだと納得する。
そして、レナは。
これがゲーム補正なのだと、理解するより他はなかった。
今さっき、王太子から羅列された罪は、何一つ正解がなかった。全てがでっち上げ。王太子の隣に立つマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢の作った話だらけだ。
証拠だってある。その言われた時の日付で、レナは王城に行ってアリバイ作りをしていたのだ。だから、階段から突き落とすことも、教科書をビリビリにすることも、トイレに閉じ込めることもできるわけがなかった。
それは、王妃や親しい友人たちや、先生ですらはっきりと知っていることで、嘘だとわかるはずのこと。でも、誰も卒業を祝うパーティーで、レナの無実を証明してくれることはない。
ゲーム補正の可能性を考えて、他にも証拠は残していた。だが、その証拠を出そうとする手も、固まって動くことはない。
前世でやり込んだ乙女ゲームに悪役令嬢として転生したと知ったレナは、追放されれば生き抜くのが大変だとわかっていたため、綿密に追放されないように策を練っていた。
まず考えたのが、王太子の婚約者にならないこと。王太子と極力関わらないように、そして健康上の問題で王太子妃にはふさわしくないとされるため、病弱なふりをしてあまり家から出ないように過ごしていた。
なのに勝手に婚約者にされた。レナは抵抗した。だが誰も本気になどしてくれなかった。勝手にレナは王太子のことが好きすぎて照れているんだ、とされた。妄想も大概にしてほしかった。
その後もことあるごとに婚約者の座を降りようと画策したが、何も成功しなかった。
その次に行ったのは、自分の味方を増やすこと。周りの人々には、とにかく心を尽くした。自分の人生が安泰であるために、その手間は惜しまなかった。勿論王太子にも。王や王妃との仲も良好だった。市井に出れば、どんな庶民であっても優しく接した。何が自分の足を引っ張ることになるのかわからないからだ。
次に行ったのは、ヒロインに関わらないこと。これは徹底した。もし話すことがあっても、嫌みにならないように、意地悪に聞こえないように、細心の注意を払った。それは、近くで聞いていた友人たちも証明してくれるはずのことだった。だが、無駄だった。
ヒロインが登場した後、あっという間に、王太子の態度が変わった。
むしろそんなに豹変するくらいなら、さっさと婚約を破棄してくれればいいのに、王太子は泣いて婚約破棄してほしいと懇願するレナに、婚約破棄はできないといろんな理由をつけて回避していた。
あの時点で婚約破棄されていれば、きっと国外追放は免れるはずだったからだ。
そして、次に行ったのは、証拠集め。生半可な証拠では認められないため、レナは幼いころに前世の記憶を思い出してから、映像を記録できる魔法を練り上げた。これは、王国の魔法局にも、その真実性が認められている魔法で、記録の改竄も出来ないことも確認されている。だから、この魔法さえあれば、レナの無実は認められるはずだった。
だが、レナの最後の伝家の宝刀ともいうべきその映像を出すことが出来ない。体が固まってしまっている。
だから、レナは自分の無実を証明することが出来なかった。
そしてレナは、公爵家から追放され、王国からも追放された。