大船の来航(前編)
山猫村での会議の途中、ヒノカワ様から突飛な言霊が届いた。
『タツヤ君、今年も蓬莱からの大船が来たけど、どうやら君に会いたいみたいだ。悪いけど、猪村に来てもらえないかな? ああ、多分10日は居るだろうか、あんまり慌てなくても良いよ』
何時もながら、意図がさっぱり判らない。だが、島の外の勢力の情報は、今後重要になるはずだ。ワシは、翌7月15日の朝一に飛行の魔術で猪村に向かった。無論、北部大連合の何人かには、言霊で連絡した上でだ。
◇
「やあ、タツヤ君、随分の急いで来たようだね。そんなに、急ぐ必要なんか無いのに、別に断っても、僕は何も言わないし」
ワシが、猪村に着いて直ぐに、センカワ村長の先導でヒノカワ様の小屋に入った。そうしたら、何時もながらのノンビリしたヒノカワ様の声が聞こえた。
「ヒノカワ様、連絡ありがとうございます。
また、ヒノカワ様のお元気そうな顔を見て一安心しました。
ところで、蓬莱からの大船の者が、ワシに会いたいという事ですが、何か厄介事でも起きたのでしょうか?」
「ああ、それで慌てて来たのか。ごめんごめん。何も厄介な事は起きていないよ。
単に、タツヤ君は僕を越える大物だと言ったら、是非、顔見知りになりたいと言ってきただけ。君も、大船が持ってくる物に興味あるでしょ。挨拶代わりに、一品ゲットしたら? それだけの話だよ」
??全く背景が判らん。一体、何の話だ。
「失礼ながら、タツヤ様は、猪村と蓬莱とのやり取りについて全く知りません。わたくしめから、説明させて下さい」
ヒノカワ様の断片的な話で、困惑しているワシに、センカワ村長が要領よく、これまでの経緯を教えてくれた。蓬莱からの大船は、寄港した村の代表に挨拶がてら土産品を渡す事がある。猪村ならヒノカワ様だ。今回、猪村に来た大船が、何時ものようにヒノカワ様に挨拶に来た際に、ワシの事が話題になったそうだ。
そして、ワシがそれほどの大物なら、会って面識を得たいと、大船の船長から申し出があった。それで、ヒノカワ様がワシに言霊を飛ばしたそうだ。それなら、それ程の警戒は不要か?
「とすると、特に、商売や政の話をしたい訳では無いという事ですか、それなら身構える必要は無さそうですね」
「商売? 政? タツヤ君は突飛な事を言うな。商人でも無いタツヤ君と商売の話をしたって仕方ないし、此方でどの村長が死んだとか、どこで代替わりがあったかなんて、彼らが気にするような事じゃ無いよ」
「そうですね。特に、気負わずに、見識を広げるつもりで会えば良さそうですね」
「じゃ。センカワ、彼らに声を掛けて、それとその間タツヤ君に寛いでもらう為に誰か連れてきて」
舞の練習で、心を和ませながら、二時間ほど時間を潰しただろうか、センカワ村長が呼びに来たので、面会する為に海岸近くの小屋に向かった。
小屋に入ると、赤銅色に日焼けしたがっしりとした体つきの男が2名と、同じく日焼けした女が1人いた。
センカワさんの紹介で、船長と副船長、そして女は通訳と判った。流石に、余りにも幼いワシの姿を見て、動揺が隠せないようだ。
「さて、お互いの自己紹介も済んだ。なら、ワシを呼んだ要件を教えて欲しい。何か、ワシに興味があるようだが、ワザワザ呼びつけるという事は、名前と顔が知りたいだけでは無いのだろ?」
「主は、申しております。先ずは、知り合いになり、友誼を結ぶ事で、お互いにとって良き商いが続くようにしたいと」
男の古代中国語ぽい言葉を女がここの言葉に訳した。う〜む、全く聞き取れん。流石に、幾ら考古学専門でも、古代中国語で会話するなんて、想定した事がないからなぁ〜。まあ良いか。
「それは、重畳。お互いに知り合うのが第一歩だ。それでは、蓬莱について教えて欲しい。どこにあって、どんな人が居て、どんな物が取れるのかなど、知りたい事は沢山ある」
通訳がワシの言葉を訳した時、向こうに微妙な空気が流れた気がした。
「主は申しております。蓬莱は、大船でようやく行き来できるほどの遠い場所にあると。住んでいるのは、主人のような者が住んでいると。そして、此処では作れない。優れた品々が沢山あると。
また、主人が提案しています。興味があるなら、一度船に見に来るようにと」
恐らくは、出来るだけ情報を与えたくないのだろう。ワシの問いに船長は曖昧な応えを返した。
「興味はあるのだが、ワシは商売には詳しくない。見ても価値が判らぬだろう。ワシに見せる位なら、商人達に良く見せて欲しい。大船来航の話を聞いて、これから、多くの商人が来るだろうから。
それよりも、蓬莱の事が知りたい。どんな街があって、どのような草花が咲き、どのような美しい景色があり、どのような祭りがあるのか。見た事が無い、蓬莱の事を少しでも知りたい。此処とは、どのように違うのだろうかと」
多少、しつこくとも、ワシが欲しい情報は明確だ。この島の外の世界について、情報が得られる機会、貪欲にならねばならぬ。
「主は申しております。見えぬ風景を話だけで伝えるのは難しいと。それよりは、実際に見ることが出来る品々を見ていただいた方が蓬莱の事が判ると。
タツヤ様が相場に詳しくないなら、自由商人と共に、見に来て頂ければ良いと。話に聞くタツヤ様は、大変、お目が高いお方。タツヤ様にしか価値が判らぬような品もきっとあるだろうと」
今、これ以上、押し込んでも得るものはなさそうだな。
「それはそうかも知れぬな。だが、ワシも忙しく、直ぐには予定が立てられぬ。予定を立てるために、其方の日程──猪村を出るのは何時なのか──を教えてくれると助かる」
「主は申しております。10日は猪村に居る予定だと。それ以降は、天候次第だと。出航するまでなら、何時でも歓迎いたしますと。
それと、主の方からもタツヤ様にお尋ねしたい事があると」
「それなら、どこかで時間を取ってお邪魔する事にしよう。で、其方から聞きたいことは何だろうか? 答えられることならば良いのだが」
ワシは、此処からが本題だと、気を引き締める事にした。
次は、後編です。




