戦における無知は罪なのだな
「タツヤ様? 人間では無いとは? 確かに、殺されても仕方の無い極悪人ですが……」
激痛が急速に消えた安心感から思ったまま呟いてしまった。さらに、その言葉を聞かれてしまったようだ。
「後で、説明する。死体を小屋の外に出して、見張りを立てろ。日が出たら詳しく調べる。
日が出るまでは、油断せずに警戒だ。他にも敵が潜入しているかもしれん」
辺りが明るくなって、死体の服を剥がした。余りの荒っぽい扱いに息を飲む音が聞こえる。
「見てくれ。服の下は人間の皮膚じゃない。妖魔の分厚い毛皮だ」
「な、何ですか? これは?」
洗浄を掛けて血糊を飛ばすと、更に明確になる。
「妖魔が人に化けていたようだな。人に似た妖魔。だから、人妖か。抜かった。ワシは油断していたようだ」
調べてみると、顔を知った者もいる。3日前位から、毎日、差し入れに来ていたそうだ。警報にも引っ掛かっていたが、村人──元々結界内に居た人──以外は、反応するのが普通なので、疑問を感じなかったそうだ。
昨日の日没直後、『遅くなって村に帰れない。地べたで良いので泊めて欲しい』と言って潜入したそうだ。
ついでに、何年か前からこの辺りで目撃されていた事も判った。白ヘビ村の者は、女狐村人と思っていた。逆に、女狐村の者は、白ヘビ村人と思っていた。
妖魔が、密偵を使うとは……ワシらの動きは筒抜だったと考えるしかない。
「ワシの落ち度だ。正体不明の敵が居る事には気づいていたのに、漫然と放置していた。高空からの偵察や同じ魔術を持つヒノカワ様への問い合わせ。幾つかやるべき事があった筈だ。
もし、ナガオノさんが不眠番に立っていなかったら、最初の一撃は防げなかっただろう」
幹部達との反省会で、自己批判するしかなかった。
「確実な身元確認と重要人物の警備は必要だな。治癒小屋も不眠番を立てよう」
副隊長の一人テン村のヤスカワさんだ。
「一寸、まちな。治癒小屋は、少女が多い。入口に夜通し見知らぬ男が居るなんて、怖がる娘が多いよ」
シカハミさんが、苦情を述べた。でも、どうすれば良いんだ。
「三人程、信頼して任せられる女がいるわ。今は、疎開してるけど、山椒村に伝令して来てもらいましょ」
え? 虹さん何を言っているの? 白ヘビ村の女性は闘えるの?
「狐村からも三人なら、直ぐに志願者が集まる。そうね。雌鷹隊とでも名付けましょう」
サクラさん? 良い歳して何を言っているの?
ワシが疑問符を浮かべている間に、そのままの流れで女性のみの警備隊編成が決定された。
◇
「タツヤ君! 君はもっと良く考えて闘う子だと思っていた! 下手を打って貰ったら困る! 君は、何があっても生き延びる義務があるのだよ!」
幹部達との話の途中、ヒノカワ様がプリプリしながら飛び込んで来た。え⁉︎ 猪村から飛んできたのか? 猪村からこの白ヘビ村へは東北東に約89kmもあるぞ!
「兎に角、人妖とやらを見せてくれ」
ワシらは慌ててヒノカワ様を案内した。
「確かに、人妖だね。タツヤ君の魔術では、此奴が居る事が判らなかったのか。だから、暗殺の可能性を意識しなかった。
ダメダメだね。シッカリしたまえ、タツヤ君。見た目では分からぬ強さを持つ奴がいるから、油断したら絶対に駄目だ。
もしかしたら、猿妖が居る事も判ってないのか?」
「猿型の魔獣の事か? この辺りでは検知出来ていない」
「違う! 猿に似た妖魔の事だ。妖魔の癖に、手が長くて、樹冠を飛び回る。森の中で戦って、何人も犠牲者を出した事がある」
「もう一つ正体不明の奴が、猿妖なのか?」
「何だと‼︎ 正体不明の敵が居るのに放置していたのか‼︎
それは罪だと心得たまえ!
戦で知らなかったでは済まされない。その分、戦死者が増えるんだ。知らずに戦うのは非常識だ。僕に聞くなりといった手がある以上、この場合は罪と言っても過言ではない」
その後、ヒノカワ様に徹底的に叱られた。余程心配を掛けたのだな。その日は、ワシの地域情報把握で正体不明になっている敵の洗い出しを1日掛けて行った。
◇
動きが筒抜けだったが、それで作戦を延期するのは馬鹿げている。何か策を講じる時間を敵に与えるだけだ。
翌11月16日、標的Cの殲滅を行った。ヒノカワ様も、『見せてもらうだけ。余程の無様を晒さない限り手出ししない』と言いながら同行してくれた。本当に有難い。
標的Cの殲滅後に、猿妖を高空からの偵察でシッカリ鑑定した。遠距離過ぎて狙撃には失敗したが、無理はすまい。
そして、その後の二日間、ヒノカワ様や連合内の物知りから、妖魔と魔物の詰め込み教育が行われた。
その中で、驚く程に嬉しい事が判った。直接目撃した事が無くても、地域情報把握で識別しえる。絵も含めた詳しい説明により、ワシの中のイメージがシッカリした物になると、地域情報把握で種別が表示されるようになる。
次の標的D──名前付きボス大鬼の繁殖地──は、11月19日に攻撃する事となった。だが、猿妖が居ることを考えると、偵察隊が二名一組では危険だ。少なくとも相打ち可能な人数が必要だ。
悩んだが、直ぐに人数を増やす事は出来ない。そのため、本隊周りの警戒班のみとした。これは、敵が逃亡する気なら逃亡出来ると言うことだ。奴らは基本好戦的だから、大丈夫だと思うが……不安はある。
また、部隊後方の治癒術士の待機も止めた。樹冠を移動する猿妖だと、護衛を迂回して治癒術士にイキナリ襲い掛かる可能性がある。
色々不安な戦いだが、腹を括って決断するのも重要じゃ。
次は、名前付きを倒します。




