ムツゴロウ村〜二つ目の貝貨発行村〜
作戦が順調なのは、理由がある。実は、戦士が余り気味だ。そのため、体調が悪くなった者は、どんどん交代し休暇を取らせている。ついでに、イモハミ婆さんの長女のシカハミさんが率いる、呪術士見習いの娘達が随行しており、看病する人手も充実している。
連合の事業の一つである治癒術士の学校、その影響で修行者が多くなり過ぎて、熊村の治癒小屋だけでは手が余る状況になったそうだ。
この教育では、長い──20年以上掛かる──修行を乗り切る覚悟や意欲の醸成が一番重要だ。仕事が無かったら教育にならない。だから、怪我人が多く出る部隊に随行させる事にしたそうだ。
これらの事情から、多少の悪天候をモノとせず作戦を進行させている。さらに、替えの効かないワシや副隊長達は、適時疲労回復を掛けて頑張っている。
戦力については、十分なのだが、費用の問題は全く解決していない。実は、既に周りの村々の財政は……破綻状態だ。ある時払い──つまりは借金──の増加に戦々恐々としているのが見て取れる。
早めに何とかせねば、連合が空中分解を起こす。その事について、オオカゼさんと一緒に歩きながら認識合わせをした。
「一番、重たい負担は、褒賞なんだよな。小鬼1匹貝貨10枚、大鬼1匹貝貨100枚。そうすると、繁殖地一つ潰すのに貝貨が600枚から900枚も必要だ。重たすぎて胃が痛いだろうな」
「とは言え、それほど不当な褒賞という訳では無い。小鬼でも、命懸けになる事がある。ケガで何ヶ月も仕事に支障が出る事など普通にありえる。大鬼に至っては、仕留めたら村々で一目置かれる強者になれる。
褒賞の水準が可笑しい訳じゃない。戦果が大きすぎるだけだ。
第一、3分の1程度は、タツヤの権利なんだ。殲滅戦に参加しても、戦果が無くて褒賞が貰えない者が大半になっている」
「ワシ以外で褒賞が出るのも、打撃部隊参加者が殆どだから、他の参加者にしてみれば、不満が出そうだね」
「偵察隊とかでも役目によって不公平が出ている。狩った小鬼の数では、情報封鎖・逃走阻止班が明らかに有利だ」
「うーん、殲滅戦については、狩った数では無くて、別の基準を考えた方が良いんだろうね」
「そう言えば、これまで褒賞に必要な貝貨は、どの程度だったんだろう」
「うん? 年に100匹近くは小鬼を仕留めていたから、貝貨相当では1000枚程度になるのか。もっとも、村の中で貝貨で支払うのは馬鹿げているから、貝貨で支払うことは無かったな。
そういえば、肉の扱いにも課題があるか。褒賞を出す場合は、妖魔の肉は村の物になるのが普通だったからな。その分、実質的な褒賞額は低かったかも知れん」
「殲滅戦では、狩った数が多すぎて、埋めて捨てているだけの分が多いからね。そういう面では、村の負担も大きくなるのか」
オオカゼさんらは、大戦の総費用の積算も進めている。食料、水も重要だが、戦士のやる気を維持するための褒賞についても避けては通れない。
「大戦については、褒賞を幾つかに分けて、基準も変えた方が良さそうだね。
例えば、褒賞については、偵察隊、若衆、ベテラン等の役目別の参加褒賞と手柄に対する褒賞に分けるとかだね。ついでに、手柄の褒賞は役目によっても変わる。例えば、ワシは大鬼位倒せて当たり前なので、貝貨1枚にするとか」
「それは、極端すぎだろ。でも、タツヤの褒賞額を──今でも半額だが──もう少し削れば、助かる村は出てくるだろうな。一度、褒賞について検討しておこう」
オオカゼさんと歩きながら話していたら、目的の小屋が見えた。
「目的の小屋はあそこだね。村長夫婦と娘さんだよね」
実は、今日10月11日は雨が酷いため、作戦は延期した。空いた時間を使って、貝貨を発行する村の一つ、ムツゴロウ村と財源問題について意見交換する予定だ。
ムツゴロウ村は、無理に前世に対応させると阿蘇山周辺だ。だが、この島は、前世の鹿児島湾から阿蘇山くらいまでが細長い内海で繋がっている。ムツゴロウ村は内海に面しており、貝貨を作ることが出来る。
村長達と小屋に入り、5人で車座になって座った。自己紹介等が済みワシから本題を切り出した。
「次の満月を目途に、貝貨の関係者で集まろうという誘いが来ていると思いますが、参加していただけますか?」
「タコ村のカニハミさんから招待が来ています。妻のアオミと娘のアキミを送るつもりではいますが、趣旨とか場所とか期間とか、余りに漠然として居るので困惑している所です。タツヤさんは、何か詳しい事を知っておられますか」
「これは失礼しました。一応、会議場所は熊村の予定です。趣旨や期間は、正直言って出たとこ勝負になりそうです。とても、一度で済むような話では無いでしょう。出来れば、今年中にもう一回話し合える機会を作りたいと思います。
あと、ヒノカワ様が猪村からも貝貨に詳しい者を送ってくれるそうです」
「???連合内の貝貨の取り扱いと思っていましたが、何故猪村まで参加するのですか?」
「もう少しで、北部大連合と猪村の打通が終了する筈です。同じ貝貨を発行する村同士、お互いの行動が影響を与え合うので、関係者と言えるでしょう。出来れば、より南の4村の代表も集めたいですが……経路の安全が確保できない。夢物語ですね」
「予想したより、遥かに大事を考えているようですが、何を目的にしているのですか?」
「これは失礼しました。大本は北部大連合の財政問題です。北部大連合では、今後大量の貝貨が必要になる。それをどうやって調達するか悩んでいます。現在、北部大連合の村々が困っている事の本質的原因は、流通している貝貨が足りない事だと考えています。
現状、北部大連合には、物資も戦士も男手も十分ある。問題は、遠くの村から応援に駆け付けて貰っているのに、十分な礼が出来ない事です。それでは、村々の不満が大きくなって、何れ大問題になる。
お礼する気持ちが無い訳じゃない。ただ、遠すぎて、肉や野菜でお礼するのが困難なだけです。運ぶのも大変だし、腐ってしまうし、遠くの村からお礼として貰っても正直困ってしまう。
でも、貝貨が十分流通していれば、遠くの村々との貸し借りを貝貨で清算できるようになる。
そういう問題を話し合いたいんですよ。
無論、ワシも貝貨の祟りは怖い。だから、裏付け無く貝貨を調達するのは禁忌と理解しています。だから、出来るだけ多く貝貨の関係者に集まって貰って、祟られないように貝貨の流通量を増やす方策を検討して貰いたいんですよ」
「……兎に角、貝貨の現物をよこせという話では無いのですね?」
「それは、貝貨に祟られて連合もワシもあっさり自滅するような悪手だと考えています。ワシのアイデアは、貝貨自体を貸し借りすることです。村々が貝貨を1,000枚借りて、何年か先に1,100枚に増やして返すとかです。ただ、貝貨の扱いに詳しい訳では無いので、実現性があるかは良く判りません。
実際に貝貨を扱っている方なら、もっと良い方法を考えていただけるかも知れない。その為に、集まって議論して頂きたいのです」
ムツゴロウ村の三人は、最初戸惑った顔をしていた。だが、ワシが本気だと判って、真剣に検討する事を約束してくれた。
次は、ライゾウの怒鳴り込みです。




