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ハモ村の神事の裏で(後編)

 1回目のハモ村訪問を終えホッとしていたワシは、直ぐに考えの甘さを思い知らされた。直ぐその夜に、ヒノカワ様の言霊で、アマカゼからの緊迫した報告を聞く事になったからだ。


「吃驚したわ。ハモ村に文字を理解している人が一人も居ないの。木簡と目隠し布など必要なものを見繕って7村連合から送って貰うけど、下手したら間に合わないかも知れないわ。だから、くれぐれも儀式前日には、ハモ村に到着して欲しいわ。前日に準備を終えないと、誓紙を作るのが間に合わないかも知れないから。

 本当に酷いのよ。木簡の代わりに何故か木彫りの像を作っているし、奏上が終わるまでは文字を隠す必要がある事にも気づいていない。さらに、どの程度複製が必要なのかすら考えていないのよ。一体、どうなっているのかしら」


 しくじった。ヒノカワ様が『この村に文字を読める人っているの?』と言っていた意味をよく考えるべきだった。しかし、明日も明後日も戦闘で、ワシは祈る以外の事は出来ない。



 12月11日の午後、何とか時間を捻り出したワシは、2回目のハモ村訪問をした。明後日が儀式のギリギリのタイミングだ。


「よく来てくれた。タツヤ。ハモ村との交渉はもう大詰めで、幾つかタツヤに確認して欲しい点がある」


 到着したワシを出迎えたブナカゼ村長が交渉状況の説明を始めた。


「まず、フグ村北の殲滅戦を優先することは、午前中にエンライ村長、アラウズ村長、クマオリ村長、私の4人の間で大筋合意した。北東の村々が十分な貝貨と戦士をハモ村連合に提供する事で、ハモ村が譲るという話になった。そのため、フグ村のアラウズ村長にも儀式で出番を作って欲しい。北東の村々を代表して、ハモ村への謝意とその分の負担を宣言して貰う。なお、鉄の武器の費用も、半分はフグ村が出す事にしたが、タツヤも構わんな?」


「費用の全てを北東の村々に押し付けると問題だが、半分までならワシも問題ない思う」


「次は、誓いの順番も決着した。ライゾウ殿が聖戦への決意を示した後で、タツヤが支援を約束する形にした。『これ以上、恥を晒すとどうなるか分からない』とエンライ村長がライゾウ殿を押し切ってくれた」


「ありがたい。非常に助かる」


「後は、細かい文言だが、ライカ穣とミライ穣をタツヤが妾にしない事を盛り込む事にライゾウ殿が拘っている。そこは了解してくれ」


「元々、そのつもりだ。外聞が悪い言葉は避けて欲しいが、内容自体はワシも了解だ」


「それなら、一緒に来てくれ。今の内容を共有したい」


 そして、ブナカゼ村長に、交渉場所の小屋に案内された。そこには、クマオリ村長、エンライ村長、アラウズ村長に加え、アマカゼが居た。さらに、書き散らした木片が散乱していた。


「エンライ村長、アラウズ村長、先ほどまでの分の合意事項は、タツヤ様にも了解して貰った。後一日しかないが、何とか取りまとめよう」


 小屋に入ったブナカゼ村長の報告に、エンライ村長とアラウズ村長は、少しだけ安心した表情を浮かべた。


「殆ど顔すらだせず、大変な交渉を任せきりにしてしまい恐縮です。後一日しかありませんが、本当によろしくお願いします」


 交渉している村長達は頷きで返したが、アマカゼからは疑問の声が上がった。


「本当に間に合うのかしら?

