日常の終わり
「おおー………いや、何コレ?」
勇者が意味ありげな言葉と共に自信満々に取り出したのは一枚の小さなメモ用紙。そこには勇者の手書きらしい文字が書いてあるだけだ。
そのメモの内容に意味がわかるような単語は一つもなく、強いて言うなら呪文のように見えなくもないものが書いてある。
「聞いて驚け!今日のはなんと異世界由来の『魔法』だ!!」
「…へー」
うん、まあわかってはいたが…また魔法か。
「なんだよその反応の薄さは!魔法だぞ魔法!しかも今回のは異世界に関係する魔法だぞ!!」
「ウンソウダネー」
魔法ってだけでもアレなのに、そこに異世界を持ち込まれたらさすがに…ねぇ?
「アレってなんだ!お前はやっぱり魔法の偉大さをわかっていない!いいか、魔法ってのはな!カッコよさと可愛さと夢と希望と強さと世界の真理とその他諸々を全て持ってる完璧な存在なんだぞ!魔法が放つあの輝きに魅せられて無事でいられるはずがないね!一見機能を度外視されてカッコよさだけを求めたような呪文も––––––」
始まった。神野勇者という人物を語る上で決して外せない要素。
これさえなけりゃ顔はいいし運動神経も抜群。身長も高くそして人格も優れていて顔もいい、完全な優良物件だと女子が噂するほどの人材だというのに一向にモテない最大の原因。せっかくの父親譲りの金髪碧眼が台無しである。
神野勇者は、魔法が異常に好きなのだ。
いや、正確にはモテないわけではないのだが、その全てがまだ彼をよく知らない、外見だけで判断してるやつばかりだ。彼のことを少しでも知るとその常軌を逸した魔法への熱意にドン引くことになる。
しかしそれでもイケメンとは卑怯な生き物で、そんなとこも含めて愛してみせる!というツワモノがごく稀に現れなくはないのだ。だが、まずは友達からと彼と1週間2週間親しくしてみて初めてわかるその狂った魔法に対する情熱は、あの「狂気の恋愛病患者」が狂い負けて泣いて謝ったほどだという。
これを聞いた時俺はまず同級生にそんなバカみたいなあだ名…というか二つ名をつけてることに驚いた。ついでに勇者はともかく俺にもついてることがわかって驚きは絶望に変わった。
なんだよ「絶対不変の真理者」って。「狂気の恋愛病患者」より中二度上がり過ぎじゃないか?勇者とかに付けられるならまだしも、勇者と違って平均的な身長で平均的な成績の黒髪黒目という普通の見た目をしたどこからどう見ても平凡な高校生につけられるあだ名では断じてない。
ちなみに由来は勇者の親友というポジションを得ても、唯一正気でいられるからだそうです。勇者許すまじ。
そんなことを考えていたらどうやら勇者の演説はやっと終わったらしい。こちらを何やらやり切った顔で見ているが…悪いな、完全に無視してたわ。
「んで、結局その異世界の魔法様とやらがどうしたって?」
余計なことを突っ込まれる前にこうして適当に魔法の話を振ってやる。するとなんということでしょう、彼の表情がどんどん狂気に満ち溢れたものに。
「やっと興味を持ってくれたか!いや、ついに自分に正直になったんだな! 聞いてくれよ!この魔法はな、昨日俺っちが古本屋に寄った時に見つけたんだ!本当はこれが書いてあった本自体を買いたかったんだけど、その時はキレイに10円足りなくて…しかも、今朝行ったらなくなってたし…」
そう言って本気で悔しそうな顔をする勇者。何ならちょっと泣きそうだ。
「だが!それでも俺っちはこいつだけは覚えていた!!」
涙を振り払うような動作をすると、力強くドヤ顔をかます。
こんなわけのわからない長ったらしい文字の羅列を覚えていたのか。相変わらず魔法に関しては人間やめてるな。でもドヤ顔腹立つ。
「こいつは詳しい説明もなく、ただ"異世界の魔法"とだけ書かれてたんだ。だが、それを見た瞬間俺っちの中でビビッと来たね!」
絶対怪しい電波受信してるだろそれ。
「ええいそんなこんなでつべこべ言わずにレッツ詠唱!」
「段階飛ばしすぎだろ!?」
こいつさては説明してる最中に我慢出来なくなって来たな。
「イェース!イグザクトリィ!」
正直俺も異世界の魔法とやらに若干以上の興味はあるが、胡散臭さが勝っててなんとも…
「まあまあ、とりあえずやってみりゃわかりますって凪さんや」
「………そうだな、やるか」
こいつの言うことに賛同するのは癪だが、実際やってみなきゃ何もわからないのだ。
2人の意見を一致させあまりにも興奮状態にある勇者を魔法(物理)で大人しくさせ、とりあえず詠んで見ようとお互い息を吸った、その時––––––
「っ!?なんだ!?」
「これ…は……!」
急に視界が真っ白になる。
いや、違う、真っ白になってるのはそう錯覚してしまうほどの輝きに教室が包まれたからだ。
急な出来事に教室に残っていた数人の悲鳴が聞こえてくる。
「おい勇者!なんとかしろ!」
「ちょちょちょ!何、何なんですか!?俺らまだ何もしてないですよ!?」
くそっ、ダメだ。勇者はテンパったり興奮した時に敬語もどきになる癖が出てる。こんな時の勇者じゃないのかよ!
そして目も開けられないような輝きの中、俺はそれを見つける。
「勇者ぁ!!」
「はい!?何すか凪さん!」
特に大きな音がしているわけでもないのについつい叫んでしまうのは、どうやら俺も混乱しているみたいだ。
俺が見つけたのは光の真ん中にあり、どうやらこの光の光源らしいどこかで見たことのあるような、所謂魔法陣と呼ばれるものだった。
つまり、
「喜べ勇者!これの原因はどうも魔法っぽいぞ!」
「マジっすか!?やっぱりっすか!?!?」
こんな何が起きるかわからないような状況で、素直に喜べるとは随分と頼もしいな。頼もしいついでにこの状況をなんとかしてくれると嬉しいんだが。
「ついでに勇者ぁ!!」
「何!?今の俺ならなんでも出来る気がしまっせ!」
「どうやら…タイムリミットのようだ」
「どういう––––––」
一際強く魔法陣が輝きを放ち、
そして、世界が暗転する。