夜中の襲撃
「明日から、また根回しに飛び回らねばならない」
ワシは、アマカゼに告げた。アマカゼは、会議に合わせて熊村に来て、婚約者アピールをしている。別に不要だと思うんだがな。ワシ幼児だし、浮気しようが無いと思うんだ。
「証文を作るのは問題があるの。彼方の村々からは、まだ誰も来ていないから、文字を読める娘がいないの」
会議の話を──公開して良い部分だけだが──聞いたアマカゼが懸念を口にした。
「最初は、口頭での約束で良いよw 証人は沢山確保できるから。記憶が新しい間に、村の誰かに文字を覚えて貰えばよい。それもあってアマカゼとは学校の強化について話し合わなければならないんだ」
夕食後、少しアマカゼと話をし、学校の強化に向けて二人で動く事にした。
翌11月12日の早朝から、早速ワシは飛行で村を廻る事にした。11月15日の作戦開始までに根回しをするため、強烈な強行軍だ。
今日は、熊村から西南西8㎞の狼村、狼村から東13㎞の山猫村、山猫村から北西36㎞のクジラ村と飛び、クジラ村から南南東約20㎞のトンビ村に至る。
明日は、トンビ村から西約24㎞のシカ村、シカ村から南西約29㎞のテン村に行き、テン村から東北東約50㎞のトンビ村に戻る。
最後の11月14日は、トンビ村から東北東約23㎞のツバメ村、ツバメ村から南約34㎞の狐村、狐村から北東約24㎞の白ヘビ村に行き翌日の作戦に控える予定だ。
前回の根回しで、七村連合外を廻ったところ、少し不満が出たので、七村連合が優先だ。魔術の才能持ちの探索も兼ねている。なお、クラゲ村は、カニハミさんとマコさんが対応してくれる。
現状の魔力なら、最大速度の約70km/hで飛び続けても魔力切れの恐れは無い。だた、そんな速度で長時間飛べば、どんなに厚着をしても体が冷えるだろう。でも、やるしかない。
今回、根回ししたいのは次の3つだ。
・昨日話した、村債についての合意形成
・同じく、昨日商人達を集めて議論した、御用商人と自由商人のアイデアに対する意見交換
・連合内への暦の導入についての根回し
実は、貝貨発行村を集めた会議に引き続いて、商人達とも会議を開いた。その中で、商人達から提案があった事だ。商人を特定の村との売買を行う御用商人と自由商人に分けるアイデアだ。
御用商人の方は、一つの村が何組使っても良いし、逆に1人の商人が複数の村の御用商人を掛け持ちしても良い。但し、どの村の御用か明確にし、トラブルの最終責任は村が持つ。
一方、自由商人の方は、自由に売買しても良いが、トラブルの責任は自分自身で持つ。仮に、解決できない場合は、連合内の全ての村にトラブルの情報を通知する──つまり連合内で商売が出来なくする──ような、重大なペナルティーを科す。
また、自由商人の方は、連合に対して利益の一部を『自主的に』寄付すると共に、貝貨の相場についての情報を提供する。
ワシ以外への根回しは済んでいたようで、誰からも異論は出ず、次の新年の総会で頭出しをする事になった。
なお、暦は、ワシとハテソラ師匠の間の物を連合内に拡大するつもりだ。来年をハテソラ暦元年とし、今年はハテソラ暦準備年、去年より前はハテソラ暦前何年と数えるつもりだ。この数え方だと、例えば7歳のワシは、ハテソラ暦前7年生まれになる。
前世の暦にゼロ年の概念が無く計算に不便だったので、準備年(=0年)を入れる事にした。
そして、三日間、飛びに飛び巡りながら根回しを進めた。また、クジラ村に1人まだ5歳の子に魔術の才能(小)がある事が判った。
魔力はあっても、三日間も飛び続けるとかなり消耗する。へとへとの状態で白ヘビ村に到着した。
その日は、粥だけ掻き込んで、サッサと寝る事にした。
◇ ◆ ◇
うん? 誰だ? ションベンでもしてたのか? こんなに暗いのに? 近寄ってくる。何か用か???
「何事⁉」
とっさに斧で斧を受け止めたワシは、見知らぬ男を蹴り飛ばした。だが、蹴りに力が入っていない。相手は、直ぐに体制を立て直した。そして、半立ちのワシの脳天を叩き割ろうと斧を振り下ろした。
目の前には、左胸を叩き潰された男の死体がある。魔闘術で強化したワシの左腕からも、血が滴り落ちている。
左腕を盾にしながら、敵の胴体めがけて右手の斧を振りきった結果だ。
「全員起きろ! 敵襲だ! 村内外の警戒を強化しろ!」
「うげ? 何だこりゃ?」
あっという間に、戦士小屋は騒がしくなった。
「タツヤ様! 見張りが倒れています!」
クソ! 他にも犠牲者が居るのか!
「すぐ行く! 村中叩き起せ! 全員の安全を確認しろ! 決して一人で行動するな!」
人を殺してしまった。激痛がする。しかし、ここで怯んだら、助けられる者が助からない。激痛をこらえながら、小屋を出た。
見張りは、トンビ村のナガオノさんだった。血塗れだ。喉を掻き切られている。だが、絶命はしていない。襲われたのは、1分か2分前だろう。
一気に魔力を投入して救命だ。成功した。
「ナガオノ殿の命は取り留めた。他に、倒された者が居ないか探索しろ! それと、10名程度集めて、ナガオノ殿を治癒小屋に搬送しろ! いや、その前に、治癒小屋に5名以上派遣して、周りを固めろ! 明かりはまだか!」
ワシは、激痛を誤魔化す為に怒鳴り散らしている。未熟者だな。恥ずかしくなる。
小屋の内外でどんどん火が増えている。他に、襲われた者の報告もない。
激痛が酷くなると思うと恐怖で足がすくむ。だが、何が起きたのか──誰が裏切ったのか──急いで確認せねば。
小屋の中には酷い状態の死体があった。とても人間には見えない。
「いや? そもそも、人間じゃない。ワシの鑑定の魔術では『人妖の死体』と見える。何だ? これは?」
迂闊なタツヤは叱られます。
なお、ナガオノさんは、前作第17話「始めての戦闘」で、ちらっと出てきました。
単なるキャラの使い回しで、深い意味はありません。




