アマカゼ文字の学校
大盟の儀から丁度一月後の9月11日、女狐村で、包囲環作戦終結の宴を開いた。
尊い犠牲の戦訓を取り入れ、あれから作戦は順調に──戦死者なしで──進める事が出来た。
既に、稲刈りの時期が近い。一度、休養や交代の機会を作る必要がある。次の新月まで半月の休みを宣言した。その間に、打通した村々で次の避難経路確保作戦の準備を進める。
これは、シカ村の大戦の経験から考え出された作戦だ。二つの狙いがある。
一つは、妖魔王の誘引を確実にする事だ。
人の分布が見えるなら、来て欲しくない方向の人口を減らしておけば良い。女性や子供を後方の村に退避させておけば、それで済む。
もう一つは、徹底抗戦の準備だ。仮に、誘引に失敗して、別の村に向かって来ても、戦士だけなら凶悪な手段──乱入した妖魔ごと村を焼き払うとか──も使える。
村人の多くが生き延び、周りからの援助もあるなら、村を再建する事は──難事だが──可能だ。
この避難経路確保作戦には、避難先になる村々の協力が必須だ。それも、この半月余りの休みを使って対応する予定だ。
対象となる村の多くは熊村から遠すぎた。人を送る事すら大変で、北部大連合の大盟の儀には参加しなかった。だが、目と鼻の先の大規模な打通作戦を見て、慌てて連合への参加を申し出ている。別に、含む所は無いので、歓迎する予定ではある。モットも、正式な加盟は連合としての新年の儀まで先延ばしだが。
それら全ての段取りを任せて、ワシは飛行でトンビ村に戻った。休む訳では無い。そんな余裕は無い。色々、進捗を確認することがある。
例えば、出来たばかりの学校を確認する必要がある。村の門に出迎えに来てくれたアマカゼに早速頼んだ。
「止めてよね。娘達の気持も考えてあげて。身嗜みを整える余裕も無く連合の大幹部と顔を合わせるなんて、可哀想だわ。
観に行くのは、明日の朝食後にしてよね。私は、何時でも家に着替えがあるけど、洗濯から始めなきゃならない娘も居るのよ」
そういうものなのか? ……ワシには良く判らんが……きっとアマカゼの言う通りなんだろう。
「そうだな。村長とクサハミ婆さんへの挨拶が先か。明日様子を見たいと娘達に連絡しておいてくれ。他に、変わった事は無かったか?」
「そうそう、スミレ坂さんが出産したそうよ。タツヤもお祝いに行くでしょ」
「それは目出度い。明日は、アマカゼとゆっくり過ごしたいから、明後日早速、熊村に行きたいな。アマカゼも一緒に行ってくれるか?」
「そういうと思って、お爺さまと話しておいたわ。クサハミ婆さんも一緒するわよ」
「ありがとう。見に行くのは、明日にするが、文字の学校で変わった事は無いか?」
「皆真剣よ。文字自体も色々な進歩があったわ。経路巡邏の男の子達に頼んで、遠くの村との手紙のやりとりも始めたのよ。でも、手紙を書くのって難しいわ。話している通りに書いたら、余りにも冗長で書ききれないし、木簡の無駄遣いになるのよ。どうやって、まとまった文章にするか皆悩んでいるわ。
それと、木簡造りが上手い男の子も見つけたの。素早くどんどん作ってくれるから、皆重宝しているわ。
文字の学校はそんな感じかしら」
そして、その日は挨拶だけして自分の小屋に戻り旅の疲れを癒した。
翌朝、クサハミ婆さんに頼まれた件を片付けるため、村の広場に移動した。そこには、トンビ村の5歳から10歳の子供達が皆集められていた。ワシと同年代で顔見知の筈だが、引っ越して来たのか、知らない子が1人混じっている。
ワシは、一人一人を激励しながら密かに鑑定をした。残念ながら、魔術の才能持ちは居なかった。だが、連合中回れば、何人かは見つかるはずだ。
次は、学校だ。学校は、丘の見張り台の傍に竪穴式住居を二つ連ねた形で作られている。一つは、勉強用の小屋で、もう一つは合宿用の小屋だ。
小屋の前には、アマカゼやアカユリ姉さんを含め10人強の少女が待っていた。
「タツヤ副議長、此処が学校です。今、他の村から8人の娘が、文字を研鑽する為に来ています。設備に限りがある為、この人数が限界ですが、学びたいと希望する者は沢山います。
順次、交代しながら、出来るだけ多くの娘に文字を習得してもらい。連合を強くする切り札の一つに育てあげるつもりです」
アマカゼが、改まった口調で挨拶をした。そうだなぁ、連合の幹部の視察に当たるのか、肩苦しさも少しは必要だなぁ。
「賢そうな者ばかりで安心した。皆、楽にしてくれ。北部大連合の副議長タツヤだ。
去年、トンビ村のアマカゼに──知っての通り、ワシの婚約者だが──、文字の開発をお願いしてから1年だ。既に、こんなにも向学心に溢れた者が集まってくれて、感激している。
馴染みの無い難しい問題だか、皆、頑張って一歩でも二歩でも前進して欲しい。連合の未来を切り開く、最先鋭の誇りを持って欲しい。
アマカゼも言ったが、ここは連合の未来を切り開く、最強の切り札だ。
前例の無い事だから、余り実感は無いかも知れないが、真に重要な活動なんだ」
腑に落ちて居ない者も居るようだな。少し煽ろう。
「知っての通り、ワシには神託による多くの知識がある。その中に、文字と学校の潜在力もあった。だから、何より早くこの学校を作ろうとしたんだ」
神託と言う言葉を聞いて皆表情が変わったか。
「文字と学校は、それぞれ単独でも、村々を根底から革新するだけ──魔術士の有無に比肩する程──の潜在力がある。
ワシはその事を神託により知った。だから連合の成立と同時にこの事業を始めた。そして、賢い娘が集まっているのを見て、ワシはこの事業の成功を確信した。
皆は、学校で学ぶ最初の世代として、それぞれ永い研鑽の末に偉業をなして、歴史に名を残すだろう。ワシにはそれが見える」
自分で言って何だが、一寸オーバーで気恥ずかしかったかな(;^_^A
見栄を張って、責任者顏したアマカゼさんは、タツヤの暴走に困惑しています。
次は、トンビ村の近状、アマカゼとのデート?の続きです。