 私がこんなこと言うのは僭越だと判ってはいる。けど、どうしても言わせて。

 まず、イモハミ婆様も聖女ハヤドリさんも到着していないから、証人すら確定していない。誓紙の原本の岩は用意して貰ったけど、複製を作るための木簡は、トンビ村から輸送中で揃っていない。文字を確認する書記も私とライカさんだけで余裕が無い。更に、そもそも、内容すら確定していない。

 しかも、妾とか決死とか不吉な言葉の応酬が心に刺さって、ライカさんここ二日殆ど寝れていないようなのよ。さっき、ウトウトしたから、休むように言ったけど、ライカさんの精神状態も心配だわ」


 どうやら、相当に悲惨な状況のようだ。


「内容が確定していなくて、間に合うか心配な気持ちは痛いほど判る。また、自分と敬愛する祖父に係わる内容で、妾とか決死とか酷い言葉が交わされれば、ライカさんの心労も酷いだろう。そのライカさんを心配する気持ちは、皆同じはずだ」


「ゴメン、言い過ぎたわ。でも、200人以上集めるボス大鬼駆除の日程が重要なのは判るけど、現実的に間に合わない可能性も考えた方が良いと思うわ」


「「「「…………」」」」


 暫く絶句した後に、仕切り直そうと、クマオリ村長がエンライ村長に話掛けた。


「エンライ村長。孫が失礼な事を言って申し訳ない。だが、間に合わねば、影響が大きいのは事実だ。

 私らの交渉の遅れでボス大鬼駆除に影響を与えて、駆除対象から外れる村が出たら……

 兎に角、前向きに現実的な落とし所を見つけよう」


「此方こそ、カッカして周りが見えていなかったようだ。余りにも露骨な言葉では、ライカやミライにも負担になる。その点を強調して父と調整しよう。

 それと、アマカゼさん。娘を気遣ってくれて有難い」


 ワシも参加して交渉を進めていると、夕方近くにイモハミ婆さんとユメイロさんが到着した。ユメイロさんを呼んだのは、勿論ワシだ。後世まで人々の目に映る誓紙の見栄えを良くするには、文字を美しくする事に情熱を捧げるユメイロさんが適任のはずだ。


「助かるわ。ユメイロさんが来てくれて。ユメイロさんなら、美しく丁寧にしかも素早く書いてくれるから、私も少しは休憩を取れるようになる」


 これで、切れ気味のアマカゼも少しは楽になるだろう。ただ、非常に心苦しいがワシは明日の日の出と共に、ボス大鬼駆除作戦に戻らざる得ない。


 そして、儀式前日の昼下がりに、ワシと前後してハヤドリも到着し、儀式の参加者が揃った。


 ワシが最終確認し、文言交渉は完了した。ワシが真名を持ち出した時、クマオリ村長は嫌な顔をした。だが黙って通してくれた。ようやく終わった。そうホッとした表情を浮かべた時、アマカゼがキツイ声音で告げた。


「何終わった顔をしているのよ。まだ、原稿が出来ただけよ。これから誓紙造りの本番があるのよ」


「そうだったな。これからが本番か。それなら、先ずは、岩の表面の(はつ)りから始めよう。それから、墨で下書きをして、岩に文字を刻んで、更に複製を作るのか……言われてみれば、まだまだだな」


「タツヤ様、アマカゼさん。岩の表面さえハツリ?で整えて頂ければ、下書は私の方で準備しておきます。その間休まれてはどうでしょうか。他の方も、私が下書を準備している間に休憩を取られた方が良いと思います」


 参加者の多さに、創作意欲を掻き立てられたのか、ユメイロさんが、有難い申し出をしてくれた。


「助かります。それでは、ワシと一緒に誓紙の場所に来て貰えませんか。斫りは直ぐに済みますから」


 そして、儀式開始ギリギリまで準備に掛かったが、儀式は恙なく終わった。また、参加した村々に配布する誓紙の複製も、翌日朝早い内には全て揃える事が出来た。


 ただ、儀式後、クマオリ村長から『じっくり話したい事がある。何とか時間を確保して、一度トンビ村に戻って欲しい』と言われたことは気掛かりだ。



次は「中つ国の王座の在処(前編)」です。

6月16日20:00投稿です。


暫く、中つ国に関係する話が続きます。


ユメイロさんは、3話で出て来た絵師の女性です。文字を美しく、描きやすいものにする事に熱意を持っています。

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