聖戦の秋
一度奇襲を受け、非常に心配したが、その後、状況は改善していった。
まず、5日目の8月18日には、最初の小屋を建設した。8月19日に小屋を5つまで増やし、ワシを含め建設部隊を常駐させられるようになった。8月22日には、最小限の縄張り内の木を切り倒し、恒久的な柵の設置を行う事が出来た。
食料備蓄の状況も改善した。兎村の備蓄は1.5月分に、この前線基地も半月分の備蓄がある。
実は、戦士を交代させるには、交代する新旧両方の要員分の食糧が要る。しかし、今までは、食糧の余裕が無く交代させれなかった。
「これなら、北部大連合に追加の戦士の派遣を依頼して、猪村の戦士と交代させられそうだ」
「判りました。直ぐに木簡を作って伝令を走らせましょう。
それで、殲滅戦の開始は、交代が済んでからにしますか? 丁度、その頃には、この基地も万全な状態になる」
「いや、先に殲滅戦を進めよう。
攻撃は最大の防御だ。周りの敵の巣が駆除済みなら、ここの防衛設備が多少貧弱でも問題なくなる。近い巣が3つであることを考えると、完全な防備を固めるより、敵の巣を駆除した方が、早く済む。
それに、前回の襲撃の反省として言える事は、最前線基地には、必ず襲撃に対して完勝可能な兵力を詰めておく必要があるという事だ。つまり、最小限の柵が完成するまでは、皆で何泊も野宿するしかない。寒くなれば、そんな無茶は出来ない。だから、作戦の進行を急ぐべきなんだ。
今、小屋は8つまで出来ている。明日、小屋造りに専念して3つ程作れば、所定人数を泊められるようになる。明後日に、連携訓練を済ませて、明々後日に次の殲滅戦を開始したい。
可能なら、秋が深まる前に、前線基地をあと二つ作ってしまいたい。冬が近くなればなるほど、厳しくなって行くのだから」
聖戦対策会議で、5つの前線基地を作る予定を立てた。半島の付け根、北、東、西、南西の5つだ。そして、これまで作っていたのが付け根の基地だ。
この無人地帯にある妖魔の巣18をそれぞれの基地から攻撃する。配分は、付け根基地が4つ、北基地が3、東基地が4、西基地が3、南西基地が4つだ。
この内、北基地、西基地、南西基地のそれぞれ一箇所は、名前付きが居る巣だ。これらは、最後の最後に殲滅する。また、付け根基地分担の4つの内1つは、先の襲撃の結果として、既に焼き払いまで終わっている。
ワシは、交代で野宿すれば冬でも10㎞程度の間隔で前線基地を作る事が出来るという目論見を持っていた。しかし、敵の襲撃の結果、この目論見は甘い事が判った。建築開始当初が最も危険で、その危険を回避するには、次のどちらかの策を使うしかない。
・柵が出来るまでは、夜中を含め、十分に完勝可能な兵力(200人程度)を集めておく。
・そもそも、未完成の基地での野営などさせない。
一つ目の策は、暖かい季節なら成立するだろう。幸いに、参加している男達、女達の士気は高い。妖魔に怯えない世を招くために必要だと言えば、黙って耐えてくれる。ふらふら、ヘロヘロになりながらでも、進んで重労働に従事してくれる。だが、凍死者を出したり、体を壊すものが多数出たら、全く違う話になるだろう。
寒い季節なら、二つ目の策を使うしかない。だが、それだと、移動時間に一日の大半を取られ、作業が思うように進まない。前回の大戦では、二つ目の策を使ったが、寝泊まり出来る場所が作られ始めるまでに20日近く掛かった。女狐村と白ヘビ村の二村が兵站を完全に確保していてそれだ。今回は、兵站の不安も抱えている。
計画の見直しも必要になるだろう。
ワシはそのような不安を抱えながら作戦を進めた。ただ、戦力は充実しており、敵の巣3つを難なく殲滅し、9月2日には、次の前線基地建設に着手できる状況になった。
次は西基地だ。根本基地から南東方向に二つ丘陵を越えた先の海岸に造る予定だ。此処に東西150m、南北50m程度の岬があり、その付け根に前線基地を作る予定だ。この岬を風よけに使って、船着き場も作れると見込んでいる。但し、物資の蓄積に課題がある場所でもある。
この位置への海上輸送は、かなり大回りな航海が必要だ。
例えば、兎村の西の海岸の船着き場からなら、大きく内海を北上して外洋に出てから、南に回り込む必要がある。ざっと考えて150㎞はある。東の海岸の船着き場なら、無人地帯を抱える半島をぐるっと一回り、90㎞程度だ。兎村南の海岸からなら、直線的に10㎞程度だが、兎村南にはまだ船着場は無い。
しかも、兎村の南側の海岸や無人地帯には、船を休められる村がない。そのため、安全でない場所での停泊が何回も必要になる。ベテランの船乗りにも過酷な難所になっている。
そして、さらに厄介なのが、ここが最奥の基地では無いという事だ。
先にも挙げたが、半島の北西側の付け根、北、東、西、南西に基地を作る。そして、これから作ろうとしているのが西基地だ。それより更に奥、南西にも基地を作らないと、掃討が終わらない。
この西基地は、この聖戦を占う試金石になるのだろう。
女性を含む作業隊220名は、各自、抱えられるだけの食糧を背負い、9月2日の夜明けと同時に前進を開始した。
各自が5日分以上の食糧を背負い、自分の分を食い尽くす前に帰還する。あるいは、体力の限界に到達したら後退だ。こんな、体力と気力の限界を試すような計画……不甲斐ない事だ。
そして、皆が頑張り、ボロボロへろへろになりながら4日目の昼過ぎに柵の建設まで終了した、次は小屋の建築だ。
「皆ありがとう。これで一定の目処が立った。最小限の人数のみ残して、他の者はいったん帰還してくれ。そして、体力の回復を優先させて欲しい。可能なら、5日以内に殲滅戦を開始したい」
この基地の食糧備蓄は難事だ。とても200人以上が常駐出来るだけの兵站は確保出来ない。その為、殲滅戦では特別な対応をする事にした。戦士自身に兵站も担当させる。
具体的には、付け根基地から、担げるだけの食糧を持ってこの基地に移動する。一泊して殲滅戦をし、また一泊して付け根基地に戻る。一々大変だが、進めるには、この手しか無いとの結論だ。
そして、9月15日に、西の基地起点から二カ所の巣の殲滅が終了した。引き続き北基地作戦も行い、9月30日に二カ所の巣の殲滅を終えた。案外順調で拍子抜けする。
なお、この間、土木作業ばかりしていた結果、新たに幾つか便利な魔術を取得した。順調なのは、これらの効果もあるだろう。
土削──土の表面を木の根ごと削る魔術
土解──硬い土を鍬で耕した程度の硬さに解す魔術
加熱──発火しない程度に物を加熱する魔術
暖気──暖かい空気を自分にまとわせる魔術
次はワタリ島の必要性です。




