七夕の彼女
時は××30年。機械、医療、建物、食物。目に入る物全てが発展していた。だがその一方で必要ないと判断されたものは急速に衰退していった。ゴミを捨てる場所が無い日本では、不必要な物を小さく細かく圧縮する所謂巨大なゴミ箱が造られ、衰退した何かは全てそこへ入れられた。そしてそれらは静かに、寂しく、哀しく、ひとりでに魂を宿らせていった。人々はこの魂を死人と総称し、これを狩る者をマダーと呼んだ。
そして、××37年。
「えー、じゃあ今から配るからなー。ふざけて書くんじゃないぞ。大事な事だからなー」
書いたやつから帰っていいぞと言って、俺たちの担任はクラスの最前列の奴に短冊を渡して後ろへ後ろへと回させる。
今日は、中学最後の7月7日。まあ所謂……七夕ってやつだ。
「土屋、土屋」
「あ?」
前の席に座っている俺の友達、斎は、こちらの机に紙を置いてからコンコンと爪で机を叩いた。
「何書く? お願いごと」
溢れんばかりの笑顔で俺に聞いてくる斎は、短冊をパタパタと揺らしてこちらの答えを催促してくる。
願いごと……ねぇ。
「そういう斎は?」
「俺はね、『研究がどんどん進められますように』!!」
「……恐れ入りました」
哀しさから魂を宿して人間を襲う死人。それに対抗出来る唯一の武器、キューブ。
キューブはひとりでに使用者を選び、そして選ばれた使用者には、1つの『文字』が与えられる。その割り当てられた文字から想像、連想出来るものなら、何でも作り出すことが出来るという優れもの。
簡単に言えば、連想ゲームのようなこの武器を作ったのが、何を隠そう、目の前にいるこの男だ。
「秀と相沢はなんて書くんだろうなあ」
「秀だってお前と同じ研究員なんだし、似たようなこと書くんじゃねーの?」
話しながら丁寧に短冊へと書き込んでいく斎を見つつ、俺も筆箱の中からペンを取る。
「かもなー。じゃあ、相沢は?」
「未来は……」
ストイックで、正義感溢れる心優しい俺の幼なじみ。あいつならきっと
「「皆を守る強さを手に入れられますように」」
考えたことは同じだったようで、全く同じ言葉を言った俺たちは少し苦笑した。
「で、土屋は?」
「……ん。これ」
自分の分を書き終えたようで、下校する準備をしだす斎は俺に再度、願いごとを聞いた。まあ、斎に見せるぐらいはいいかと思い、自分の手元にある短冊にペンを走らせる。
「……泣かせるねぇ」
「うっせ」
俺の書いた文字を見て微笑を浮かべる彼は、「でももう少し丁寧に書けよ」と呆れた声で言った。
「わざとに決まってんだろ」
パッと見では何を書いているのかわからないほどぐちゃぐちゃに書いた文字。それは、廊下に置かれている偽物の笹に吊るされることを想定して、誰かが見たときにすぐには読めないようにするためだった。
「りゅうー。いつきー」
自分も帰る用意を始めたと同時くらいに、廊下側の窓から聞き慣れた声が俺を呼ぶ。その声の主は、俺の幼なじみ、相沢未来。そして、その横にいるのは秀。どうやら先に願いごとを書き終えて、迎えに来てくれたようだ。
「今日晴れてるよね。星、見えるかな?」
急いで鞄を持って廊下に出た俺と斎に、未来は少しワクワクしているような顔で言った。
「さぁな。死人が出るようになってから、星なんて見てる暇なかったしなぁ」
「討伐当番じゃない日は普通建物の中にいるから、外を見ることも無いもんね。僕は暫く見てないかな」
曖昧に言う俺の代わりに、秀が最近のことを思い出して未来にそう答えた。それを聞いた彼女は、仕方ないよねとでも言うように、少ししゅんと項垂れた。
そんな様子を見て、俺はある事を提案する。
「せっかくだし、高いところにでも登ってみるか? 家の屋根の上とか、どうだ」
「うん!! そうしよう!?」
お、おう。
