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ショートショート4月~3回目

シーズー期

作者: たかさば

 朝、五時半。

 洗面台の鏡をぼんやり見ながら、ボサボサの頭にくしを通す。

 手早く髪をまとめて後頭部で縛る私を見て、娘がニヤニヤしている。


「おはようございます!ふふ!!今日もシーズー!」


 毎日毎朝飽きもせずに、人様の洗顔をのぞき込んで…軽口をたたく人がここに!!!


「おはようございます!!ここにはイヌなんか一匹もいませんけど!」

「でも犬そっくりな人はいるじゃん!!その色合い、耳っぽさ、どこをどう見ても…おしゃれに前髪縛ってるシーズー犬!!!」


 娘に言われるまでも無く、自分とて己の犬っぽさは自覚している。

 長い前髪をデコ丸出しにしてひと括りにすると、耳の上あたりの髪の毛がまっすぐ垂れ下がって、実に犬の耳っぽく見えるのだ。

 白髪混じりの色にばらつきのある髪は、実に絶妙にミックスされて、ハイライトっぽいというかエクステっぽいというか、天然メッシュというか…色合いがどう見てもシーズー犬なのだ。


「あーもう!!うるさいな!!あんまりイヌイヌ言ってるとお弁当作りませんけど!!!」

「あーん!ごめんごめんwww早く髪伸びるといいね!犬脱出まであと一息、がんば♡」


 ただいま絶賛中途半端な髪の毛の長さを誇る、私の頭。


 昨年の今頃、うっとおしさを乗り越えることができずに短くしたせいで、後ろ髪は肩につかない程度…実に中途半端な長さである。

 髪は一年で5cmほどしか伸びないので、後ろでひと括りにすることができるまでにおよそ2年かかってしまう。二年間邪魔な髪を自由気ままにぼさつかせておくのは、相当の根性が無ければ耐えられなくてですね。

 去年切らなければ、今頃後ろ髪もきっちりと縛れるほどの長さになっていただろうに…あの日の安易な決断が悔やまれる。


 できれば、髪は後ろでひとつにまとめておきたいと思ってはいるのだが、そこまで伸ばすのが、非常に難しい。

 ショートからロングに至るまでの道のりには、越えなければならない難所が多すぎるのだ。


 まず、第一にぶち当たる…頭拡大期。

 耳丸出し、後頭部に刈り上げ有りというベリーショートは真夏にぴったりの涼しげなヘアスタイルではあるが、きめ細かなメンテナンスが求められる…わりと手間とお金のかかる厄介なものだったりする。刈り上げ部分のちょりちょり触感は一ヶ月もすれば消え失せてしまうし、手つかずで放置などしようものなら二ヶ月目には頭部の異様な膨張という山場を迎えることになるのだ。

 ショートカットは、決め細やかな気配りと確かなボリュームを押さえるカッティング技術が無ければ…あっという間におかしな見目に早変わりする。明らかにそこら辺を歩いている通行人の中で悪目立ちする大きな頭を晒しながら買い物に行くのは…なかなか勇気が求められる。帽子をかぶって凌ごうにも、ボリュームの増した短い髪の毛が圧縮を拒み、もりもりと自己主張をする。「なんかあの人帽子浮いてねwww」「あの人帽子小さすぎじゃん!」などと後ろ指をさされるのはこの頃だ。


 次に襲い掛かるのは髪留め暴走期である。

 目玉を覆い隠すようになった前髪を、若者に人気の映えキャラクタークリップで留めてみたり、後れ毛という後れ毛をピンで押さえつけてみたり…縛ることのできないもさもさの猛者たちを文明の利器で無理やり頭部にねじ伏せなければならない。

 私は視界をクリアにしておきたいタイプだ。長い前髪で目を隠すなど以ての外だと思うぐらいオンザ眉毛にこだわりがあり、基本前髪はピンでとめるか縛るかして視界を遮らぬよう心がけている。ただでさえおっちょこちょいのやらかしがちなのに、髪の毛が視界を遮ったせいで更なる悲劇が起きぬよう細心の注意を払っているのだ。

 下手に前髪を作ると自分でカットしなければいけなくなるのが実に厄介で、その面倒臭さと、カットミスによる取り返しのつかなくなった悲劇を幾多乗り越え、前髪は長く伸ばすものという自分ルールができて…もう随分だったりする。

 無駄な出費が増えるのもこの時期の特徴だ。可愛いバレッタで髪を押さえ込み、気軽にピン止めをして気軽にピンをどこぞの洗面所に置き忘れ…美容院代を節約できると目論んでおきながら、ヘアアイテムを買うために散財するという、恐ろしい罠が発動されてしまう。

 しかもうっかりクリップを付けたまま外出してしまうと、「ちょwなんかあの人変なのつけてる」「若い子向けのヘアクリップつけて外出とか…ああ言いう年寄りにはなりたくない…」などと話題をかっさらってしまう事必至だ。心が折れて髪を切りに行くのもこの時期が多い。


 傷ついた心が癒え、財布の中がすっからかんになったところで、ただいま絶賛私がどっぷりとハマっているシーズー期がやってくる。

 この時期はとにかく見た目がおかしなことになるのがネックだ。邪魔な前髪をひとまとめにできるようになり、家事の作業効率は上がるものの…でこは太陽の光を浴びててかてかと輝き、自前の耳の上には犬の耳っぽい毛束がどん、後ろ髪はまとまろうともせずに実に気軽に無遠慮に四方八方に飛び散り、じゃまな横髪を耳にかけようものなら鬼の霍乱ともいえるような勢いのありすぎる外跳ねに悩まされることになる。縛ろうと思えば縛ることができてしまうのがこの時期の最大の特徴であり、悲劇の温床となっている。うっとおしさで我を見失い、いい年をして耳の下でおさげ髪にしてしまって…子供たちから「しずかちゃんはやめておこうよ」「かわいいね」などと言われてはっと現実に気が付きサーっと体温が下がったことは、数知れずだ。


