地獄へ
何か置く音がして目を開けようとすると頭の奥に痛みが走る、手を額にあてるとドアの開く音と走り去る足音。
ゆっくりと目をあけると随分と大きなベッドの上に寝ている、起き上がって見回すとホテルの部屋だろうか小さなテーブルに水差しとコップが見える、安いラブホテルとは違った落ち着いた豪華さがある。
これは酔ってさっき出ていった誰かと来たのだろうか、週初めの長い朝礼で記憶が途切れている、ついに仕事がいやになってやけ酒でも飲んで女と、そんな若い時ならあったかもしれないがもう10年近く前の事だ強引な事をしてないのをいのるしかない。高そうな部屋を選ぶぐらいだからいい女だったんだろう、覚えてないのはもったいない。
立ち上がってみようと体をひねると、頭以外にも背中や腰も痛い。どんだけ激しく、いや久々だったからだろうか。とりあえずシャワーをと、ベッドに腰かけたときドアが開く。
よ!と声をかけてきたのは、ぱっと見は、中学生ぐらいの男の子かと思ったが、手に持った日本刀と、するどい目つきから、それが間違いだと気付かされる。
思わず、ベッドに腰かけたまま壁際まで下がる。入ってきた男は、すぐ手前まで歩いてきて、ケンだ、よろしく、名前は? と口元だけ笑ってみせた。
これは、つつもたせってやつなのだろう、もっている金でゆるしてもらえることを祈り、本名をつげると、長いなヒロでいいか? と言われ、うなずく。
しばらく、不自然な沈黙が続き、恐怖が増していく、こっちがなにか言うのを待っているのだろうか、わざわざ聞かれていない情報を渡すのは、危険な気がする。彼の右手が、ゆっくりと左手にもってる日本刀へのびる。
「まっ……」
右手で遮る前に、左の首筋に刀の刃が押し付けられる。もう交渉なんて考えは、捨てなければいけない。言い値を用意するしかない。
「何人殺した?」
「……そっちの、話?」
つつもたせのほうが良かった、数年前の事を今更精算させてられるのか。警察につかまってさらし者になるよりか、魚のエサになるほうがましか。
「5人……」
「なんで殺した?」
「……バイクの音がうるさくて、すこし睨んだら、付け回されて、裏道にさそいこんで、立てかけてあったバットで頭を、ちゃんと新品かってもどしとい……」
そっと刀が首から離れる、彼から満足したという表情が伺える。
「そっか、たしかに殺したくなるな、俺も向こうに後数年いれば、同じことしただろうよ」
「ん? 俺が殺した人の知り合いとか、関係者では?」
「違うよ、心配すんな俺も殺してる」
いや、心配しますよ、人を殺したって人が日本刀持ってたら。関係者じゃないなら、なんで首筋に刃を?
「あの、さっきさ、こっちって言った?ここって、すでに国外?」
「まぁ外国よりは、遠いかな。よくわかってないけど、たぶん地獄って表現が近いかな」
地獄かぁ、そらそうだよね、いいことした記憶ないしね、どんなんだったけ地獄?
「なんか思ってたのと違う、鬼とかいて、ずっといじめられるイメージだったけど」
「鬼か、いなくはないかな、魔物って呼ばれてる」
「魔物?手が数本あったり、棍棒もってたり、これは鬼か」
「武器もってるのには、会ったことないかな、いろんなのがいるらしいけど、大抵は肉食系のでかい獣だな」
「でかい獣? って、どれくらい?」
「狼なら、馬ぐらい。熊なら、建物3・4階」
まったく信じられないが、冗談いってるような顔じゃないし、そもそも冗談言うようには見えない。
「ふざけた事言ってるな、このガキって感じか?」
「いやいや、そこまでは思ってないけど、正直いえば、俺の頭では処理しきれない、かな」
「そうか、珍しく外見で判断しないタイプだね、このなりだと結構バカにしてくるやつおおいんだよ」
その鋭い目つきと、日本刀がなければ、俺だってこんな態度ではない。
「証明してあげるよ、腕、まっすぐ横にのばして」
言われた通りに、横にのばすと、日本刀を抜いて刃をのせる。
「動かさないで、よく見てて」
言われなくても、こんな状況では動けない。
ケンが少し刀を引くと、痛みが走る。しかし、血はでていない。いま確かに、すこし痛みを感じたが、なぜだろう、ケンの顔をみると、まだだと言うように、すこし顔をふる。
いやな予感しかしないが、ケンがまたすこし刀を引くと、今度は血が、溢れる。痛みで、腕を下げ、傷をおさえる、こいつは何を考えて。人殺しの考えなんて、わかるわけない。いや、俺もそうだが、わからん。
「何がしたいん?」
「よく見て、もう痛みもないでしょ?」
そう言われて、手を離すと、確かに痛みは無いし、血も傷もない。
「なにかの手品?」
「いや、ちゃんと痛みあったでしょ?こっちだと、みんなが魔力って呼んでるもんで、体が守られてんだって。だから、最初に刀動かした時は、血もでなかったでしょ?」
「痛みはあったぞ」
「体の反応なんだろうね、すぐに消える」
「2回目切れたのは?」
「それは、刀に魔力を込めたんだだよ、そうすると、傷をつけられる、慣れればあんたにもでもきる。心配しなくても、大好きな人殺しもできるよ」
「いや、そんなに好きってわけじゃ、魔力を込めるねぇ、実際みてなきゃ信じられんが、そうなんだろうな」
「なんでかは、よくわからないけど、そういう事。そして、傷もすぐ治る」
「それは、死なないってこと?」
「いや、なんども切られれば魔力がへって、そのうち血も止まらなくなる。そしたら、普通に心臓も貫けるし、首も落とせる。」
「えぐいな……」
「肌の下に鉄板があって、何回かは守ってくれるってイメージだな、そして向こうから落ちてきた人間は、総じて魔力が高い、よかったな」
「落ちてきたって、そうじゃない人もいるってこと?」
「そうじゃない人間がほとんどだな。落ちてきてすぐの奴は数人みたが、長くいるって奴には会ってない」
「……それは、死んでるってこと、地獄で?」
「こんどこそ、しっかり死ねるってことかも。魔物もいるし、飽きもせずそこら中で戦争してる、油断してれば盗賊に殺される、そんな世界だからな、知り合いもいない、力もない奴が生き残るのは厳しい」
すぐ死ぬにしても、あの地獄のような日々から解放されただけでも良かったか。さっさとあんな仕事やめてしまえば、死なずにすんだんだろうに。
「さっきの、魔力が高いってのは、メリットあるの?」
「実際には、そんなでもないかな、剣が使えなきゃ、結局ダメージ多くもらうし、込める魔力も鍛えないとおおく使ってしまうから、気分的にすこし得かもぐらい、正直いえば剣が使えるかどうかのが大事だな、使える?」
「中学ん時に剣道やったぐらいだな」
「それは、厳しいかな、少しぐらいなら稽古してあげれるけど、生き残れるかは、運しだいだな」
「ここが地獄だとして、なぜ俺なんかに、その、世話をやく?」
「同郷のよしみってやつかな、たまには向こうの話をしたくなるんだよ、続きは飯食いながらにしよう、そこのクローゼットに服入ってるから、着替えて」
「そっか、ありがとう。こっちの世界って、なんて言うんだ?」
「それは、地獄だからヘルだよ」