あまりグイグイ来るタイプでは無いはずの未来は、珍しく俺の誘いに身を乗り出すようにして賛成する。その様子に斎と秀が笑って、あんまり夜更かししないようにねと、念を押されてから各自帰路についた。
その日の夜、ご飯を食べ終わって、長居する気満々の未来は風呂も済ませてからあれやこれやと色んな物を持って俺の部屋に来た。
「なに沢山持ってんだ?」
「えっとね、とりあえずお茶でしょ? 夜食でしょ? あと、カメラと枕と布団。それと」
「茶とカメラだけにしろ」
秀が気にかけていた通り、完全に夜更かしする気満々の用意をしてきた彼女の荷物を預かって、両親に一言、上に行くと伝える。ちゃんと俺の言った通りに2つだけを持って後ろをついてくる未来は、いつもより少し子どもっぽいというか、可愛らしい。
階段を上って、三階建ての我が家の窓を開ける。時間は21時。日は出ていないし、夜風もあるから結構涼しく感じる。
窓の縁に足をかけ、頭上にある屋根の端っこを手で持ってくるっと一回転することでそこに登る。そのすぐ後、同じようにして屋根の上に降り立つ未来と一緒に並んで座った。
「……見えないね」
空を見上げる未来が口を開いた。
「そうだな。曇ってるわけじゃなさそうだけど」
暗い夜空には、丸い月が浮かんでいるだけで、他には何も見えない。時折、そこを飛んでいるのであろう飛行機の音が聞こえるだけだ。
「ずーっと昔は満天の星空だったらしいけど、本当かな?」
「さぁな。何なら、何年か前はもう少し見えたらしいぞ」
「……それが、今はひとつも無いなんてね」
寂しそうに静かに言う未来と、暫く他愛のない話をする。今日あった事。新しいクラスの友達の事。去年と今年の違う事。……来年の事。
周りの家の電気が消え始めて、どこかに星が見えないか、もう一度探しはじめた彼女に追い打ちをかけるように、少し遠くでドォンという鈍い爆発音が聞こえた。
「戦ってるね」
その方角を、未来は先程までとは全然違う鋭い眼光で見た。時計を見ると、深夜0時を回ったところだから、死人が現れて今日の当番の人が戦っているのだろう。
暫くじっと動かないでいる未来は、戦闘の音が聞こえなくなるまでそこから目を離さないでいた。
「……聞こえなくなったな」
「うん。勝ったみたいだね」
安心したように俺の横でうんうんと首を縦に振る未来は、改めて空を見上げ、くすっと小さく笑った。
「……中、入ろうか」
外に出てから3時間以上経つが、未だに光るものを見つけられないその光景に、彼女は悲しそうに言った。持ってきたカメラと、空になった2人分のお茶のボトルを手に取って立ち上がったその背中に、少し考えてから声をかける。
「未来、ちょっと付き合えよ」
「へ?」
目をまんまるにしてこちらに振り向いた未来の、手に持っているカメラとボトルを許可も取らずに奪い取る。そして落ちていかないように、比較的平らになっている所へ置いてから俺は腕を広げた。
「ちょっとこっち来い」
「え、なに?」
「いいからいいから」
不審そうな表情を浮かべながら俺の言う通りこっちに寄ってきてくれる、自分よりもずっと小さな未来の体を、俺は優しく抱き上げた。
「な、なに?」
「目、つぶって」
珍しく恥ずかしそうにする未来を見て、俺も気恥しい気持ちになるが、それをグッと抑えて落ち着いて言う。
なにがなんだかわからないとでも言うような顔をする未来は、戸惑いながら目を閉じる。
それを見たあと、俺は腰に付けていたキューブを展開して、左の手のひらに、俺の割り当てられた文字である『炎』の刻印を浮かばせる。
「【花火】」
一言言って、自身の足にパチパチと火を放つ花火を作り出す。これは俺のキューブを使用しているときの移動手段のひとつで、火の勢いを使って空中を飛ぶことができる技だ。
未来をしっかりと抱きしめて、足がついている屋根から軽く跳び上がり、花火で空高く上空へと飛ぶ。
