閑話 ハヤドリの困惑
暫くすると、タツヤ様とヒノカワ様が戻ってきて、歩くのに支障のある子に治癒術を掛けてくれた。
「そこの君と君、歩けるようになったよね。それなら、ハヤドリを連れて村に戻ろう。ワシも同行する。他の人は、悪いけど後始末を頼む。巣の生き残りを刈り尽くすのが最優先だよ。ヒノカワ様が駆除したはずだけど、何処かに隠れているかも知れない。徹底的にやってね。
じゃ、ハヤドリ行こうか、応急手当は終わっているよね?」
「はい、大丈夫です」
「でも、損害が軽微で良かった。高揚が上手く掛からなかったら、被害はもっと大きくなっていただろう。ハヤドリが戦士を煽てて、その気にさせておいてくれたお陰だね。
この功績は大きいよ。ワシとしては、スミレ坂と同様にハヤドリも戦士として認めてあげたいけど……他所の村だからなぁ……まあ、後で村長に相談しておく」
私は、唖然としながら、返り血で真っ赤に染まったタツヤ様の後ろについていくしかなかった。戦の鬼……誰が、どう考えても……タツヤ様に相応しい尊称……なのかな?
帰り道、若い子二人は物凄く興奮して饒舌になっている。油断せず周囲に注意を払っているタツヤ様に比べ幼さが目立つ。どちらが幼児なんだろう。
しかも、若衆になった権利として、誰を嫁にするかの相談など……私の前でしなくて良いだろう。
そう、二人は欲情した目で私を見ている。私を嫁にしたいのかな? 順番だともう少し年上の娘だし、私を指名したら、成人するまで祝言を待つ必要があるよ? 第一、怒髪女だよ?
でも、もし求められたら……求婚を断る事は酷く難しい。特に、私にはお父さんが居ない。公に指名されれば、いくら『嫌だ!』と言っても、どうにもならない。強姦すら『それだけ好きだったのだ』と許されてしまう。それ位なら、求婚を受け入れた方がマシだ……
まあ単に、闘いを経験して滾っているだけだろう。性教育の中で、男の生態として聞いた覚えがある。落ち着けば、色気がある年上の女性を選ぶだろう。
帰村し、タツヤ様と若い子達の診察と着替えの手伝いを急いで行った。そう、気分が昂っているから自分では気付かない事がある。でも、戦傷は化膿しやすいから見落としちゃダメなんだ。そうこうしていたら、母さんが来て、「あなたもキチンと診察する必要があるから、こっちに来なさい」と引っ張られた。
血糊の付いた服や髪が気持ち悪かったので、私はノコノコついていった。そうしたら、何人かの大人の女達が怖い顔で待っていた。
「ハヤドリ。未成年のお前に指摘するのは酷かもしれんが、村の女としての役目をよく考えなさい。
タツヤ様に気分よくしてもらって、再訪の機会を頂ければ、村がどれだけ助かる事か。
ハヤドリがタツヤ様に、余りにも素っ気なくて頭が痛くなるよ。ハヤドリ自身で悩殺する気が無いのなら他の娘の為に、タツヤ様について知っている事洗いざらい今すぐ話しなさい」
そうだ……村の女性はそうやってヒノカワ様を誘惑して、村に色々援助して貰ったんだ。私の熊村への修行も、実はヒノカワ様の隠し子が居るから、その子の将来を考えてって噂だった。
「タツヤ様は、トンビ村に婚約者が居て、舞が好きみたい。噂と経験を合わせて考えると、結構ムッツリスケベだと思う。でも、イモハミ婆さんの影響が強いから、女性を貢物扱いする事には凄い忌避感があるようで……」
私は、タツヤ様について知る限りの事を説明した。話を聞いた大人達が、あけすけに対策を練り始めた。
「ヒノカワ様は、女の方からチヤホヤ言い寄ってくるシチュエーションが大好き。というか、それ一択。話を聞く限りでは、タツヤ様も同じ対応で良いんじゃない? ただ、幼過ぎて……というより、母離れする時期だから、強いスキンシップは逆効果かも知れない。
軽く触れ合える踊りとか用意した方が良いかも。自然に娘達と視線を交わし合わせて、その後、お喋りや踊りをする時間を作れば、満足してくれるかも知れないわね」
「それなら、ヒノカワ様の方は、妖艶な踊りでさっさと小屋に誘い込んでしまいましょう。いくら飲ませても、解毒でケロリとしてしまうからね。ヒノカワ様狙いとタツヤ様対応の役割分担も必要だね。舞が上手い女や色事が苦手な女はタツヤ様対応という事で良いね。
それと、ハヤドリ。知らない娘に誘われても、タツヤ様の腰が引けるかも知れないから、きちんとお前が誘うんだよ。一緒にいるだけでも良いから、最後まで付き合うんだよ」
そうやって、どんどん悩殺する方向で話が進んでいく。少し引いてしまう……
「ハヤドリ! 態度が良くない! 村の女の最も重要なお仕事と心得なさい。ヒノカワ様が囁いたように、猪村との経路が確保されれば、どれほどの事か! その成否は、ヒノカワ様の気分次第なのよ。
男達が村の為に命賭けて闘うのと同じぐらい重要なお仕事と心得なさい」
心構えを怒られていると、タツヤ様の対応をしていた娘が一人、飛び込んできた。
「タツヤ様が、治癒小屋に案内して欲しいと言っています。どうしましょう」
この居たたまれない空気から逃げるチャンス! 私は、間髪入れずに答えた。
「はい。私が直ぐに行くわ」
でも? 何だろう? タツヤ様は、治癒術が使えるから、治癒小屋で学ぶことなんてないはずなんだけどな。
「ありがとう、ハヤドリ。魔力が回復したから、ついでに治癒と再生で、戦える男を回復させようと思うんだ。治癒小屋に案内してくれないか。それと、再生が必要な人が居たら集めてほしい。全員可能かは疑問だけど、出来る範囲でやっておきたい」
「……」
「タツヤ様、お願いします。私の義理のおじさんも大怪我で苦しんでいるんです。お願いします。お願いします」
隣にいた娘が、即座に男の保護欲をそそる上目遣いで懇願し始めた。は? 私は、何をモタモタしているの? 惚けている場合じゃない。このチャンスを確実にするために何が何でもお願いするのよ。
「お願いします。お願いします。」
一拍遅れて私も懇願した。……確かに、私の心構えは甘いと言われても仕方ない。
治癒小屋に移動したタツヤ様は、全員を治癒した上に、4人も再生を掛けてくれた。自然と涙が流れる。今日の宴では、心を込めて歓待しよう。この恩を忘れる事はない。今後、何であってもタツヤ様の言う事なら従う。私は、密かに心に決めた。
皆も同じ気持ちなのだろう。その日の宴は、タツヤ様の気が済むまで、夜遅くまで果てしなく続いた。
ハヤドリは、密やかな強い決意で、納得出来ない現実と闘い続けます。
次は、ワタリ村、主人公視点に戻ります。




