閑話 ハヤドリの旅路
主人公以外の視点のときは、閑話とします。
『ヒノカワ様が、お前に会いたがっている。戦鬼タツヤとかいう大魔術士と一緒だ』
そう聞いた私は、一瞬トンビ村のタツヤの事を思い浮かべた。まさかw タツヤは去年開眼したばかりだ。それに第一、兎村までの旅がどれほど大変か……私は良く知っている。そう、大変な旅だった。
◇ ◆ ◇
お父さんが大戦で戦死してから、母さんと私たち3人兄弟は、村で慎ましく暮らしていた。母さんには呪術士というお仕事があるので、お父さんがいない割には暮らし向きも悪くなかった。村では、闘いによる寡婦が頻繁に出て、再婚したり未亡人になったり色々ある。子供心にも、大変だなとは思っていた。
11歳の時、その生活が大きく変わった。
その日、朝から村は大騒ぎだった。ヒノカワ様が来て、村の子供達が皆揃えられていた。
『軽薄そうというか、スケベそうなおっさん』、ヒノカワ様にそういうイメージを持った事を覚えている。まじまじと、体を見まわされて、『狼さんに食べられちゃうの?』そういう言葉が浮かんだ事も覚えている。
でも、治癒術を学べるという話に、私は飛びついてしまった。それが、どれほど大変な事か考えもせず。何故、母さんが泣いているのか気にもしなかった。
魔術士になるための呪いの呼吸法、それは何年か前に村の子供達に紹介されていた。『修行の成果が顕著だ。魔術士になれるかも知れない。』そう、煽てられて舞い上がっていた。
村長を含め、誰も反対しない。ヒノカワ様から村に多額の援助があったから。夢に向かって走るだけで、村に貢献が出来る。美味しい話には裏があるのに……その時は疑いもしなかった。
話があってから、準備は急ピッチで進んだ。熊村までの護衛として、ハヤテお兄ちゃんと他2人の男の子が指名された。余裕が無いから、大人は一人だけだ。
だから、13歳の男の子3人に重要な任務を与え、若衆にする。若衆として、一人前の戦士になるお兄ちゃん達は、急ぎ祝言を挙げる。その事にも疑問は持たなかった。全て、村では当たり前の事だったから。
私以外は、皆理解していたんだ。それが命懸けの旅になるのだと。
熊村までの10日間に、6回の遭遇戦が繰り返され、運悪く重傷を負ったお兄ちゃんを置き去りにしたまま、引き摺られるように私は熊村に連れていかれた。『治癒術士を確保するのは、村人全員の悲願なんだ。チャンスを無には出来ない』それは、真実だけど……11歳になったばかりの私に負わせるには、重すぎる。でも、引き返せない。既に、お兄ちゃんを犠牲にしてしまったんだ。
熊村での修行の2年は、歯を食いしばって頑張った。幸い、イモハミ婆さんの治癒術の効果を毎日のように見れる。何時か、どんな重傷者でも救命できるイモハミ婆さんのようになれるかも知れない。その思いだけを糧にして日々を過ごした。
一緒に、修行した子達には、何度も『そんなに、肩に力を入れなくて良いよ。先は、激しく長い。気を抜かないと続かないよ』そう忠告された。それはそうなんだろうけど、私は変われない。そして、何度か感情が爆発して、熊村の男の子達には、陰で『怒髪女』とか言われている事を知った。タツヤの開眼の日にも爆発してしまった。
それまで、熊村が別格に豊なんだろう。猪村と同じような特別な村なんだと自分を誤魔化していた。タツヤのような幼い子供が修行に来るのを見て、兎村よりさらに逼迫した村があるのだろうと誤解して、勝手に納得し慰められていた。
その身勝手な思い込みが否定されたからと言って、あんな態度……
私は、何って嫌な女なんだろう。
兎村への迎えが来た日の事は、一生忘れないだろう。そこには、随分と精悍になったお兄ちゃんが居た。何でも、カイタロウ様という旅商人に拾われて、1年近く掛かって、兎村まで帰還したそうだ。
状況を理解したヒノカワ様が、私の帰路の為に、猪村から3人もの大人を出してくれたことも意外だった。帰路も何度も遭遇戦が繰り返される命懸けの旅だったけど、技量も装備も全然違う。貴重な魔法薬すら十分な数を用意している。
お礼の為に、一度猪村によってから、兎村に帰還した。
まだ、魔術は身に着けていないが、熊村の治癒小屋での2年間の経験もある。兎村に戻ってからは、母さんの手伝いで治癒小屋を切り回しながら、忙しい日々を過ごしている。もちろん、呼吸法の練習を欠かしたことは無い。
◇ ◆ ◇
旅人小屋には、驚いた事にトンビ村のタツヤが居た。たった、一年程度で……少し見ない間に男の子は変わるのは事実だけど……極端すぎる。そして、少し失礼を働いてしまって、私は今日の歓迎の宴で舞を披露する事になった。
「でも、それまで暇だね。タツヤ君、狩りでもしようか? 近くに繁殖地があるようだから、沢山肉が確保できるんじゃない?」
ヒノカワ様が、訳の分からない冗談を言った。
「良いアイデアですね。村長さん、今村には闘える戦士が何人居ますか?」
タツヤが、酷い悪ノリをしている。真面目な性格だと思っていたのに……
「は??? ワシや未成年者も全て動員しても、9人が限界じゃが? 何のお話でしょうか」
村長が困惑しながら、生真面目に答えた。また、誤解されたと怒られるに決まっているのに。
「その人数だと、回り込む部隊が用意できないから、取りこぼしが出るか……ワシかヒノカワ様が追撃をする必要がありますね」
「それは、僕がやるよ。タツヤ君のお披露目を兼ねるんだから、正面攻撃はタツヤ君がする必要あるでしょ」
全く理解できない事に、ヒノカワ様とタツヤの間で、作戦が決まってしまい。村長も同意せざる得なくなっていた。非常識にも、程がある。
次は、閑話 兎村の戦いです。ハヤドリ視点が続きます。
H30.5.3
ハヤドリの兄の名前をハヤテとしました。