月しか無い寂しい夜空に、俺は最近覚えたある言葉を投げかける。
「【煌星】」
素直に目を閉じ続けている未来に、「開けていいぞ」と言うと、彼女は恐る恐る目を開いた。
「……う、わぁ」
驚いた彼女の青い瞳に映るのは、先程までは無かった満天の星空。月しか無かった暗い空は、夜空にきらきらと輝くたくさんの星を意味する言葉、煌星によって、本物ではないが美しい星空へと変わっていた。
ただ、漢字に『火』が入っているから、『炎』からの連想ができただけのこと。ただそれだけではあるけど、今の彼女へのプレゼントとしては、まあ、良さげなんじゃないかと我ながら思う。
「本物の星空は見せられないけど、キューブで作る星も悪くはないだろ?」
「……隆」
1本取られたと少し悔しそうな、だけど嬉しそうな顔をする未来に、俺はドヤ顔で返してやる。
「そういえば、今日の短冊、お前何書いた?」
「あー、持ってるよ、今。……叶っちゃったけど」
何で持ってるんだよというツッコミを入れたい気持ちをぐっとこらえ、ポケットに入れられて少しくしゃっとしてしまっている彼女の短冊を見せてもらった。そこに書かれた、綺麗な字。それは、『隆と星が見たい』
「……何書いてんだよ、バーカ」
「いいでしょ別に。私が何書いてても」
恥ずかしさを隠せずに、お互い顔を見ずに星だけを見る。未来がいつもより感情豊かなのも、普段しないようなキザなことを俺がしてしまうのも、多分、七夕なんていうイベントのせいだ。
「ねぇ、隆は? 隆は何書いたの?」
あ、やばい。
「秘密」
「ひどい! 私の願いごとは見ておいて!」
「うっせぇ! 持ってきてる未来が悪いんだろ!」
ダメだ、ダメだダメだ。あれは絶対に教えない。お前にだけは教えてやらない!!
絶対教えないと断固拒否する俺に、未来が腹いせのように腕の中で暴れ出す。
「このっこのこのこのっ!!」
「ちょ、お前暴れたら危なっ」
静止させようとしたその時だった。
「わあぁぁあああっ!!」
「未来ーーーっ!?」
言わんこっちゃない!!
暴れすぎて支えきれなかった俺の手から、未来が滑り落ちていってしまったのだ。上空から勢いよく落下していく未来は、叫び声を上げながらどんどん小さくなっていく。
「っの、アホ!!」
落ちていく未来のもとへ、花火を下向きに使って瞬時に飛んでいく。地面まであと数メートル、もう少しでマジで地面と衝突してしまうぐらいのギリギリのタイミングで追いついた俺は、彼女を庇うようにして抱きしめる。俺が地面側に、未来が俺の上になるようにふたりの体の位置を変えた瞬間、ドサッという音とともに背中に鈍い痛みが走った。
「いってぇ……」
「ごめん」
どうやら上手くいったらしく、少し背中がジンジンするくらいで、俺の上にいる未来は無事なようだ。だけど、どこか頭のネジでも吹っ飛んでしまったのか、謝ったそのすぐ後ぶふっと吹き出した未来は、我慢できないと言うように笑いだした。
「あはは! おっかしい! あはははっ」
あまり見せない大声で笑う姿を見て、脳裏に浮かぶのは自分が書いた短冊の願いごと。
「笑い事じゃねぇよ、ったく」
軽く文句を言う俺に、彼女は笑いながらもう一度ごめんと言った。そして、全く悪いと思っていないような満面の笑顔で、彼女は礼を言う。
「ありがとう。願いごと、叶えてくれて」
「……おう」
その言葉に照れてしまっていることを悟られないように、目を閉じた。
俺の願いごと。それは……『未来がずっと笑顔でいられますように』
そんな俺の願いなど全く知らない未来は、綺麗な星空の下で、暫く笑い続けていた。
ご覧いただきありがとうございました。
こちらの世界は、『碧眼の彼女』という題名で現在連載しております。良ければそちらも見てくださると嬉しいです。