帆船の開発状況
一晩、暖かい家族の下でゆっくり休んだワシは、翌9月31日早速、タコ村に飛び立った。帆船の開発状況を確認したい。
まだ、帆船は前線に来ていない。だから、開発中であることは判るが、詳細は全く分からない。どんな課題があるか把握し、可能なら助けになりたい。
タコ村に来てすぐキバヤリ村長に、帆船開発の関係者を集めてもらい、海岸沿いで実物を見ながら、色々と話を聞いた。そうした所、帆船の開発において、既に犠牲者が出ている事が判った。去年成人したばかりのまだ若いウミカゼさんだ。燃える縁談大作戦以降、何回もの戦い──当然シカ村の大戦やゴリ村の大戦を含む──に参加していたのを思い出す。
「事故でウミカゼさんが亡くなったのか……まだ若かったのに残念だ。花を手向けたいので、後で墓に案内して欲しい」
「それは、有難い。だが、タツヤ殿が気に病むような事では無い。船乗なら、転覆し魚類型魔獣に襲われる危険は何時でも意識している。それを上手く乗り越えるのが船乗りだ。
一端の船乗りを目指すものが事故で死ぬのは、哀しく何とか防ぎたい。だが、船乗りである以上、他人に責任転嫁出来る事でもない」
リップサービスもあるだろうが、怨まれていないなら、少しは気が楽になる。
「ワシも哀しい。何とか防ぐ手を考えたい。時間が掛かるのは止むを得ないので、開発は熟慮に熟慮を重ねて進めて欲しい」
「勿論のこと。先にも言ったが、今は丸木風3号の試験と4号の建造を並行して進めている。一回一回、工夫を重ねる為だ。丸木風1号が余りにも不安定だったので、丸木風2号には、タツヤ殿がアウトリガー? とか言って紹介していた、舷外に浮体を付ける方法を試した。その位置決めに苦労を苦労を重ねて結論を出して、丸木風3号船を作った。
丸木風3号は、一度兎村付近まで回航させるつもりだ。それと、丸木風4号で帆とアウトリガーの特性を良く調べるつもりだ。そうして初めて、大型風試作船を作るつもりだ。大型風でも何回か大きな見直しが居るだろう。
帆船の開発には、こうやって何段階も何段階も検討に検討を重ねる予定だ」
「凄い。そこまで徹底的に対応して貰っているなら安心だ。
ところで、何か困った事とかは無いだろうか?」
「舟が進む向きだな。最初は素朴に風の向きに進むと考えていた。だから、タツヤ殿に帆の角度を変える必要があると言われても、何のことか分からなかった。
だが、実際に走らせてみて必ずしもそうでは無いことが判った。しかも、風向きだけでなく帆の角度でも変わるようだ。余りにも複雑で予測ができん。その為、丸木風4号で徹底的に試してみるつもりだ」
「進行方向が予測不能な状況で、丸木風3号を回航するのは危険ではないだろうか?」
「ああ。説明が足りなかった。
丸木風3号と4号では、調べたい事が違う。丸木風3号では、湾外の外洋に出て『強度的に持つのか?』が課題だ。特に、波でアウトリガーが破損したり、突風による転覆や破損だ。
湾内の比較的穏やかな海では確認出来ない課題だ。
また、外洋での試験なので失敗があった時に対応出来るよう、手漕ぎ舟三艘を随伴させる。風が読めない場合は、最悪この三艘で曳航する。
一方、丸木風4号では、風に応じた操船方法を検討する。可能なら、無風や強風、向かい風以外は対応出来るまで練りたいと考えている。
風向きと進路を上手く調整出来れば、帆船の利用価値は、飛躍的に上がる」
「上手くやれば、風上に向かって進めるはずだ。舟の底に垂直に板を付ければ、やり易くなる。もっとも、ワシ自身が試した事ではなく、神託での知識だから、誤解しているかも知れんが」
ワシは、三角帆で風上に進む原理について、記憶している知識を説明した。
「そうすると、風向きとは別に帆が膨らんでいる方向に進む力があるという事か? しかも、帆から見て横からの風でもそんな力が働く? 不思議だ? 鵜呑みには出来ぬ」
「帆が膨らみ張った形状が維持される事が条件です。だから、完全に横からの風だと、帆が張らないから力は働かないと思う。同じく強風でも、帆がはためいて形状が崩れるから力が働かないと思う。
もっとも、さっきも言ったが、ワシは知識として与えられただけ、経験も無いし、理解が正しいとも限らない。鵜呑みにせずしっかり確かめてくれると助かる」
実際、ワシの前世は考古学者で船乗りをじゃない。
「無論、タコ村の衆で徹底的に試すつもりだ。だが、タツヤ様の話は、目から鱗の大変貴重な話だった。一生掛かっても気が付かない。それ程に常識破りの話だった。
センターボード? それも、非常に為になる話だった。前に進みやすくする為に進行方向と平行に板を貼る。矢羽と似た話だな。
船底に板を付けるのは強度的に大丈夫なのかは心配だが、一度は試した方が良いだろう。センターボードの特性把握用にもう一隻作った方が良さそうだな。丸木風5号か……良し作ろう」
「そうしてくれると嬉しいが……タコ村の財政的に大丈夫なのか?」
「心配する必要は無い。確かに、負担ではあるが、皆やる気に満ち満ちている。それに、実は、クジラ村とクラゲ村からも人手を出して貰っている。
帆船開発に成功した場合の利は、想像もつかんほどだ。手漕ぎより少ない人数で、速く海を往けるなど、幾らでも夢が膨らむ話だ。
これ程の利、タコ村だけでは扱いきれない。だから、海沿い3村で共同で当たる事にしているんだ。
人手さえ確保できれば後は何とでもなる」
「それなら、事故には気を付けて一歩一歩、着実に進んで欲しい。
また、聖戦では、更に舟をかき集める必要が出る可能性があるが、その際は助力をお願いしたい。此方は、数日後の聖戦の進捗会議で一番の議論になると考えている」
「南西基地への補給問題だな。聞いている。どの舟を送る事が可能かも検討している。本当は大型風を完成させて颯爽とデビューさせたかった。まあ、悪いが少し間に合わないと思う。でも、海と舟に関してなら、任せてくれ」
そしてその日は、クラゲ村の塩、山猫村の布の開発状況を確認し、日暮れ近くに熊村に到着した。
次は、ワタリ村との交渉です。




