山猫村での布造り
幾ら、前世の2000年以上進んだ知識を持っていても、技術移植にはどうにもならない壁がある。技術は、非常に複合的な物で、一つ選んで導入しようとしても、次から次へと不足する技術が見つかるものだから。
例えば、電話機を導入しようとしたら……事前に準備しなければいけない物がどれ程あるか見当もつかない。
そんな中、今回挑戦してみようと考えているのは、布造りの改良だ。此処での織機は、前世の分類では原始機だ。道具の数は少ないのだが、ハッキリ言って生産性が悪い。そして、原理的な限界がある。
布を織るためには、経糸にテンションが必要だが、原始機では織る者が腰あてで引っ張ってテンションを作っている。その状態で自分の手に持った貫を使って緯糸を通している。
ワシも経験したが、結構疲れるし、布の大きさが人体に制約されてしまう。
あえて利点を上げると、機台が無く、小さな部品のみで足りる事だ。その為、片づければ、機織り小屋で寝泊まり部分が広く確保できる。だが、そんなもの小屋を増やせば済むことで大した利点ではない。
手織りの織機は、この原始機の他に地機と高機、垂直織機がある。地機は、機台があり原始機よりは進歩しているが、織る者が腰あてでテンションを作るのは、原始機と同様だ。垂直織機は、個人的に魅力を感じないので、無視だ。
今回、開発しょうと考えているのは高機だ。古い織機と言われて思い浮かべるのはこれだろう。事前に経糸を巻いておき、緒巻から送り出す。奇数用と偶数用の二つの綜絖を使いながら交互に経糸を上下させ、作った隙間に緯糸を通し、くし状の筬で整えて布にする。ある程度進んだら、今後は布巻で巻き上げて作業を続ける。
綜絖を踏木と連動させ足で経糸を動かし、手で緯糸を通す事が基本だ。織る動作が非常に合理化される。
これを実現する為に、精度が必要な部分は多い。経糸のテンションを確保する為には、緒巻と布巻の回転を抑える必要がある。逆に、作業を進める為には回転させる必要もある。その相反する要求に応える為に、ギアが必要だ。
原始機にも綜絖や筬はあるが、経糸の数が増える分、これらもより高い精度が必要になる。途中で絡まったら目も当てられない。踏木と綜絖を連動させるのも、かなりの木工の精度が必要だ。テコの原理か滑車を使わないと、足を何十センチも動かさざる得なくなり、織る者が大変な目にあう。
何れにせよ、これまでより格段の木工精度が必要になる大事業だ。
鉄造りが進み、木工用の道具も揃い始めた。だから、チャレンジできる。
七村連合の会議で、この開発計画を提案した時に、山猫村が猛烈な勢いて立候補した。曰く『うちの村には糸に出来る素材が沢山ある』、『木工と織りが上手い夫婦も居て、開発がスムーズに行く』、『海沿いの村は塩と船という特産品があるから、この苦労はうちの村が担当するのが適当だ』
勢いに圧されて他の村長は何も言えなかったし、責任を持ってやり遂げる熱意があるならワシにも異存は無い。
木工の道具が揃ってきたら進めたい大事業として、布造り、船造り、家造りの改革があるが、布造りの方がより小物の鉄器で出来るため、順番としても適当だ。
そのため、この冬に進める事業として七村連合内で採択された。
1月10日に北部大連合の会議がひと段落し、ワシは直ぐに山猫村に移動した。大戦対策作戦は、2月1日に再開予定で、何かを開発するには時間が猛烈に足りない。
まあ、何時もの事だ。
「専用の小屋と巻き上げ用の丸い棒は複数作っておいた。綜絖と筬は、既存のものを一揃い準備した。
早速、作業を開始しよう」
今回の開発も、クロイワさんとベニヌノさんの夫婦が担当してくれる。
「まずは、何処に何を置くか、地面に絵を描いて整理してみましょう。機台をどう作るかイメージを作るのが第一歩です」
山猫村はこの事業にかなりの人数を割いてくれている。10日もすると、フレームが組みあがって、細部の議論が出来るようになった。
細部については、これまでに無い機構が多く、クロイワさんと何度も議論が必要だった。
◇
「なるほど、ようやく判った。緒巻も布巻も枠に固定された状態で回らねばならんのか。しかも、織り子が引っ張る程度の力で。
滑りの調整が難しく、一発で完成させるのは難しいな。ここは、タツヤ殿が作戦を進めている間に、試行錯誤しておこう。」
◇
「緒巻と布巻の回転を固定するギア? の絵は理解出来たが……正直、そこまで細かく精密な加工が出来るか自信が無い。
最初は、小さい石器を噛み込ませて、回転を止めるしかない。綜絖を中途で止めて経糸を緩めてから、石を噛ませれば、織っている時の張力は確保出来るだろう」
「それだと、織る人が凄く大変な事にならない? 実際には使えない物にならないか心配だよ」
「ベニヌノが苦労するようなら、頑張って細かい加工をする。それに、他にも使って見なければ分からない部分が沢山ある。
だから、わしら夫婦で請け負ったんだ。任せてくれ。お前そうだろ?」
「夫の言う通り。私らは夫婦だから、遠慮せず言い合って苦労を分かち合える。
私ら、そうやってこれまで乗り越えて来た。タツヤさん。安心してクロイワに任せて下さい」
惚気られたような気もするが、まあ良い。
ワシも、作業期間中に何度かアマカゼとデートをして、婚約者アピールにしたんだ。
高機は可動部分が多く、開発と調整に相当な期間が必要だろうけど、先ず最初の一歩を踏み出す事が出来た。
大きな布を作れるようになれば、テントや帆船にも近づくだろう。技術は、絡み合いながら、進んでいくのだ。
次は、これから作る前線基地の話です。




