ハヤドリの決意とアイサイの苦慮
「私は、ハヤドリさんと兎村には何かしてあげたい。男の子でも、夢にうなされる酷い戦場を走り廻って重傷者の応急措置を行うなんて……ヒノカワ様がそんな話をしたとき、夫ながら呆れ果てた。
女の身でそんなことをするなんて、うわさに聞く女傑の天才美少女スミレ坂さん位だろうと。
そうしたら、ハヤドリさんが『魔術を身に付ける足しになるなら』と志願して、立派にお役目を果たしている。
恥ずかしい話だけど、よく考えたら、本当は私の役目。治癒術が使えて、ヒノカワ様の妻でもある、私の方が適任。
だから、ハヤドリさんがお役目を果たす分、割を食う兎村とハヤドリさんの家族に何かしてあげたい。丁度、ヒノカワ様がこれからは毎年熊村に修行者を送ると決めたから、アイサイさんを推薦した。
受けて欲しい。兎村だけでは護衛が不足するのは判っているから、猪村からも何人かベテランを護衛に出しても良い」
ハヤドリがそんな事を⁉︎ 『戦いに随行すると、魔術士への道にプラスになるようだ』ワシが、ヒノカワ様にそんな事をを告げたせいか!
確かに、立派で必要な事だが、健気な娘なのに……いや、覚悟を疑うような事になっては不味い。
「ワシが、ヒノカワ様に紹介した修行法を実践しているのか……ハヤドリは勇敢だな。確かに、修行の成果が目覚ましく見える。
一人でも多く、一年でも早く、治癒術士を増やしたい。それが、この地方の状況を改善する為に必要な事だ。それを実践しているハヤドリを弟弟子として誇りに思うよ。
アイサイさん。魔術士の修行は真に大変だ。ワシやスミレ坂のような例外を除いては、10年か20年は魔術のみを専一に望み、人生の貴重な時を捧げねばならない。
その覚悟があるなら、既に貴重な人材だ。戦士に命を掛けさせる意味がある娘だ。それに、言ったように不覚を取る事ももうあり得ない。
お兄さんのように、重傷のまま放置されるような事態もない。熊村への修行者やその護衛に対して、適切な保護を与えるように、北部大連合全体に対してワシが話を通す。
既に、熊村と兎村の間は、伝令のやり取りも可能だ。本当に、何の心配も無い。
アイサイさんは、誇りと覚悟を持って、受けるべきだと、ワシも思うんだ」
それでも、アイサイさんは暫く躊躇するように左右を見渡していた。そして、一度目を瞑り、睨みつけるようにワシの顔を見た。
「お願いします。必ず私も治癒術士になる。そして、兎村をもっと良い村にしてみせます。未熟者ですが、よろしくお願いします」
その言葉を聞いて、メイさんがほっとしたのか、呟きを漏らした。
「良かった。アイサイちゃんがその気になってくれて嬉しい。
でも、全ての元凶はタツヤさんなんだ。よく考えたらスミレ坂さんのケースもそう。最近は、シカハミさんまで戦場に同行させている。
姉弟子の扱いが酷すぎる」
反論は出来ないな……どうしたものだろうか。と考えている内にアイサイさんが追い打ちを掛けてきた。
「そうよ。お姉ちゃんが『タツヤ様が薦める事なら従う』と言って志願した時は、私、タツヤさんを恨んだわ。たった三人の兄弟なのに、また哀しい想いをするのって。
今も、元凶のタツヤさんに説得されて……正しいのは判るけど悔しい。恨むのは間違いだけど」
「アイサイ! あ、貴方何てことを。半年前の来訪で村がどれ程助かったか。言って良い事と悪い事がある。幾ら妹でも許せない」
アイサイさんの話を遮るように、ハヤドリが迫力のある怒声を発した。髪が逆立ち、文字通り怒髪になっている。
何事?
「イヤイヤ、そんなに怒らないでくれ。別に、そんなに失礼な事を言っている訳じゃない。素直な気持ちを言っているだけだろ」
「でも、余りにも失礼。それに受けた恩を何も考えていない。第一、闘うと決めたのは私自身の決断。タツヤ様に責を負わせるのは間違い」
「ハヤドリが言いたいことは判るが、叱らないで欲しい。ワシの為にも、お願いだ」
「???タツヤさんのため?」
ハヤドリが急にトーンダウンした。
「そうだ。ワシの為だ。ワシは、既に戦鬼と呼ばれて恐れられている。ワシを恐れて、率直にものを言ってくれないことがある。
それはそうだ。『機嫌を損ねて暴れられたら?』、『何か言えば生意気とみられるのでは?』そう感じるのは普通の事だ。
そこに、ワシに直言したら怒られたとか兄弟仲が悪くなったとか、そんな話が広がれば、ワシに誰も何も言ってくれなくなる。
だから、頼むから余り怒らないでくれ」
「……タツヤ様がそういうなら……従う」
「文句を言って良いなら、お姉ちゃんに『危険すぎる。闘う事は止めろ』と言ってくれるという事?」
話の流れをどう誤解したのか、アイサイさんが希望を込めた声でそんな事を言った。うぅ、更に悪評が広がるが仕方が無い。
「不満を聞くことと、言う通りにする事は違う。ハヤドリには闘って貰った方が良いと信じている。
ハヤドリには十分な決意と覚悟があるのだから。
戦闘に随行させるやり方は、家族や周りの者に大きな悲嘆を与えているのは判った。ワシは今日まで気付いて居なかった。スミレ坂もシカハミさんも他の治癒術士も、きっと周りで心配で眠れないような者が居たのだろう。
良かれと思った事でも、誰かを泣かせている。それが真実だろう。
思えば、他にも地域全体に大きな歪を与えているような事がある。良かれと思った事でも弊害はあるんだ。それを改めて教えてくれて本当に有難く思っている。
だが、まだまだ、魔術士は余りにも少ない。一人でも多く、一年でも早く開眼できれば、より多くの者を救えて、この島をより良い状況に出来る。
ハヤドリが闘うのも、アイサイさんに修行して貰いたいのも、同じだ。この島をより良い状況に変えていきたい。
その為には、決意と覚悟を持って、魔術を志す修行者が必要だ。
十年以上の歳月を魔術士になる事だけを夢見て修行を続ける。それは、半端な覚悟ではできない。
少し、織や編みの腕を上げたい。様々な知識を貪欲に吸収したい。高々、それだけの思いが、魔術士の修行を遅らせる事がある。それほど覚悟が重要な修行だから」
「……」
正論過ぎたのだろう。誰も言い返せはしない。やり過ぎたか。
すると、同席していたヤマナさんが、流れを変える為だろう、別の話題を切り出した。
「最後の『様々な知識を貪欲に吸収したい』ってハテソラさんの事よね。一緒に修行した仲だからどうなったか気になるの。ハテソラさんは魔術を諦めたのかしら?」
「ああ、ハテソラ師匠は、ワシに野外活動のイロハを教えてくれた、尊敬する師匠だ。決して、魔術を諦める気はない。他の様々な研究で遅れた分を取り戻そうと、魔獣を積極的に狩っている。去年は、夫婦で100匹以上狩って、遅れをかなり取り戻していた」
「「「女性のハテソラさんに何度も死線を潜らせるなんて! やはり、タツヤさんが全ての元凶よ‼ 姉弟子の扱いが酷すぎる‼ 」」」
当たり前だが、声を揃えて怒鳴られてしまった。
次は、三名の謀議参加者です。
H30.4.20
伝令のやり取りが可能な範囲を変更
変更前:猪村から兎村
変更後:熊村から兎村




