婚約者との休日(前編)
飛行の魔術で突然帰って来たワシを、婚約者のアマカゼが出迎えてくれた。
「長い間、お疲れ様です。大変な活躍だったと先に帰って来た男達が騒いでいました。何も用意はありませんが、ゆっくり旅の疲れを癒してください」
「ありがとう。トンビ村の方で何か変わった事はなかったかな」
「懸念された攻撃もなく、何の問題もありませんでした。男達が留守の間も、ハテソラさんが未成年者を指導しながら巡邏を継続していました。
そういえば、シカ村に残っている方たちは、何時頃戻ってきますか」
今は、6月26日の夕方だ。ワシが出た時は、歩きで移動するには遅すぎる時間だったな。
「明日には、皆移動すると思うから、トンビ村到着は明後日だろうな。新しく作った基地との経路はまだまだ整備出来ていない。慌てて移動すると危ないから、慎重に迂回して帰ると思う」
「新しい基地とは、何ですか?」
「此処から、南西方向の山の中に、シカ村が巡邏のための基地を作ったんだよ。何れ、広げて村にする予定だそうだ」
「そういえば、新しい村の建設で遅くなると聞いていました。本当にお疲れ様です」
晩は、村長の家に招かれ意見交換しながらゆっくり夕食を取った。
ワシが戻ってきたら、七村連合の最高会議を開く事になっており、6月29日には熊村に集まる事になっていた。酷く慌ただしいが、大連合の準備会合までに色々方針を話し合う必要があるから仕方がない。
二日位は、村でのんびりする時間を持っても罰は当たらんだろう。色々、話し合う事もある。まずは、アマカゼからだ。開発をお願いしている文字の話をしたいとアマカゼを誘ったら、『少し待ってね』と言って駆けていった。何だろう?
「タツヤさん、実は筆遣いが上手いユメイロさんにも手伝って貰っているの。見本となる文字は、綺麗な方が良いよね。それで、ユメイロさんと一緒に幾つか話し合いたいことがあるの」
「ユメイロさんも、既に文字を覚えたのかい。皆、覚えるのが早いな~」
「ユメイロさんは、描くのは上手いのだけど、読めるのは3分の1位かな? どちらかというと絵の一種として捉えているわ。ただ、文字を美しく描きやすいものにする事に熱心なの。
今日は、文字の書き順や並べ方を決めたいのよ」
「そうか、もうそんな事が議題になるところまで来たのか……縦に書くべきか横に書くべきかとか言った話だよね。折角だから文字種の議論もしよう。
長い文字の並びを読みやすくするには、何らかのアクセントが必要で……」
ワシは、大文字と漢字について説明した。
「……普及させれば終わりだと思っていたら、まだまだ沢山やる事があるのね。人使いが荒いわよ。でも、私の地位を確実にする為に振っているんだよね。頑張ってお役目を果たすわ」
「漢字は海の向こうの人々の言葉の知識が必要だから、今は保留だ。
だが、大文字は、早めに開発して欲しい。描きやすさと読み易さ両方考える必要があるから大変だけど、お願いします」
「それを考えるためには、文字をどのように並べるかが重要です。タツヤさんには何か考えはありますか?」
ユメイロさんだ。
「縦に書くか、横に書くかは、どちらでも読めるようにする必要がある。例えば、木で案内板を作る時を考えると、木の杭自体には縦に書きたい。逆に、標識に付ける横木には、横に書きたい。
今は、木簡に筆で書くのが普通だけど、そのうち文字を書くのに色々な道具を使うようになると思う。木簡に筆だと気にならないけど、短い道具で書く場合は、書いた文字に小指が触れる事が考えられる。だから、文字を書く方向は、上から下、左から右の方が良いと思うんだ。
それと、アクセントを付ける手段として、文字を書かないスペースを作るという手がある。一塊の言葉と言葉の間に少し隙間を空ければ、読みやすくなるかも知れない」
「………」
「よくは分かりませんが、縦で見栄えの良い文字と横で見栄えの良い文字が必要という事ですね。私は、十分には読めないので、文字の形だけ考えてみます。アマカゼさん。後で相談に乗って下さいね。」
アマカゼにウインクを飛ばして、ユメイロさんがそそくさと逃げていった。
「詮索すべきじゃないのかも知れないけど、タツヤは神託で大量の知識を持っているんだよね。最初に作った例も何か元ネタがあるの?」
「ああ、人の発音を正確に記述するための文字がある。普通の言葉を記すには使い難いが、全ての言葉を共通のやり方で記述するための文字だ。最初に作った例は、その文字を簡略化したものだ」
「???全ての言葉に使える文字があるなら、それを使えば良いんじゃない???」
「余りにも細かすぎて、区別しえない場合が多すぎるんだ。文字の形は知っているけど、ワシも聞き分けられないケースが多すぎる。何時か、使いこなせるような者が出てくるまでは封印するつもりだ」
「そんな文字? 誰が作ったの???………詮索してごめん。神々が作ったに決まっている。秘密は守るから許して」
「そんなに、怯えなくても良いよ。別に、祟りとかはないから。ただ、よほどの修練、例えば幾つもの言葉を完璧に使いこなすとかをしないと、使えないだろうってだけだからw
何時か、使える者が出るかも知れないから、何かに書き写しておくよ。舌の位置とかを細かく整理しているんだ。舌の動きによって、異なる音が出る事は説明したよね」
ワシの迂闊な所は治っていない。また、アマカゼを困惑させてしまったな。
この地方では魔術士は貴重であるため、主人公が開眼して直ぐに、村長が孫娘を婚約者として指名しました。
主人公は、前世の夫婦関係の反省(もっと妻を大切にすべきだった)から、婚約者のアマカゼを大切にしようと心に決めています。