交差点の道祖神
十字路の信号が点滅を繰り返している。大通りに向かう道は黄色に、それに交差する市道は赤く。
市道の右側から、酔った男女が楽しげに私の方に向かって歩いてきた。
だが明るい街灯の中でいきなり二人の様子が変わった。
「ねぇ、何時になったら慰謝料をくれるの」女性の声に男は、沈黙で対応した。
「今までの事、週刊誌にバラすわよ」
「なんだと!」男は、いきなり女性の首を絞めに掛かったが、女性は悲鳴を上げられないようだった。
やがて女性は、膝を落としたが、その拍子に私を鷲づかみにした。そして、私を鈍器として使って、何度も男の頭を叩いた。
私は、十字路に佇む、道祖神である。かつては、渡し場と宿場の間に奉られ、河向こうから悪いものが村に入って来ないように守っていたものである。
今回、正当防衛ということで一人の女性を守る事ができたかも知れないが、鈍器として利用されたのは不本意であった。
女性は警察を呼び、その場で連行された。近くに設置された防犯カメラや、近所の聞き込みで、女性が暴力を受けた事は証明された。女性が言うには、男は、同じ劇団に在籍する者で、自分に好意を抱いているのは知っていたが、交際を断った途端に暴行を受けたのだと、私の記憶とは違う話をしていた。
人の世の些末な事は知った事ではないが、道祖神仲間の連絡網は広い、悪いものを町に入れない為に、ひどく地獄耳なのだ。
暫く後の事だ、女性は、劇団の練習に参加していた。
「ねぇ、何時になったら慰謝料をくれるの」と女性の声に対して対して男優が、女性の首を絞めにかかった。舞台の上で、膝を落とし倒れる彼女。手を離し、あたふたとする男優。
「オッケー、君村くんの代役にしては上出来だよ」監督が手を叩き、男優が笑みを漏らした。舞台で立ち上がった彼女も、にっこり笑った。
「杉田さん、今度玉の輿だってね。でも辞めないでよ」監督は、笑みを見せた。
「もちろん、私の演技で観客を愁殺させるのが、好きだもの」と彼女も笑みを返した。
私は、ため息をついた。そっか演技だったのか、大方、これからの人生の上で、あの男が邪魔になったので、わざと防犯カメラに見させた、迫真の演技か。
人の世の事に出す口があるわけでなし、今は、巨大で黒い小惑星が、ゆっくりとこの惑星に近づいている事を心配しなければならない、私は、土地を守るべき神なのだから。やつが此所にやってくれば、全ては滅んでしまうだろう。