閑話 中つ国の滅亡
今回は、70年程度前のフブキ様視点の話です。
私は、誰に残すつもりでこんな文書を作っているのか。
恐らく、次世代以降のこの島の住人に、こんな文書を読む余裕がある者はいないだろう。それどころか、私の死後のこの島の行く末を考えると暗澹たる気持ちになる。この島の民も、あの島のように妖魔の家畜に堕ちてしまうのだろうか。それとも、蓬莱島の奴隷になるのだろうか。食われぬ分、蓬莱島の奴隷の方がマシだが、どちらにせよ絶望でしかない。
まあ、暗い事を考えるのは止めて、今日は中つ国の滅亡の経緯を残そう。私以外にそれを残せる者はいない。寿王、興王、貴王、安王の4代に仕え、フブキ大将軍として重用された私には責務がある。誰が、読む読まないの話ではない。
◇
軟弱で怠惰、さらには強欲な唾棄すべき王族が弓矢も持たず、贅沢と色欲の限りを尽くした結果、中つ国は滅亡に至った。王族が前線に立ち兵を鼓舞すべき、民と兵に寄り添うため王族が質素倹約する姿勢を見せるべき、何度もフブキ大将軍から献策されたにも係わらず、無視した結果滅亡に至った。
貴王3年の申月13日、貴王は暗殺された。そして、貴王の長男である安王が酉月21日に即位した。まだ、13歳の安王を不安視する声はあったが、何といっても混乱した時代、名分なき者が即位すれば、さらに混乱が広がる可能性がある。朝議において、当時の重臣であるフブキ大将軍やカイゾウ大臣らは、安王即位を強力に主張した。そして、安王即位に難色を示した者は、全て粛清され、朝廷は落ち着きを取り戻した。
だが、中つ国の不幸はさらに続いた。
安王4年の丑月1日、左将軍たるロン将軍が高齢を理由に故郷のシカ村に隠棲した。55歳と確かに高齢ではあるが、この苦難の時期、朝廷の者は皆、中つ国を見限ったと噂した。
さらに、安王6年の巳月30日、カイゾウ大臣逃亡事件が発覚した。カイゾウ大臣が私利私欲で、財宝の持ち逃げをした。カイゾウ大臣逃亡後、中つ国の金庫が改められたが、何とほぼ空の状態であった。その結果、中つ国の財政は最悪の状態になった。
そう、真に最悪の状態であった。
後日判明した事だが、何と、カイゾウ大臣は、税の事前徴収と称して、安王8年の分の税まで徴収してしまっていた。さらに、国債と称して、貝貨を乱発して大量の物資を村々から徴発してしまっていた。
これでは、宮廷の費用が不足するどころか、兵や官吏への給与すら払えぬ状況だ。
暫くは、逆臣カイゾウへの怒りと王族への同情で、兵達は無給でも我慢してくれた。妖魔の討伐や村々に頭を下げての物資の徴発に従事してくれた。
だが、安王以下の王族は、その兵達の誠意を無視し続けた。王宮の奥で贅沢な生活のみ欲し続け、王族としての責務を果たさなかった。
兵が困窮しているのに王族のみ贅沢を続ける。その余りな態度に、心ある兵は離散して行った。その代わりに数合わせで徴兵した兵は、訓練も誠意も不足した。
そして、安王7年の丑月、カラス村の事件が起きた。物資の徴発を拒否した一家を兵士が惨殺した事件だ。この事件は、フブキ大将軍が兵士に非ありと判じ、兵士を絞首刑に処し事を収めた。
しかし、後日判明した事だが、表沙汰になっていないだけで、同種の事件は他にも発生していた。
その結果、中つ国は、更に村々の信望を失い、物資の徴発を拒否する村々が増えて行った。
安王7年の辰月には、殆どの村が拒否するまでになった。それどころか、その頃には、中つ国の高官の殆どは何らか理由を付けて姿を隠しており、残っているのはフブキ大将軍のみになっていた。
そして、安王7年の辰月29日に、フブキ大将軍からの最後の進言が行われた。
曰、事前徴収があった事を考慮し、王族直営地以外からの物資の徴発は、今後3年程度控える事。
曰、朝廷の費用を減らす為、最小限の兵を除き、帰村させる事
曰、王族自身が先頭に立ち、狩りや採取で食い扶持を稼ぐ事
フブキ大将軍なりに、苦慮に苦慮を重ねた進言だ。
しかし、安王は宣った。
曰、村々にどう反発されようが、物資を徴発し朝廷を維持する事が優先である。
曰、そもそも、税を納める事を拒否する者は、反徒であり、討伐の対象である。
そして、言うに事欠いて、言ってはならぬ事を言った。
曰、フブキ大将軍なら村毎滅ぼして物資を徴発する事ぐらい容易いはずである。
曰、それをせぬ事は、王族への不忠と見なす。
ここに至り、ついに最後の重臣であるフブキ大将軍も王宮を後にした。
その後、安王は、残っていた兵という名のゴロツキを使い、略奪を繰り返した。その結果、安王7年の未月に、サトシの乱が起きた。サトシは、長年、中つ国の軍で隊長を務めて来た槍術を極めた強者、彼が王族への怒りに燃える民衆を率い、王宮に進んだ。対する安王は、残る数百の兵に迎撃を命じたが、サトシの軍勢に対面すると、一瞬にして崩壊・逃散した。そして、そのまま怒り狂った民衆が王宮に雪崩れ込んだ。その結果、王宮と王族全てを失い中つ国は滅亡した。
サトシの乱に気付いたフブキ大将軍は、サトシを捕縛し、王族虐殺の罪で、自死を命じ、サトシの乱を収めた。その後、王宮虐殺を生き延びた者を保護する為、王宮の丘の麓に村を作った。
一方、王宮の丘は、中つ国自体の墓地となり、今は、物見台しか存在しない。
◇
中つ国が滅亡した事情を残すだけなら、こんなものだろう。王族虐殺の詳細や、サトシの弁明、その後の村々の慰撫、書くべき事はまだまだあるが、それは別の文書とすべきだろう。
王族を生き延びさせる為に、他の大魔術師や蓬莱島への牽制をしていた。その為、王族が最後の3ヶ月に行った虐殺と略奪、それらの反発として起きたサトシの乱に気付くのが遅れた。そんな、女々しい言い訳をここに書くべきでは無いだろう。
まだまだ、他の書を作る時間はあるのだ。何と言っても、この島の全ての大魔術師との協力関係を構築することに成功した。だから、最強の魔術士である私、フブキへの脅威は発生しえない。
蓬莱島は気掛かりだが、斉が崩壊し蓬莱島も大打撃を受けている。奴らが、この島へ侵攻することは、私が生きている間は考える必要もないだろう。
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補足:中つ国の暦法
・太陰太陽暦
・新月が月の始まり
・月の日数は、基本、大の月(31日)と小の月(30日)の交互
・時々、月の日数の補正が必要になるが、補正方法はその時に決める。
・冬至を含む月が子月(1月)
・以降十二支順(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)
・閏月は、年の最後に置く、歳末置閏
次は「アマカゼへの告白」です。
10月6日20:00投稿です。
なお、王族虐殺の詳細は未設定で、この小説に書く事は考えていません。人類史上、ありふれた残虐行為。ただし、18禁レベル、と想像して下さい。




