夏の原野の伐採
前線基地の予定地は、兎村から東約9㎞の位置だ。マエユキさんの表現だと『兎村南の山裾を渡りながら東に2、3刻進んだ先に、大きな谷間があるからそこを南に回り込めば、川と丘が揃った適地がある』だ。
訳が判らない。実際、上空から見た限り、似たような谷間が複数あって、初見だと確実に迷うだろう。そのため、最初は、猪村の偵察隊の者について行くしかない。
8月14日、最初の本格的設営班100名が前線基地に向かい前進を開始した。ワシも飛行の魔術で一飛び、先回りする。なお、予定地には、前日から20名が野宿をしている。最も、パワーのあるワシを有効活用する為だ。
先行班を含め設営班は、野宿する。日帰りでは、作業時間が確保出来ない。一方、ワシは、日の出と共に兎村を出て昼前に現地に着く。そして、野宿を挟みながら翌昼下がりまで作業をしてから兎村に向かう。兎村には、日没直前に帰る予定だ。
本当は、テントが欲しいが、開発が間に合わなかった。布が薄くて強度が確保出来なかったそうだ。山猫村のネコヅメ村長は、帆船用の帆布を作ってから再挑戦すると言ったが、テントの開発を待って作戦を延期する訳にはいかない。
夏とはいえテントも無いのに野営する者達には、頭が下がる思いがする。
朝一に飛び立ち、10分程度で前線基地予定地に到着した。場所は川沿いで、東に川が流れている。また、高さ2m位の段丘があり、その段丘から北の海岸までは低湿地帯が広がっている。
前線基地の位置選定で、結構な議論があった。川沿いにするか小山にするかだ。
実は南西1km先に陣地にするのに手頃な独立した小山がある。そこは、高さ50〜60mでどの方向から攻められても、敵を見下ろして闘える。
最初は、そこを前線基地にする気だった。しかし、準備を進めていく中で問題点が見えた。川から遠過ぎて、水汲みにも、舟を利用しての物資の輸送にも余分に時間が掛かってしまう。そのため、現在の位置が選定された。そういう経緯から、前線基地付近の川縁には、船着き場も設置する予定だ。
他に、付帯設備として見張り台を2カ所に作る。前線基地の柵の中と西約2kmの尾根の上だ。二つ作るのは、兎村との連携確保の為だ。
兎村との連携を考えると、お互いの物見台が直視でき、狼煙なり旗なりで、最小限の連絡が出来る事が理想だ。しかし、川縁には、そんな場所は無かった。いや、正確に言うと、低湿地で前線基地を作れる位置では無かった。
だから、狼煙台も兼ねて、尾根の上に見張り台を作る事となった。
クドクド、つまらぬ事を考えてしまった。今朝、前線基地予定地にワシが朝早く来た理由は、伐採の為だ。ワシのパワーで兎に角、伐採を進めてしまいたい。予定では、視界の確保も考えて100m四方程度の範囲を整地する予定だ。
聖戦の戦場となるヤマハラ半島は、クニ時代には村々が連なっていた。しかし、何十年も前に全て滅びて無人地帯に変わった。クニ時代の最後の大魔術士フブキ様が戦死してからヒノカワ様が世に出るまでの暗黒の時代の出来事だ。
その結果、前線基地予定地は、人の手が入らぬ天然林となっている。何十年も伐採する者が居ない森は、下生えが鬱蒼と茂っている。更に、彼方此方に倒木が雑然と転がっている。夏であることもあり、樹冠も激しく生い茂って、一部は絡み合っているように見える。
非常に伐採し難い状況だ。
前回の大戦の前線基地建設でも、伐採の下準備は大変だった。しかも、今回は夏、前回──約半年前で季節は冬──に、比べても下生えや樹冠が生い茂っている。その対策として、前日から一部の男達がここで作業をしている。下生えの除去だ。
ワシが、鉄の斧と魔闘術を併用すれば、太さ30㎝程度の木なら数分で切り倒せる。しかし、下生えがあると、それを処理する分、時間が掛かり本数が稼げない。前回の基地建設では、その影響で伐採だけで、20日近く掛かってしまった。それなら、ワシが伐採する前に、下生えの処理を終えておけば良い。
「お疲れ様。随分と頑張ってくれたようだね。お陰で伐採が捗りそうだよ」
作業現場に到着したワシは、男達に声を掛けた。
「タツヤ様。タツヤ様の方こそ、これほど朝早くからお出まし頂き、恐縮です。昨日から作業をして、何とか此処まで進みました」
話を聞いて周りを見ると、小屋二つか三つ分の面積を処理してくれたようだ。
「それでは、どんどん行こう、少しでも早く整地して、作戦を次の段階に進めよう」
この場所は、2m程度の段丘によって、低湿地帯と区切られている。恐らく、此処より北の低湿地帯は、川が増水するごとに水浸しになっているのだろう。段丘の前後で植生が明確に分かれている。低湿地側には、背の高い木は生えていない。一方、段丘の上は、結構な密度で木が生えている。倒す方向を少し間違えるだけで、掛かり木になりそうだ。
そこで、掛かり木を防ぐ為に、木を低湿地側に倒していく予定だが上手くやれるだろうか……
◇
上手く行かない。掛かり木だらけだ。
100名の設営班が到着するまでの3時間で13本は、切り倒したが、何本か掛かり木になってしまった。木が倒れる方向を上手く調整するのは難しい。受け口を作っても思わぬ方向に倒れる事がある。その度に、上空からの魔力弾で処理したが、それで結構な時間を消費してしまった。不甲斐ないことだ。
そして、倒した木の撤去も上手く行っていない。計画では、切り倒したら直ぐに5名程度の作業班を張り付け、枝払い──倒した木に残っている枝を切る作業──させ、撤去させるつもりだったが。木を切っている傍で、作業をさせる訳には行かない。余りにも浅はかだった。
そのため、男達には別の位置で下生えの処理をして貰っている。
「段取りの再検討が必要だ。計画では、明日最初の小屋を作るつもりだったが、とても其処まで行きそうにない」
到着した設営班の幹部を集めて、ワシが見通しを報告した。
「悲観的になる必要などない。明日に小屋が出来なくとも、野宿が二晩、三晩に増えるだけの話だ。その程度、皆、経験がある。大した問題ではない。それよりも、全体としてより効率的になる方法を考えるのが先だ」
ワシの補佐でもあるオオカゼさんが、悲観的な顔をしていたワシを励ますように返した。
「結局の所、邪魔な物が多過ぎるのが問題だ。下生え、細い木、絡まった枝。全てが作業の障害になる。先ずは、この下準備に力を入れよう。そうしないと、野宿する場所すら確保できない」
ワシは、そう宣言して、設営班100名を下生えの処理に回した。まず、50m四方程度を処理することを日没近くまで頑張って貰った。
その後、皆に勧められ、ワシは飛行で兎村に戻る事になった。ロクな装備も無い野営。身体を壊す者が出なければ良いのだが……
次は、野営中の襲撃です。




