大船の来航(後編)
時系列的には、この話の後に、フグ村の代替わりの儀に参加しています。
「それほど、怖い目をなさらないでも、主は決して無茶は言いません。ただ、お互いに益のある商売を続けたいだけです」
ワシは、政治家としては非常に未熟だな。通訳にさえ、顔色の変化を読まれてしまう。
「まず、主は謝意を述べておられます。タツヤ殿が多くの村々を繋げて頂いて商売がやり易くなったと。一つの村に滞在するだけで、かなり遠方からも商人が集まってくる。しかも、持ち込まれる商品の量も種類も多くなっていると。
ただ、主は、タツヤ様が商人にも規則を作ったと聞いて、その点で確認せねばならぬ事があると申しております。主は、良き商売の為にはトラブルが起きないようにする必要があると考えています。そのため、タツヤ様が決めた商売の規則を確認したいと」
まあ、新しい権力者が折角の儲けを難癖をつけて奪うのではないか? 商人の視点だと、そう懸念するのは当たり前か。だた、こんな話に軽々しく言質を与える訳には行かんな。
「少し、誤解されている事があるようだ。北部大連合での重要事項は、全て総会で決定している。ワシが独断で決めている訳では無い。
既に決定済みの北部大連合内を行き来する商人の認定制度についてなら、正確な事を説明できる者を、見繕って、後で派遣しよう」
「主は申しております。ご配慮に感謝すると。また、自由商人の制度についてなら、昨日の内にセンカワ村長とハルイ女史に説明を受けて居るので安心して欲しいと。主が確認したいのは、それ以外の点であると」
これは、センテンス数から考えて、船長の言葉では無く、通訳自身による補足だろう。さっきから、あちらの船長が使うぞんざいな言葉を、丸めて通訳しているような気がしていたが、決定的だな。まあ、気にする事でも無いか。それより、事実関係の確認だ。
「センカワ村長。大船の船長は、センカワ村長に説明を受けたと言っておられますが、どの程度までご説明済みでしょうか。ハルイさんまで同席していたのなら、間違いは無いと思いますが、念の為に確認させてください」
「必要な事は、全て正確に説明した。自由商人が不正を犯したなら、事情を確認して北部大連合がペナルティーを科す事があり得るが、それ以外は自己解決が基本だとも説明した。何が、不明なのかわたくしめには良く判らない。
後は、規則以外の事情として、猪村は北部大連合の認定制度を採用している事と、昔と違って大船が起こしたトラブルは一気に北部大連合全体に伝わるので、くれぐれもトラブルが起きないように注意して欲しいという点も説明した」
「センカワ村長、説明ありがとうございます。大船の方々、センカワ村長とハルイ女史が説明した通りです。特に、悩むような事は無いと思います」
「主は申しております。説明して頂いた内容では、我々が何をしても良いのか、何をしたら罪になるのかが全く明らかでは無いと。それでは、安心して商売が出来ないと」
まあ、商人としては当然の意見じゃな。しかし、簡単に応じる訳にもいかぬ。
「センカワ村長が、『くれぐれもトラブルが起きないように注意して欲しい』と説明していたと思う。トラブルも無いのにイキナリ罪に問うたりはしない。それでは、答えにならないのだろうか? トラブルになるのかならないのか微妙な事があるのなら、避けて欲しいというのがワシの本音だが。それでは、何か困るのだろうか?」
「主は申しております。商売は駆け引きでもあると。安く買いたたかれたとか、高値で売りつけられたとか、突然そのような苦情が出されるような事もあると。しかし、それは通常、相手の目利きが悪いだけの話。そのようなトラブルで罪に問われるのは、大変困る事だと」
「横から、口を挟んで申し訳ないが、わたくしめら、猪村の者も馬鹿ではない。余りにも愚かな訴えは、聞く耳を持たない。相場を読めず、倍の値段で買ったとか、半分の値段で売ったとか、そのような商人の器量の問題は、猪村として取り合う気が無い。また、商品をよく確認せずに、交換してしまったとかも同様だ。
そういう事は、商人どうしの駆け引きの範疇だというのは、わたくしめは良く知っている。
そして、大船が来航する村は、皆その程度の道理は弁えておる。
何か、その手の話を針小棒大に、さも大船が一方的に悪いと、タツヤ殿に囁くような阿呆が出た時には、わたしくめから、キチンとタツヤ殿に説明しておく。その意味を含めて、わたしくめ直々に説明したつもりだったのだが、理解して貰えなかったのだろうか?」
「主は申しております。それは、タツヤ様も了解の事なのかと? 例えば、タコ村では、20年近く前に、奴隷取引が禁止された。奴隷売買で罪に問われるのか否かは、主にとって重大な関心事だと。此方で仕入れる事の出来る商品で、最も価値があるものは奴隷なのだから」
やはり、焦点はそこなんだろうな。
「何とも、即答し難い問いだな。特に、今回の猪村での取引では無く、今後の話だとすると、何とも答えようが無い。今回の猪村での取引については、ワシはセンカワ村長の判断を尊重するつもりだ。何と言っても、ワシは奴隷売買の実情について詳しくない。特に、売られた後で、どのように扱われるのかが全く判らない。蓬莱では、奴隷はどのように扱われるのだろうか? 売り飛ばされた以上、悲惨な目に合うのだとは思うが、具体的に、どのような境遇なのかによって、今後の判断は変わりえるものだと考えている」
「主人は申しております。奴隷として買った以上、それを煮るなり焼くなりどのように扱っても、買主の自由だと。それに、意見を挟んで貰いたくは無いと」
「言い分は判る。だが、仮に、干し肉にされて兵糧にされるとか、妖魔をおびき寄せる餌にされるとかだったら、流石にそんな商売は止めて貰いたいと思う」
「!?!?戦鬼‼︎……戦鬼とは、そういう意味なの……タツヤ様は、恐ろしい事を考えられる。まさか……罪と判断されれば、私もそのような目に合わされるの……悪夢よ……決して、決して、流石にそのようなケースは私も知りません」
通訳の女性は、驚愕の顔になり、役目を忘れて、あらぬ呟きを漏らし始めた。
「済まぬ。少し配慮を欠いた発言だったようだ。10日以内にもう一度、お伺いする事にする。そうだな、今日は此方の暦で7月15日だ。仮に、7月24日に伺う事にしよう。それまでに、主張したい事や説明したいことを整理してくれると助かる。可能なら、事前にセンカワ村長に相談しておいて頂けると助かるが。センカワ村長、お手数をお掛けするが頼めるだろうか」
「了解した。奴隷売買については、此方の島の中でも理解の度合いに大きな差がある。今後、良い商売を続ける為には、キチンと大船側に説明して貰うべきだと、わたくしめも考えていたところだ。わたくしめの方で良く実情を聞いておくので、任せて欲しい」
次は、奴隷売買の是非です。




