人殺しの処遇
戻って来た戦士の話を聞くと、スナメリ村のタカトビは、『女を殺したので、直ぐ村に帰らないと行けない。邪魔しないでくれ』などとほざいたそうだ。
山椒村の者も多かったのに、よくその場で殴り殺されずに済んだものだ。
懸念していた事態の発生──扱いを間違えると連合を揺るがしかねない──そう感じたワシは、直ぐにイモハミ婆さんとスミレ坂ら何人かに言霊を飛ばした。スナメリ村の村長も呼ぶ必要があるだろう。無論、白ヘビ村の虹さんに、警戒する必要が無くなった事も連絡している。
一番重要なのは、長老達の招集だ。長老とは、村間の争いごとの仲介をするため、選任した5名の相談役の事だ。
全員、大盟の儀の際に、全正規加盟村で決議しており、権威付けもある。皆、村長経験者で、この付近の慣習に詳しいし、村間のトラブル処理の経験もある。
ワシの最初の提案は、長老会議という常設の会議体を作る事だったが、『老人を住み慣れた村から移住させるつもりか? 体力の問題もある。一々、全員揃えられるとも限らない』と言われて却下された。だから、『ご意見番』でしかない。だが、経験が浅いワシにとって、重要な相談相手になるだろう。
次の作戦の準備もある。帰村する戦士、白ヘビ村に再集結する戦士、新規に白ヘビ村に向かっている戦士、皆々予定があった。その予定に割り込んで、タカトビを監禁する人手を確保する必要がある。
何と言っても、牢屋が無い。手錠、足枷すらない。縄で縛るのがやっとだ。監禁だけでかなりの人手が必要になる。しかも、逃亡の手引きや報復殺人の可能性を考えると、スナメリ村や山椒村との関係が薄い村から選ぶ必要がある。
将来のあった娘を殺された遺族の恨みも深い。タカトビの発言からの推定も遺体を調べたミカさんの見立てでも、結論は同じだ。これは、強姦殺人だ。強姦の発覚を恐れて、殺害し、人が近づいて来た事に気が付いて逃げている。犯情は最悪のケースだ。
結論は明らかに見えるが……これは前例になってしまう。慎重に対応する時間の余裕が欲しい。
思い出す限りの初動捜査について指示しながら、ワシはまず山椒村長と話し合う時間を持った。
山椒村長は、村の何人かの顔役──無論呪術士のミカさんも含む──と一緒に時間を取ってくれた。ワシに随行するのはオオカゼさん一人だ。
「この度は、何と言ってよいか、酷い事件が起きて申し訳ない。碌でも無いことをしでかしおって……カズナさんが亡くなってワシらも悔しくてたまらない」
ワシの挨拶に対して、村長は少し緊張した声で返した。ワシが何を話に来たか疑念を持っているのかも知れない。
「犯人は、スナメリ村のタカトビだろ? 捕えに行った村の戦士達の話からもミカさんの見立てからも明らかだ。何故、山椒村の者を外して監禁しているのか?
タツヤ殿が戦死者が出るのを嫌がって、甘い事をするのでは無いか? と疑う者もいる。一体どういうつもりか、説明して貰いたい」
「まず、ハッキリ言っておきたいが、タカトビを庇うつもりは欠片も無い。オオカゼさんに聞いたが、もしトンビ村でこんな事をする者が出たら、即座に追放刑にするそうだ。ワシも、それが妥当だろうと思っている。
言っておくが、こんな場合の追放刑では、被害者の親族が始末するという事は理解している。此処まで酷い事をした以上、命を持って償わせるべきと、ワシも個人的にはそう思っている」
「それなら、直ぐにそうして貰おう。何故、グズグズしているのか理解できない」
「北部大連合が広すぎるからだ。村内部での事件とは、その点で大きな違いがある。
村の中での話なら、半日もしない間に村人全体に知れ渡って、皆々納得して処罰を下せる。加害者の親族も村人だ。加害者を追放した後で、被害者の親族と加害者の親族で、補償について話し合う事が出来る。
しかしだ、今回の場合、スナメリ村の者はまだこんな事件が起きた事すら知らない。その状態で殺すと、突然山椒村の者に戦士を殺されたと見られる可能性がある。
スナメリ村側と山椒村側とで、評価が全く異なる事になりかねない。
それだと、スナメリ村が素直に補償する訳は無い。反対に、補償を要求するような事態が起きかねない。
ワシは、経験が浅いが、村々の間の争いについて色々聞いている。和議に何年も掛かった事案とかも知っている。どちらの落ち度であるか合意できないのが、解決に時間が掛かる大きな要因だ。そうならないよう処理する為に時間が必要なんだ」
「結果は変わらないのに? 時間を掛ける? その間の遺族の悲嘆はどう考えるのだ?」
「ワシも、長々と時間を掛ける気は無い。だが、最低限次の事をするための時間が必要なんだ。
一つ目は、タカトビの罪を誰も疑問の余地が無いように明確にする。今、証拠となるのは、捕縛した時のタカトビの発言だけだ。誰か、例えばタカトビの家族とかが『脅されて発言したのかも?』などと言い出したら、被害者の家族をさらに傷つけて、村々の対立を広げかねん。一点の曇りも無くタカトビの罪を明らかにせねばならない。
二つ目は、村々間の慣例を確認する時間だ。ワシは幼過ぎて、村々の慣例について詳しくない。ワシの独断で処罰を決めて、それが結果として慣習破りになってしまったら、目も当てられない。
三つ目は、被害者への補償について話し合える状況にする事だ。スナメリ村のそれなりの者が来ない限り、その補償の話し合いの場が設定出来ない。
本当に、心苦しいが、時間が欲しい」
「殺したく無い。戦士を一人でも多く確保したい。そういう理由で無いと言い切れるのか?」
「無い。全くない。流石に、こんな事をする奴を戦士と考えたくはない。どの村の戦士もタカトビと同一視されれば、虫唾が走るだろう。最早、タカトビを戦士と見做す事は出来ない。
人を殺すのは、確かに嫌だが、それを言うなら、将来があったカズナさんが殺された事の方が、100倍以上許しがたい事だ」
「で、時間が必要と言ったが、どの程度の時間が必要なんだ? 一月も掛かると言われたら、流石に切れるぞ」
えーと、山椒村から一番遠いのは、やはりスナメリ村か。山椒村からスナメリ村は西南西約48㎞か、村々の位置関係を考えると、途中で3泊はする必要がある。今日中に連絡が届いて、明日から移動とすると此処に来るのは5日目か……
「今回の場合、一番時間が掛かるのは、スナメリ村の代表を確保する事だと思う。連絡の時間とスナメリ村から此処までの距離を考えると、順調に行っても5日は掛かる。天気が悪かったり、連絡に不備が起きる事は十分考えられる……諸々考えて……7日後には何らかの結論が出せるようにしたい。その為に、山椒村にも協力して欲しい。
特に、タカトビがカズナさんを殺害した事を疑問の余地なく証明する事が、一番重要だ。少しでも、疑義が残るような事があれば、解決がどんどん延びていってしまう」
ワシの言葉に、山椒村の者達は、不満顔ながら協力を約してくれた。何とか、この事件を上手く乗り切りたい。
日程的にも余裕が無い。次の作戦として、白ヘビ村と女狐村との間で前線基地予定地の確保が11月6日開始予定だった。
実はかなり厄介な繁殖地が混じっていて、体制を整える為の日数を確保していたが、この事件で食い潰されそうだ。
次は、前後編で『裁判というのかこれ?』です。




