伝わることへ
目が覚めると、アンが横に寝そべり、上目遣いでニコニコとこちらをみている。これは死に戻りか? いやいやそれはまずいぞ、難しいゲームは何度もやってクリアする方じゃない、さっさとあきらめて次のゲームに手をだしたり、しばらくゲームはしなくなる人間だ、解けないパズルに必死に挑む主人公キャラではない、と思う。いや仕事なら、しかたなくやってたか、追い込まれれば、しかたなくやるかな。
アンをよくみると、髪も編み込まれきちんとセットされ、ネックレスもして、服もきている。寝室の扉の前には、見慣れない木箱が積み上げられ、外は朝のようだがかなり時間がたっているようだ。あの黒い液体はいったいなんだったんだろうか、薬だったのだろうか、特に自覚する病状は無かったように思えるが、分からないことを悩んでもしょうがない、アンが俺を毒殺しようとしたわけじゃない事が分かっただけでいいとしよう。アンの頭をなで、俺の可愛い天使、そばにいてくれるだけでどれだけ幸せか、君に伝えたいとつぶやく。
するとアンの目が一瞬大きく見開き、俺の胸に顔をうずめ、すぐに離れると下を向き部屋をでていく。そしてすぐに戻ってくると、ベッドの上に寝ている俺の上に乗って、目を合わせ、すこし右下に目線をそらす。なにかとてもいやな予感がする、これはもしかしたら。
「ごめんない!」
そう言って、俺の胸に額をおしつける、彼女の声は、見た目よりもかなり可愛い、高めの声。
「聞こえる、わかるよ、ちゃんとわかる!」
「ごめん、起きたら先に言葉分かるって言わなきゃいけなかったのに、その、あんなこと言わせてしまって。」
あんなこと、あんなこと、あらため言われるとさらに恥ずかしい、とりあえず言ってみたいセリフだったが、なぜそんな願望があるかといえば、実際には言えないからであって、言ったら、その顔でそんなこと言う! とか言われて笑われるだけだと、きちんと自分の立ち位置がわかっているからであって、人に言うセリフではなかったのだ、死に戻りでもいいから時間を巻き戻してほしい。
「もしかして、あの黒い泥みたいのが、言葉が分かる魔法の薬だったのですか?」
なぜ俺は敬語に?
「そ、そうだね、魔法ではないかな、普通の薬なんだけど、舐める程度に、ちょっづつ飲んで欲しかったんだけど、あれじゃわかりずらかったよね。」
アンは、起き上がり、目を合わさずに照れくさそうに説明する。おっさんの医者に言われたらまちがいなく訴訟の準備に入るところだが、今は彼女の罪悪感をすこしでもやわらげることが大切だ。
「ごめんない、俺はそんなにカンがいい方じゃないので、まぁ生きてるし、大丈夫でしょう」
そう言うと、アンは少し気まずそうに、次の言葉を探している。
「実は、少し心臓止まった」
「まじか! 少しって、どれくらい?」
「ダイジョブ、ダイジョブ、ほら特に自覚ないでしょ?」
「もしかして、ゾンビとして復活したとか?」
「ちゃんと生きてるから、私の体温感じるでしょ?」
感じるというか、そうじっくりと考える間もなく、彼女はいたずらっこの笑顔で、腰を少し動かす。そうだった、さっきからびっくりして忘れていたが、彼女はベッドで寝ている俺の、腰の上に座っている。
「ちょっと待って」
この後の未来が見える、それはすこし厳しい現実がまっている、今ここで軌道を修正するのだ、すこしやさしく、かるくだ、かるくいえばいい、たぶんそのはず。
「なーに? いまさら、男の子が好きとか言わないよね?」
なんだろう、出だしでは、可愛い声だったのに、語尾は死神かと思うほどの迫力が、どうやら軌道修正をする権限は持ち合わせていないようだ。
「そういうことではない、ですよ」
「じゃ、よし」
なにがよしなのか分からないまま、長い2ラウンドを戦う、本当のボクシングならタオルが投げ込まれるか、審判が止めてくれたはずだ。




