赤目へ
しばらくして、騎兵がなにか叫びながら通り抜けていく、すると座り込んでいた者達が立ち上がり、林とは反対へ歩いていく。これは撤収か、再集結して再戦だろうか、どちらにしても通訳無しではどうしようもない、分からなかったと言えば軍法会議で首が飛ぶこともないだろう。
パラパラと移動が開始されると、二人の女の子が荷馬車に近づいてくる、一人は足に怪我したようで、もう人が肩をささえている。荷馬車の横までくると、支えられたほうの女の子がなにか話しかけてくる、もしかしたらケンの手配した相手かと思ったが、どうやら違うようだ。聞こえないし、しゃべれないと身振りで伝えると、必死に林と反対を指さす。首を横にふると、しばらくして手をだしてきた。戦友の挨拶かな? 手を差し出すと、両手で掴み目をつぶりなにかしゃべっている、いや祈っているようだ。彼女は手を離すと、手をふりさっていく。
なんだったんだろう、彼女が握った右手が軽い気がする、痛みもすこしやわらいだような、これは回復魔法? いや、そんな大げさなものではなかった、力を入れると激痛が肩まではしる。女の子に手を握られて、気分的に回復した気分になる、偽薬でも病気が治るってやつだろうか。しかし、強烈な筋肉痛のような物だろうか、指が動くがまるでロボットのようで、感覚がおかしい。魔力は外部からの傷を負わないだけで、筋肉へのダメージは回避できないのか、シップとサロンパスがほしい。
この状態で乳をもんだりしたら、ちゃんと感覚がわかるんだろうか? などと考え、その状態を詳細にシュミレーションして指を動かしていると、さきほど支えていたほうの子、かもしれない女の子が馬を引いてもどってくる、正直みんな泥やら血やらで、見分けがつかない。引いてきた馬の手綱を手渡すと、敬礼して去っていく。なんだろう、もう馬付けて帰れってことだろうか、それなら荷馬車につないでほしかった、やり方わからんし。とりあえず手綱を荷台に縛っておく、この馬って来た時の馬と違うような? それと、この手の動きに対して、ツッコミはなしなのか?
さらに時間が過ぎ、戦場にはほとんど動く人影はいない、担架を担いで林近くを歩いている男女の兵隊が見える。まだ生存者を探しているのだろう、その後ろ姿は悲しそうに見える。もう少し命中率が良ければ、指示もなく群れに矢を撃ちこんだりしなければ、なにも分からないままに、後悔だけが残る。
突然担架を担いでいた二人が地面に伏せる、なにが起きたのかと目をこらしていると、ピントが合う前に、冷気に包まれたような寒気が全身を包む。見えない霧が、森からあふれてきたようだった。見渡すと、林と反対向きに走り出す兵隊が見える、この感覚は誰でもわかるものらしい。
あらためて目を凝らして、林を確認すると黒い物体に視界が遮られているのかとおもったが、目線を少し上げると赤く光る目が見える、まさしく赤目だ、なんて手抜きな名前だと思いながらも、自分もそう名前を付けるかもしれないその熊は、建物3階はゆうに超えそうな大きさ。ケンが言った通り、俺が呼び寄せてしまったのだろうか?
とりあえず、あの大きさだし、俺のようなスコープモードに入る目を持っていなければ、相手にはまだ見えないはず。弓をかつぎ、数本の矢を握りしめ、手綱を引き寄せ静かに馬にまたがる。俺の放つ矢に毒があるとしてもあんなのに効くとは思えない、さっきの戦闘でもたまに現れる大型の狼には効果が見えなかった。ここはさっさと脱出させてもらおう。
効果があるが分からないが、とりあえず死んだふりをして、馬を林と反対へ向けようとする。しかし、くるくると回るだけで、上手くすすまない。ちゃんと起き上がらないと無理かと思ったとき、先ほどから伏せていた、担架兵の男のほうが立ち上がり走り出した。巨体のわりに素早い赤目はその後を追いかける、追いつかれると諦めたのか、振り返り、熊の振り下ろしを避ける。何度か素早い動きで避けるが、ほんの少し動作が遅れ、悲鳴とともに林の奥へと飛ばされていく。あれが英雄願望か、馬鹿げた欲だ、死んだらだれも守れないし、死んで勲章もらってなんになる、無駄死にだろう。赤目は、獲物をしとめたのが嬉しいのか、なにやら空に吠えている。
前歯がカチカチと音を立て体から痛みが消える、人間は便利な生き物だ怒りで体を満たせば頭をメインで使う以外の仕事は何とか出来る。先ほど見渡した時に、左前方には誰もいなかった、林近くまで走って注意を引けば、彼が助けようとした担架兵の女の子は助かるかもしれない。引き返していった奴らも助かるかもしれない。いいね、俺も英雄願望に毒されたか気分は悪くない、気持ちいいまま死ねるならなんの不満もないだろう。そう自分に語り掛け、馬の腹を蹴ってみる、右手にある矢は5本、せめて矢筒は作ってもらうんだった。




