ハテソラ師匠との歴史的談合〜時の定め〜
年明けには、暦を導入する。だが、その前に、決めねばならぬことが大量にある。この問題に対応出来るのは、ハテソラ師匠とワシしかいない。今日──ハテソラ準備年12月30日──、その歴史的会議を二人きりで行う。
ハテソラ師匠の天測によると、今年の年末の閏月は6日間だ。今年は、31日の月が6回と30日の月が6回、年初の閏月5日と年末の閏月6日の計377日になる計算だ。
「来年も奇数の月を31日、偶数の月を30日として様子を見てみよう。予想では、新月は1月15日だが、まだ確実とは言えない。月毎の満月・新月の日付は、前の月に決める方式にするしかない。来年は、まだその程度だ」
「はい。そうしましょう。満月の形を見る限り、月の周期は正確には61日に2周りではないと思います。古老の言う通り、もう少し複雑なのでしょう」
「タツヤもそう思うか、私もだ。まだまだ、良く判らん事が多すぎる。
本当に、まだこんなにも不確実な物を村々に広めて良い物なのだろうか」
「根回しは十分したよ。不確実でも基準となる日付が存在した方が良いと、皆理解してくれている。暫くは、月の満ち欠けも併用だけど、予定を定めるのに暦は絶対に必要だと、ワシは信じている」
実は、暦の根回しを進めていく中で、一年と一月の長さについて、詳しい古老が何人か見つかった。それによると、年の長さは377日か378日で周期性ははっきりしない。月の長さは基本30日と31日が交互だが、いつの間にか伸びる側にズレる事があるそうだ。
その話からワシは、単に端数があるだけで、日と月の巡りは一定だろうと予想している。端数の概念をハテソラ師匠と共有し検討をお願いしたが、『実証するのに一生掛かるだろうな。だから、一生のお願いか。人使いが酷すぎるぞ』と笑われてしまった。
「それと、1日の定義だが、タツヤの言う、『真夜中から次の真夜中まで』という定義は理に偏り過ぎている。精密な観測手段を開発出来るまでは、今迄どおりにせざるを得ない。
現状、南中時の高さを正確に計る手段は無い。だから、冬至は、日の出の位置の確認で判定する他ない。
同じく、満月と新月も月の形で判断する他無い。
指摘されたように、定義を確りさせないと1日程度誤差が出る場合はあるが、やむを得ない話だ」
「分かりました。現状のままにしましょう。判定を主導する方は引き受けてくれますか?」
「判定が食い違った場合の調整なら引き受ける。
村長さんが、立派な道具を造ってくれた。その期待には応える必要がある」
道具と言っているのは、日の出入り、月の出入りの方位を客観的に確認する設備だ。
現状、木工も金属加工も未熟で六分儀どころか四分儀も作れない。
考古学的には、ストーンサークルというのも魅力的だが、コストが高すぎる。だから、師匠と二人で、別のやり方を考案してみた。
具体的には、贅沢に柱と板を使って、見張台に5メートル四方程度の中階を造った。そこからなら視界を遮る物が無い。天井にも枠組を造って、上から紐に重りを付けて吊るす事が出来るようにした。
中央に吊るした紐と端に吊した紐を重ねて見れば、何時でも同じ方位角が得られる仕組みだ。
また、日が出る峰の冬至方向の木に目印を付けてある。冬至についてはそれを基準にする事が出来る。
風の影響を受け、ストーンサークルに精度的に劣りはするが、現状で思い付く最上の道具だ。
「次は、時刻の定義だな。一刻という言葉はあるが、実は人によってバラバラだ。感覚的には、昼間を4から8分割しているイメージだな。
確かに、不味いが、昔のクニのように1日を100刻に分けるのは細かすぎて、私は反対だ」
「ワシも、同じ意見です。個人的には、割り算のし易さを考えて、1日を24に分けたいと思います」
「24? 中途半端だなぁ。1から4全てで割り切れる数は12だ。
1から5までなら60だ。一年の月数とも同じだし、12の方が自然ではないか?」
「昼間と夜をそれぞれに12のイメージです」
「まあいいか、別に拘る所ではない。それより、日の出と日の入りの時刻をどう定義するかが問題だな。
単純に、日の出を6時、日の入りを18時とするか、日時計を前提に、太陽が真東に居る時刻を6時、真西に居る時刻を18時にするかだなぁ。
後者の定義が馴染むのは、冬至の判定をする呪術士だけだから、暫くは両方使うことにした方が良いと思う。
それと、一時間を分ける方法だが、100で分けるか60で分けるか意見はあるか?」
「割り算し易さも考えて、1時間を60分、1分を60秒と考えています。そうすると、平静時の脈拍で一秒が近似出来ます。100で二回割ると、脈より二倍か三倍早くなります」
「良さそうな考えに聞こえるが、実証出来ないし、第一そこまで細かく時を測る手段もないか。一応、わたしの頭の中には入れておくが、広めるのは、時を細かく測る手段を開発出来た後にしよう」
「分かりました。確かにそうですね」
「最後は、角度か? 今までのように、向こうの山の木一本分とかでは不味いが、これは大変だぞ。
冬至や夏至付近の日の出の角度変化は本当に僅かだからな。太陽の大きさ自体より小さい、私がようやく識別できる程度でしかない。その程度の角度を何と表現するかだな」
「一回りを360に分けるのはどうでしょうか? 360に分けたものを1度として、それをさらに60分割した角を分とします。今は、とてもそんな細かい角度は作れませんが、定義としては十分なはずです」
「360に分ける意味が良く判らないな。方位をまず6に分けてから60に分割するという意味か? 理に走り過ぎていないか? 方位を分けるならまずは4方位だろ? 4つに分けてから60に分ける240分割、その倍の480分割そのどちらかの方が適切ではないか?」
え? そういえば何故360に分けているんだったか……前世では、太陽が黄道を1日に移動する角度の近似として360だったか……
「いえ、240や480より360の方が、一年の日数に近くて、夜空の移り変わりを追いかけるのに便利だと思いました」
「うむ? 360と377だと5分のずれがある。余り意味が無いのではないか? それに方位を16に分けた時に、360は割り切れない。360は、8と9と5の積で、240は16と3と5の積だ。16ではなく、9で割れるのに何か意味があるのか?」
うう……単にワシが前世に拘っているだけか。確か、360分割だと1度を正確に製図する事は不可能だったし、余り拘る事では無いか……正三角形から正五角形の内角が整数なのも、正七角形が割り切れないのも同じだな。
数学を整備する上で大差ないだろな。
「言われてみれば、そうですね。それでは一周を240度に分けて1度を60分に分けましょう」
そうやって、余りにも重要な事をワシとハテソラ師匠の間だけで決めてしまった。
この日、ハテソラ準備年の12月30日は、時の記念日として、永遠に記録する必要がある。後で、アマカゼ文字で記録を作っておこう。
次話では、ヒノカワ様に会うために、猪村に行きます。そして、何人かの姉弟子に会います。
この話では、日の出位置で冬至を定める事が出来るとしましたが、一種のご都合主義です。
データを確認すると、作品中に書いたように角度の差は酷く小さい。前日との比較で確認出来る人は……只者ではない。その点を無視しています。御容赦下さい。