 ようやく髪を縛れるようになると、今度は毛根反抗期がやってくる。

 やっと縛れるようになったと悦び勇んで髪ゴムで固く結んだら最後、無理やりおかしな方向を向かせられた毛根は反乱を起こして赤くはれ上がってしまうのだ。たかが一本の毛の根元が腫れたぐらいと甘い顔をしたら、あっという間に後頭部が赤いぶつぶつだらけになってしまう。そして、痛みに負け、皮膚の負傷に居た堪れなさを感じ、この時期を乗り越える自信が無くなり…髪を短く切ってしまうことになる。


 本当であれば…長い髪を団子にして、穏やかに微笑むような毎日を送りたいのだが、なかなかそこにたどり着くことは難しい。

 出来れば…長い髪を右耳の横でゆったりと三つ編みにし、小首をかしげつつ頬に人差し指を添えるような落ち着きのある生活を送りたいのだが、その日に至る前に美容院へと突撃してしまうのだ。


 もともと私は、ショートカットを好む傾向にあるタイプである。

 短い髪はシャンプーの量も少なくてすむし、髪もすぐに乾くし、櫛通りもスムーズだし、抜け毛も目立たないし…確かに利点は、多い。

 けれども、ショートは…月に一度カットに行かなければいけないし、美容院に予約を入れたりお店の人と会話をするのも地味に面倒で…そう言う意味では、長い方が楽だ。コミュ障は長く伸ばすに限ると…長く生きてきて、悟ったのだ。


 若い頃であれば、髪を帽子で隠したり、ヘアセットを楽しんだりしてロング期までをのんびりと楽しむようなこともできたのだけれども…老いたなあとしみじみ思う。帽子をかぶってごまかそうという気になれないし、ドラッグストアでずらりと並ぶスタイリング剤を見る気にもなれない。…そもそも、文字が小さくて読むのに一苦労という悲しい現実がですね。


 ……このうっとおしい時期を乗り越えなければ、落ち着いたセレブ女性期を迎えることはできない。


 ここ数年、ロングにした記憶が、ない。

 ここ数年、髪型に気を配った記憶が、ない。


 久々にパーマをかけたいなあと…思わないでも、ない。

 久々に髪でいろいろと遊びたいなあと…思わないでも、ない。


「はい、お弁当できましたよ!!今日もはりきって働いてらっしゃい!!」


 色々考えつつもきちんとやることはやる私、娘におにぎり弁当を渡して、後片付けなど…。


「ありがとー!!」


 元気よくお弁当を受けとる娘のポニーテールが、跳ねる。…ずいぶん伸びたなあ、二年前にヘアドネーションした時はふとましい真っ白な首が丸出しだったというのに。


「良いなあ君は…、健康そうな立派なしっぽ、つやつやでまとまりの良い腰のある元気な髪、団子にしてよし、巻いて良し、櫛通りも滑らかで編みたい放題、うらやましい…あたしなんか犬だしさ、ボサボサの白髪で…もうね、坊主にするしか…。」


 思わず本音が駄々漏れてしまった。


「ちょっと何いってんの!人の頭気にするくらいなら、思い切ってアフロにでもしてみたらどお!やりたいって言ってたし!お母さんは自由に髪型楽しめるじゃん!校則も社則もないし!わりと面白そうだよ!!あたしはシーズーの方がかわいいと思うけどさ!坊主は昔やったじゃん、珍しくないから却下ね!」


 そうか、アフロにすれば跳ねとか気にならなくなるな、犬耳もなくなるし、中途半端に変な髪型やるくらいなら振り切ったほうが!そんなことを思いつつ、娘を玄関までお見送りさせていただく。


「いってきます!」

「はい、きをつけて。」


 娘を送ってゴミだしをしていると。


「おはようございます。」


 息子が起きてきたので…頭を、なでなで、なで、なで……!

 彼は今、絶賛ちょりちょり期真っ最中なのだ!くぅ、この手のひらにダイレクトに来るシャープなさわり心地!ずっとさわっていたい、この刺激!朝イチちょりちょりゲットだぜ!


「おはようございます!今日も良いちょりですね!ぐふふ…!ちょりちょり、ちょりちょり!」


 先週床屋に行ったばかりだから、めちゃめちゃ手触りが良くて…う~ん、ずっとさわっていたい、ずっとさわっていられる!


「僕もだんごもぎゅもぎゅ、やりたいな…。」


 息子がうんと小さい頃、私はまだ背中まであるロングヘアを、おっきな団子にしていたのだな。息子をおんぶすると、いつも喜んでもぎゅもぎゅしてて……。


「あみあみでも、良い!」


 息子がわりと小さい頃、私は腰まであるロングヘアを、ざっくり三つ編みにしていたのだな。息子とならんで座ると、いつも喜んであみあみしてて……。


「髪の毛早く伸びると良い!」


 やけにニコニコしているけど、アフロにしたら…怒るかも…。いや、逆に喜ぶ可能性も…。


「坊主にするのと、アフロにするの、どっちが良いと思う?」

「このまま伸ばそう!」


 どうやら、まだしばらく…シーズー期は続くらしいという、お話ですよ…。



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― 新着の感想 ―
[一言] 私、コミュ症ですので、切りにいきたくないです。伸ばすのに限りますね。はい。 あと、白いのがかなりまじってきましたけど、白髪染めをしたら、負けかな、とまだ思っています。きっと、白髪染めに手を…
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