モーニングコーヒーへ
目が覚めると、横に寝そべるアンが、上目遣いで俺の顔をみている。俺の手をとり、自分のほほにあてると、満足そうにゆっくりと目を閉じる。この可愛すぎる生き物は、いったいなんだろうか、妖精とかではなかろうかと、疑ってしまいたくなるが、昨晩のベッドの上の行動はまったく別の生き物だった。簡単に表現するなら、自分が空腹のライオンの檻に投げ込まれた塊肉になった気分、こっち側の世界の女性はみんななのだろうか? それとも向こうでの経験は、すごく希少なパターンだったのか? 昨日の照れてるように見えた動作は、とびかかるタイミングを見計らっていただけに思える、キスしたことでなにか大事な鎖を切ってしまったのだろうか、そう考えると彼女のせいではない。わかってはいるのだが、いいよと言ってホテルに行ったのに、後日訴えらえる男性がいるらしい、いまなら訴える女性の気持ちが理解できる、気がする。
しばらく俺の手に柔らかいほほの感触を焼き付けたあと、俺のほほに軽くキスをして白シャツ一枚で寝室からでていく。あのシャツずっと着ていたような、ボタンは無残に床にすべて転がっているが、一度も脱いでいない、背中に竜とか虎の素敵な絵柄があったりするのだろうか。それはそれで、ちょっと興奮するが、ちょっと引くかも。そもそもアンがこの小屋に泊まっていったこと今迄は無い気がする、覚えているうちではだが、泊まっていってもよかったわけだし、なぜ今まで襲ってこなかった? 理性が無くなり襲い掛かってしまうほどの魅力は俺にない、一時でもそんな時期を味わってみたいが、現実は酔ってノリの良くなった女性以外と寝た記憶は、昔々あったかもしれないぐらいしか残っていない。
考えても彼女の行動は理解できない、話せたとしても解決するとも思えない、俺がケンに止められていたように、誰かに止められていたのだろうか? だとしたら、俺からキスするまでとか条件付きだったのか? それにしても、あの時のキスはなんだったんだろう、酔ってキス魔になるってクレームは受けたことがないし、初めてキスするときに緊張せずにあんな自然に出来るほど、多くの女性と付き合ったわけじゃない。俺は誰に言い訳してるんだろうか。
アンがマグカップを一つ持って入ってくる、カップは二つあるはずだし、ここは目覚めのコーヒーを二人で飲む場面では? そんなことしたことないけど、映画とかドラマとかではするって事になってるよね? 彼女がカップをベッドサイドに置くと、もっと大きな疑問が浮かび上がる、まずはコーヒーだという思い込みから正さなければならない。
マグカップの中身は見た目はコーヒーのように黒い液体だが、不自然な粘度がある、彼女がカップを置いた時すこし傾いた液体が、水平になるのに不自然な時間がかかった。カップを手にとり、すこし揺らすと、飲めなくはない粘度であることがわかる。そしてすこし持ち上げると、強烈な生臭さが襲い掛かる、この二点から察するに飲んではいけない物であると判定。しかし、顔をあげるとアンが片目をつぶり手は、ちょっとを示すであろうアルファベットのシーの文字を表す。ちょっと苦いということだろうか、そんなことよりも何故これを飲ませようとするのかな? 手をだしたら、死んで詫びる必要があるような偉い人だったとか? ケンの指示の理由はこれだったのか? 昨晩のベッドでのスキル不足が原因で、殺意が臨界に達するほどだったか? 最後のやつなら、言葉が通じないことがせめてもの救いである。
なんの責任かは不明だが、責任はとらなくてはならない、カップを顔に近づけるとさらに匂いが濃くなる、数回息を吸い込むと、どうやら嗅覚が壊れたようで何も感じない。危険だとさらにわかっただけだが、今更止めるわけにはいかない、いっきに飲み込みにかかる、口の中に絡みつく粘度と、強烈な苦み、その味に慣れる前に、胸に強烈な痛みが走り、ベッドに倒れる。アンが駆けよってきて俺の胸を押さえている、体には力が入らず、体中の皮膚が燃えるように熱い、痛みに耐えるために歯を食いしばることも出来ない、落ちてくるまぶたの隙間から見えたのは、焦って取り乱し涙を流すアンの泣き顔だった。




