猪村へ~聖戦準備開始~
時系列が前後しています。
この話は、ハヤドリの閑話前の、宴の後の奔走から続いています。
謀議参加者との密談に引き続き、イモハミ婆さんとも話をした。
その中でハヤドリの話もしたが、婆さんは目をきつく結んで『何か参考になる話はないか……』と頭を抱えた。そこで、ワシは『神話だよ』と断って天の岩戸の話をした。
ただ、天鈿女命以外の名前はぼかした。此処の神話上、対応する神が有るのかが判っていない以上、当たり前の配慮だ。
その話を聞いて、『神々の世界でもそんな事が……力より知恵より、女性が強いという事だね』と、イモハミ婆さんがしきりに感心していた。
その後、予想していた事だが、ゴリ村にいた有力者達が、そのまま熊村に移動してきた。そして、様々な者が、ワシに話を持ちかけて来た。今後の為の多くの根回しに、ワシは目の廻る忙しさに追い回されてしまった。
6月15日、猪村に飛び立つ直前に、ハヤドリとも話す機会があった。そこで、この世界の常識からは、余りにも意外な事を言われた。強い男性不信に陥っているのだろうな。どうしたら良いだろうか? ワシの前世は考古学者で心理カウンセラーじゃない。それに、妻や娘の気持ちもそれほど汲んでやれた訳じゃない。
説得力のある優しい言葉を紡ぎだせない。自分の不甲斐なさが情けない。
そんな、気持ちを振り切るように、猪村まで飛行した。風の壁を使えるようになって、飛行も相当に楽になった。熊村から猪村まで西南西約74㎞、一時間ほどで到達する。昼かなり前に、猪村に着いた。
「センカワが、何か猛烈に話したい事があるそうなんだ。付き合ってくれるかい?」
ヒノカワ様のそういうのんびりした発言から猪村での会議は始まった。一方、センカワ村長は、血相を変えて早口で色々話を始めた。この二人の組み合わせだと、そうなるよな。
「センカワ村長、落ち着いてください。多数の戦士を集めた場合、食料、水、寝床、酒、褒賞の貝貨、大量の物資が必要な事は良く理解しています。そして、兎村が準備しえない事も理解しています。また、猪村でも大変な難事である事は理解してます。
ワシ等は、今、その物資調達について、参加村から公平に分担して貰えないか根回しをしている所です。落ち着いて、一つ一つ解決していきましょう」
「え‼ センカワは、物資持参で他村の戦士に助けに来て貰う事を考えていたの! 幾ら何でも甘えすぎじゃない」
「ヒノカワ様、恐縮です。ただ、100の5倍もの戦士など、何もかも足りません。どうしようも無いのです。無能なわたくしめを許してください」
ヒノカワ様の突っ込みに、センカワ村長は、困りきった声を上げた。
「ヒノカワ様、嘴を挟むようで申し訳ないが、聖戦を有利に進める為にも、参加村に分担して貰うべきと考えています。そうした方が、兎村の聖戦だけでなく、その後の諸々にとって都合が良いと考えています」
「ふーん。タツヤ殿がそういうなら、タツヤ殿とセンカワに任せるよ。僕には、向かない課題みたいだし」
それから、暫くワシとセンカワ村長で認識合わせを進めた。
「そうすると、タツヤ様は、うわさに聞く『前線基地』を何個も作る必要があると考えておられるのですか?」
「あれほど堅牢な物は必要は無いが、並の村レベルの基地を数個作る必要があると考えている。そうしないと、この無人地帯の制圧は出来ない。
それと、最初の作業として兎村の傍にも基地を作る必要がある」
「どうしてですか? 一時的に、兎村の村人を全員追い出す事で対応出来るのでは?」
「10日やそこらなら、そういう手もある。だが、無人地帯に面する村が兎村1村だけという状況を考えると、兎村は1年中、補給拠点として使い続ける事になる。それなら、村人を追い出すより、それ専用の基地を作った方が効率的です」
「……全く想像出来ない話です。でも、100の何倍もの兵力で何ヶ月にも渡って戦い続けた経験があるのは、北部大連合殿だけ。大方針は、熊村で北部大連合殿と共に検討させて頂きます。
それ以外に、今やれる事は何かないでしょうか?」
「戦場となるヤマハラ半島の無人地帯の偵察ぐらいですかね。
道も判らずに大人数を動かすのは、余りにも馬鹿げています。だけど、そもそも、歩き回った事のある人がいるのかすら判らない。
その辺りの調査を猪村連合さんで先行して進めて頂けると、大変助かります」
「うーん。それなら、まず兎村からの聴取ですね。先に、わたしくめで進めておきますので、3日後に兎村まで来ていただけませんか?」
「了解しました。その間に、少し遠方の村への挨拶を進めておきましょう。今は、無理でも、これから1年で援軍を送れる村が増えるかも知れない。
それと、ヒノカワ様、恐縮ですが秘儀の話があるので、少しお時間を頂けないでしょうか」
「良いよ。センカワ、席を外して」
そして、ヒノカワ様と二人きりで『名前付きの間引き』──戦士達に無力感を与えるのは不味い。だから、今は秘密にせざるを得ない──の話を始めた。
「まず、ヒノカワ様にお礼を、無人地帯以外に発生した『名前付き』を密かに抹殺して頂いていた事を感謝します」
実は、今年の大戦準備で倒した『名前付き』の名を引き継ぐ奴が、連合内の村の近くに出現して苦慮していた時期がある。それが、10日もしない内に居なくなった。そう、ヒノカワ様が密かに抹殺している。その事に気付いて、ヒノカワ様がどれ程に、この島の為に尽くしているか愕然としていた。
そんな、大変な役目を今後もヒノカワ様一人に押し付けるのは、『島の守護者』の名を継ぐ者として情けない。
「良いよ。良いよ。そんなの。僕が勝手にやっている事だから。で、本題は兎村の奴より成熟している奴らの間引きの事でしょ。それも、僕がやっておくから、タツヤ殿は心配する必要無いよ」
「そういう訳にはいきません。ヒノカワ様に何かあったら……」
「それを言うなら、君に何かあった時の方が困る」
厄介だ。二人きりでババの引き合いなんって、話をまとめられる気がしない。だが、やらねばならない。そして、長い時間を掛けて二人きりでこの問題について議論し続けた。
◇
「結局の所、僕とタツヤ君の二人で組んで、抹殺しに行くのが最も安全である事は判った。納得したよ。今後数年間は、そういう事にしよう。僕が勝手に一人で始末する事は止めよう」
「ありがとうございます。そうして頂けると、ワシも面子が立ちます。おんぶにだっこで『島の守護者』を名乗るのは、余りにも恥ずかしすぎる」
「君は、まだ名実ともにお子様なのだから、恥ずかしがる必要なんって何もないさw ただ、絶体絶命の危機では、僕の方が盾になる。それは、絶対に譲らない。君は、僕の孫やひ孫の将来の為に、必ず生き延びて貰わなければ困る」
「肝に銘じておきます。
ただ、数年以内には、『名前付き』が出た時に、即座に大兵力を集中させられるようになる筈です。それまでの数年を乗り切れれば、後は大丈夫です。
必ず、ヒノカワ様にも長生きして貰えるようにします」
次は、タミサキ村〜四つ目の貝貨発行村〜です。
R4.11.9
聖戦の戦場となる半島の名をヤマハラ半島にしました。




