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算術の普及に向けて

「前に、教えてもらった算木と筆算を両方試してみた。

 道具を使いまわせる分、算木の方が気楽に使える。ただ、過程が残っていない為、自分で見返すのが大変だ。筆算は、自分で見返すのは簡単だが、毎回、布や板を消費するから、気楽に使えん。一長一短だ」


 12月25日、学校に導入する事を考えている算術についての会議の冒頭、ハテソラ師匠が、話を切り出した。


「ワシもそうだと思う。だが、これから多数の村々で協力し合うには、計算ができる者が多数必要になる。だから、どちらかだけでも広める必要があると思っている」


「ああ、安心しろ。短所があるから止めようという話をするつもりはない。この二つの短所を補えないか考えてみた。具体的にはこんな物を考えてみた」


 そう言って、数字を描いた小さい板を持ち出した。大きさは、大小の二種類ある。


「筆で筆算をする代わりに、この板を並べて計算する事を考えている。こうすれば、筆算の欠点である消耗品の多さを軽減できる」


 言われてみれば、合理的に見えるが、ワシの考古学の知識には無い手法だ。何故、知識に無いのだ?単純だから、思い付かない筈は無いのに……

 そうか、筆算という手法自体が早すぎるのか。ここが前世の紀元前に対応するなら、筆算自体が2000年程の技術跳躍だ。


「良さげに見えるが、ただ、算木との優劣が──特に慣れた場合にどちらが早く正確か──が判断できない。だから、決める前に、何人かで試して欲しい」


「そうだな。確かに、私の主観だけで決める物では無いな。アマカゼさん、何人か見繕ってくれないか、出来れば暗算が得意な者が良いが、最悪、千と万を理解しているなら、誰でも良い」


「はい。私とアカユリさんと、後は……猪村のハルサメさんかな?彼女は、貝貨の家系で数は相当に叩き込まれている筈だから。

 本当は、試すまでも無いような気がするけど、タツヤの拘りに付き合うのは、婚約者のお役目だわ」


 まあ、どちらを選んでもソロバンを開発するまでの繋ぎか。任せてしまって良いだろう。


「話は変わるが、新しい道具まで作って算術を広げようとしているのは理由があるのだろ?そろそろ、その事情を教えてくれても良いのではないか。協力することにイヤは無いが、事情が分かっていた方が、無駄が減って助かる。

 単に、暦の計算をしたいという事情では無いのだろ」


 そう言えば、二年前にハテソラ師匠に算術の高度化をお願いしたのは暦の話の時だった。一度、キチンと説明した方が良さそうだ。


「学校の小屋が連なるあの丘に、大きな小屋を作る為の縄張りを始めたのは気付いているよね」


 説明をしようとしたワシに、今度はアマカゼが応えた。


「ええ、気づいているわ。去年、切り倒した木で作るのよね。あの縄張りは学校の増強用でしょ。一寸、大袈裟かな?と、思っているけど、あれと算術に関係があるの?」


「正式には、北部大連合の総会での議題だから、今から話す事は、まだ、クマオリ村長とワシの私案だ。

 ワシらは、書記団の大規模強化と、次期村長クラスの者への文字・算術教育の導入を考えている」


「え?次期村長って、男の子よね?男の子も学校に来るようになるの?」


 まあ、今の学校は女子校みたいな物だからな。アマカゼとしては、まず、そこが気になるか。


「その通りだ。ただ、一定の武勲を上げた者に限定するから男の子というより若衆になる。

 言っておくが、男も日常的に出入りするのだから、娘さん達の為に男子禁制の生活空間を用意する必要性は理解している。

 少し離れた、一番東側の縄張りはそれだ。ちなみに、男は戦士小屋に泊める予定で、そちらも大型の小屋を新築する予定だ」


「他にも二つは大きい小屋を準備しているよね。それは、何なの」


「一つは、学校用の建物だ。今は、小屋で少人数で学びあっているが、文字などは大人数で同時に同じ事を学んだ方が効率的だ。だから、それ用に大きな小屋を作るつもりだ。

 もう一つの方は、文字や算術を学んだ書記や次期村長に、仕事をして貰うための小屋だ。ただ、仕事の内容は、総会で議論する予定だから、悪いがココでは聞かないでくれ」


「タツヤ、相当大規模な事を考えているのは判った。だか、算術を広めることの繋がりが分からん。まさか、全員に算術が必要な訳でもあるまい」


「師匠、実は、そのまさかだ。書記団と次期村長は、算術が必須になると考えている。

 聞いていると思うが、聖戦を早期に終結させる為、今後は、多数の作戦を並行して行うことになる。そして、参加する村もこれまで以上に増えてくる。

 そうなると、何処でどの村の戦士が何人いるのか、どれだけの村から戦士を集めれば良いのか、戦士が集まるまで、あと何日掛かるのか、などなど、計算が必要な場面が増えるだろう。

 戦士だけでなく、食料や褒賞の貝貨についても計算が必要な場面が増えて行く。

 それらに対応するには、文字も算術も両方できる者が多数必要になると考えている」


「そんなに必要になるのか?余り、想像は出来ないが……

 しかし、そうすると、急いで人を集めて算術自体の特訓を始めねば、教える側の要員すら確保できなくならんか?」


 言われてみればそうか、どんな道具や方法でも、正確に計算できる様になるには、結構時間が必要だ。そして、教える側が不十分な技量だと、とてつもない事になる。


「確かにそうだ。抜かっておった。今度の新年の総会より前に、幾つかの村に、暗算ができる者を紹介して貰え無いか打診してみる。恐らく、貝貨を発行している村なら幾人かはいるだろう。

 それと、アマカゼ、今来ている娘達の中から暗算が得意な娘を出来るだけ多く探しておいて欲しい」


「かしこまりました。唐突な、お願いに対応するのも、タツヤを選んだ私のお役目よね」


次は「ボス大鬼駆除作戦からフグ村北作戦へ」です。

1月26日20:00投稿です。

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